イノセント 01
今日はバイトも授業もない日曜日で、昼まで惰眠を貪っていた。
目を覚ましかけた瞬間、俺の視界いっぱいにノートが映り込む。俺の枕元に本は積んでない筈だったけどなあと思いながら顔にちょうど良く覆い被さったノートを退かすと、今度はグロテスクな顔が目に入った。
「……うわ……」
「よぅ」
遠慮なく顔を歪める。最悪な目覚めだ。
(なんでリュークがここに……)
肘をついて上半身を起こし、手にしていたノートを見下ろす。黒い表紙の、何の変哲も無いただのノートだがデスノートなのだろう。
頭を掻きながらベッドから這い出して、なあなあと二十年ほどのブランクも感じさせずフレンドリーに話しかけて来ようとする死神をシカトした。
スウェットのまま洗面所に行く事は許されるがリビングには洋服を着て顔を出さなければならないのがうちのルールだったが、幸い今日は皆出かけているらしく、顔をのぞかせたリビングに人影はなかった。
「おっリンゴでも出してくれんのか?」
俺の背後でふわふわ飛び壁をすり抜けながら、リュークは弾んだ声でそう言った。
無言のままガス台のコンロをつける。コーヒーか?俺はあんまり好きじゃねえと注文つけるリュークをよそに、持っていたノートを火に炙る。
ギャアアアアアアアアアという死神の断末魔が酷く心地良い。
大きな手と長い爪が俺の手元を走り、ノートを取り上げてパンパン叩き、火は消された。
ああ、このまま悲鳴が消えて行くのを望んでいたのに。
「何てことするんだ馬鹿」
「それはこっちの台詞だぜぇ」
ゼヒューと変な呼吸をし、汗をだらだらたらすリューク。
しかしこいつ、汗かくのか。
「悪霊退散。死神界に帰れ」
ぶわっと塩撒いてみたけどこれが効かないのは知ってる。
「やっぱりお前
か」
リュークは大きな口で笑った。
遠慮無しに握った塩が掌についているので、洗い流しタオルで拭きながら一瞥した。
死神はノートを渡す人間を選ぶ事が出来る。その為に人間界に降りるのは許されていると聞いた事があるから、少しの間俺を見ていたのだろう。人間界に降りて来て見つけたのか、降りてくる前に見つけたのかは定かではないが、おそらく後者だと思う。俺は日本に居た事もあるし、月と接触したこともある。Lとも二度会ったから、リュークがきまぐれに誰かの行動を追っていたなら俺を見たかもしれない。だから、俺を見つけた方法を聞くのはやめた。
「で、何?また暇つぶし?」
「おう」
「もう死ねば良いのに」
「つれねえ奴だな相変わらず」
寝癖も直してないぼさぼさの頭を掻く。日本人だった頃は芯のある真っすぐな髪だったが、西洋人の今は毛が細くてふわふわだ。一変したなあとリュークが笑うので生まれ変わってんだから当たり前だと口を尖らせた。
「今は
・デイヴィス」
「また
なのか」
「ずっと
だよ。
は一番最初だけ」
リュークにノートを返してもらえないため仕方なく、身支度を整えながらリュークと会話する。
トーストを焼いて朝昼兼用の食事を準備するついでに、リンゴを一つだせばリュークは飛びついた。
大きな口でリンゴを噛み砕くのはなんとなく猟奇的だけどちょっと面白い。そんな光景を尻目に、テーブルについてトーストをかじりながらテレビをつけた。
「懐かしいな人間界」
「来てないの?」
「お前が死んでからはな」
既に食べ終えて、リンゴの芯をテーブルにころんと落としたリュークは俺と一緒になってテレビを観ながら会話を続けた。
なんでも、俺の死から三年経ったころ、ミードラという死神が死神大王に頼んでノートを一冊分けてもらったのだそうだ。そして人間にノートを使わせた。
あの頃すでに生まれてたが同じ世界だと思っていなかったし、家族で話題にしたこともなかったと思う。そもそも俺がこの世界と前の世界が同じだと気づいたのは家出をして日本に行ってからだ。
キラの事件後に一時期キラと思しき同一的な犯行があったという情報はあったがそういうことだったのか。
「その事件に使われたノートをリュークが横取りしたの?」
「貰ってやったんだ」
「欲しがったんだろ」
「…………お前可愛くなくなっちゃったな」
「俺を可愛いと思ってたことに驚きが隠せない」
「よく喋るようになったし」
「今は平和だから気が楽」
リュークが来た事で俺の平穏は潰されたようなものかもしれないが。
お昼のニュースが流れて行くリビングで、淡々と会話を続ける。
「俺もう大量殺人も頭脳戦もやらないよ……いっそLの所に行けばスリルある日常が見られる」
あ、ノートを使ったやりとりがみたいのかな、と零すが同じような事を俺にやらせても楽しくないだろうと俺たちの意見は合致した。つまり別にノートを使わなくても良いと言う事か。
「結局どうしたいの」
「死神界に居るのがつまんねえから、お前についてようかと思ってな」
背後霊かよ、という呟きはトーストの最後の一口と一緒に飲み込んだ。
隙あらばノートを捨てようとする俺を警戒して、何故かリュークが俺のノートを預かっている。それってルール的にありなのかなと思ったがバレなきゃいいんだと言い出す始末だ。
俺が生まれ変わりを繰り返していることを知ってもリュークは何も聞かない。死後は無だと言っていたくせにとつっついて見るが、死後は無だが今は生きているだろと言われて、納得してしまった。
俺の記憶が残っているのは驚きらしいが、超心理学上で前世記憶は、あり得ないことではないのだ。死神が人間について知っている事は少ないらしい。
そっちの分野で人間を面白いと思って俺について来るならSPRはもってこいかもしれないなあと思いながら、夕方になってジーンと対面した俺は少し緊張していた。何せ、真性の霊媒である。
しかし霊媒とはいえ死神は霊とは違うので感じられないようだった。
next