harujion

Last Memento

67 怪物
(L視点)

私は三年前、ニアとメロにキラの捜査をするようにと言った。それは、手伝いでもあり、二代目Lを決める為のテストでもある。
先にテストを終えたのはメロ。やはり行動力が郡を抜いている。しかし先走りとも言う。結局高田清美はキラに殺され口を封じられ、マットも犠牲となった。あまり良いとは言えないが、しかしそれを見たニアにどのような情報を与えられたかによって、メロの最終的な出来は決まる。
ニアは二十八日にYB倉庫に集まる事を提案した。おそらくメロのこともふまえ、推理をしてきたのだろう。
顔を出すのは得策ではないが、ここまで捜査をして来たのだからとワタリと私も素顔で立ち会うことにした。その場にはやはり夜神は居ない。もちろん彼がこの事件に関与できる立場ではない事は分かっている。ニアとメロの中では既に夜神はただの情報提供者であり蚊帳の外の存在となっていたのだろう。私だけが、夜神を見ていた。
夜神に関しては正直わからないことばかりで、キラにはなれっこない立ち位置だった。ただ単に私がその存在に違和感を感じてしまっただけで、この事件には全くの無関係かのように、今この瞬間まで思っていた。
「神———仰せの通りに」
魅上照はニアに促され、倉庫の中に入って来た。そして、ノートを抱えて秒数を数える。
夜神月を恍惚とした顔で見た。やはり、夜神月か、しかし夜神月の顔は強ばるだけだ。もし本当にキラだったのならば、ポーカーフェイスを装うだろう。魅上が秒数を数えているときも、他の捜査員たちと同じように、ぐっと歯を食いしばって目を瞑る。まさか、自分も殺されると思っているのか。
「40」
しかし、ニアが細工したと言った通り、我々は全員生きていた。
「か……神……」
魅上はレスターとジェバンニに捕えられ、ノートを取り落とす。そのノートには、夜神月以外の全員の名前が書き込まれていた。
ニアも、メロも、SPKのメンバーも本名であると確認する。
「わ、罠だ!魅上は僕をキラにしようとしているんだ!ありえない、何故僕の名前が無い!?」
「あなたがキラだからじゃないですか」
「僕はそんな奴は知らない!」
「……神」
魅上は絶望したような顔で項垂れていたが、思い出したように顔を上げた。
「———てっ、天使様!!!!」
魅上は身体をよじり、自分の入って来た出入り口を見た。隙間から見える外は光で真っ白な世界が広がっている。
ここへきて、新たな人物が来ると知り、皆身構える。かつん、と足音が聞こえた。その音が、酷く大きく頭に響く。
ドクンドクンと心臓がなり、確かに在る人の気配に、ごくりと息をのむ。
逆光に人が立つ。目が慣れてくると、見慣れた人物が佇んでいるのがわかる。
「お疲れさま、魅上照……3 2 1 0」
その手に持ったノートをぱたんと閉じて、腕時計でカウントダウンをした。0になった途端、魅上照は苦しみ藻掻き、事切れた。
「うん、これは本物だ」
ぽん、とノートの表紙を叩いて、一歩倉庫の中に足を進めた。
「夜神、————」
誰かが、呟いた。
私だったのか、ニアだったのか、メロだったのか、分からない。
まさか、本当に夜神がやったと言うのか?どこからが夜神で、どのようにしてやってきたというのだ。
「魅上がさっきノートを大人しく渡してくれなかったら本当に死んでいたな……」
ああ危なかった、とのんびり言ってのける。彼はいつも緊張感というものが欠落している。
「あ、それ俺がその辺で買って来たノート」
薄く笑いながら夜神はニアが手に持っていた、魅上のノートを指差す。
「清美を始末した後、魅上にはもう一冊作らせた偽物のノートを貸金庫に預けさせた」
ニアの細工だけではなくメロの誘拐も読んでいたということだ。
一晩で作ってくれたのに、ごめんねとジェバンニを見てせせら笑う。
「このノートが本物ではない証拠は?」
「?……死神が見えないでしょ」
ニアの問いに、夜神はこてんと首を傾げて、自分の真上を差した。見えませんね、とニアも肯定する。我々が警戒する中、夜神は手に持っていたノートをニアに渡す。ニアは訝しみながらそれを受け取り、夜神の後ろに向かってこんにちはと話しかけた。
「とんだ伏兵です……私の負けということですか」
「何言ってんの?ニアとメロの勝ちだよ」
わしわし、とニアの頭を無遠慮に掻き混ぜた。
「いいえ、負けです。すくなくとももう一冊ノートはある筈です。先ほど貴方のノートに我々の名前を書いたかもしれません」
「そんなに言う?」
ごそごそと鞄からもう一冊ノートを取り出した。そして、全員がその行動に目をむいた。武器を全て捨て、降伏したのか。
「———日本捜査本部の皆さん、夜神を拘束してください」
「な、なぜ……、何でお前が……」
「何故って、俺がキラだから」
夜神月が縋るような顔でした問いに、夜神は自分がキラだと認めた。いつもと何も変わらない表情。まるで、悪意も殺意も反省も見られない飄々とした態度。
模木が歩み出て来て、相沢とともに夜神の両腕を手錠で拘束した。かしゃん、という音はこの戦いが終わってしまった合図だ。私もニアもメロも、結局真犯人に確たる証拠を突きつけてやる事が出来ず、終わってしまった。


「なんだよ、もう終わりか?」
リュークという、大きな口をした死神が夜神に投げかける。
「うん、ここが限界かなって」
「余裕だったじゃねーか。つまんねー。もっと続けようぜ」
「嫌だよ、四年間もリュークの暇つぶしに付き合ってあげたじゃないか……人間の寿命は短いんだよ、知ってた?」
「知ってるけどよ」
「おいお前ら何のんびり会話してんだよ!ふざけるなよ!」
メロが夜神に糾弾する。悔しがりながらも、手を出さないところは我慢しているようだ。
「———確かに、我々の名前は無いようですが、かつてメロが持っていたノートとは違いますね、あなたはノートを三冊持っているのでは?」
「あれは死神に返した。メロのところに行ったやつ」
メロははっとする。目に見えない何かが現れたと言ったメロの元にやはり死神が来ていた。何故姿を視認できなかったか問えば、あれは元々レムのものでレムが死んだ為(初めてレムが死んでいる事を知った)死神のついていないノートとなり、姿は確認ができなかったこと。それから、本当の所有者は一番に殺されたカル・スナイダーであり、メロが触れている時に死神が触れても、その死神はそのノートにつく死神とはならないという。
そのルールと、死神の都合を利用してノートの奪還とマフィアの殲滅を行った。メロを生かしたのは、殺す気が最初からなかったから。私も、ニアも、メロも、この場に居た捜査官も、殺すつもりが無いらしい。
「し、しかしキラはくん一人には出来ないだろう?我々捜査本部しか知り得ない情報を利用していた。ハッキングもできないセキュリティにしてある」
「クレイジーな大量殺人犯の戯言として聞き流しても良いんだけど、俺、デスノートを持ってるんだ」
相沢の問いも最もであり、私の最大の謎だ。夜神には知り得ない事が多すぎる。此処の場所ですら、彼には知れない。通信を傍受することは不可能であり、捜査本部に協力者が居ないと成り立たない。
夜神のデスノートを持っているというのはおかしな言い方で、その場に居た全員は首を傾げた。デスノートなら一時は三冊、今は二冊持っているではないかと言いたい。しかしそれが、違うのだという。
「未来の事が書かれた、デスノートというタイトルの本」
それは、夜神の存在しない物語。
夜神月がデスノートを拾った後の世界の話なのだ。いつか、夜神が夢を見たというのはこの事を示唆していたのかもしれない。父親、夜神月、私とワタリが、死ぬのだろう。夜神月がむごたらしく死んだと言っていた通り、最後はニアの策略にハマって命を落とす。その件を夜神は口にはしなかったが、そういうことだ。だから、先ほどニアとメロの勝ちだと笑った。
未来を知っていたのだとすれば、たしかに夜神が此処に居る事も分かる。いささか信じがたい話ではあるが、ノートの存在があるのなら、本の存在があってもおかしくはないのだろうか。
"クレイジーな大量殺人犯の戯言"として片付けられてしまいそうな内容。
その本を見せてもらいたいものだが、既に家族に見せたが普通の小説だと言われたらしい。夜神月は身に覚えがあるらしく、はっとしていた。

「やっぱり話すのは苦手だな……伝えきれたかわからないや。リューク、わかった?」
「まあ、大体はな」
「皆も、後は察して」
ずるりと、体勢をくずし、夜神は項垂れる。何か、様子がおかしい。
まるでこれ以上何も喋らないようで————。
「まさか自分の名前をノートに!」
「!」
ニアとメロは二冊のノートを調べる。あはは、と夜神は小さく笑うが、名前は見つからなかった。
「駄目だ、何処にも夜神なんてねえ」
「そうだよ、だって……俺、夜神じゃ、ないもん」
「———どういう……!」
ニアは、思い当たる節があったのか、ノートのページを捲る。
「「」」
ニアが指を指した名前を読み上げるのと、夜神の声は重なった。
名前の横には、十四時丁度に心臓麻痺と書いてあった。時間を確認すればあと一分も無い。
夜神はいつもこうだ。言葉少なく、余韻を残し、伸ばす手を振り切り、勝手に去る。部屋からも、日本からも、この世からも、誰の制止も聞かずに居なくなる。

にはなれなかったけど、月がこうならなかったから、いいや」

夜神月に対して笑ってから、ぐらりと身体が傾いて、ごとんと地面に夜神は倒れたので咄嗟に抱き起こす。
「っ、……ぅ……」
唇が何かを伝えるように動き、苦しみながらも微笑んでから、ゆっくりと目を瞑った。
夢で見た私の死顔が綺麗だったと彼は言ったが、私には夜神の死顔の方が美しいのだろうと思った。まるで眠っているようで、今にも目を擦っておき上がりそうだ。夜神月がすぐに覆い被さり、泣き縋る。力なくだらりと垂れた腕を、私は見送った。

の正体も、夜神の真意も、最期の言葉も、全て闇に呑まれた。

やはり彼は、怪物だったのだ。

あとがき


おわり。
feb-may.2014