イノセント 02
前の俺が死んでから三年後に現れたキラの事をリュークから聞いたけれど、どうやらその時もLが電波ジャックして何か言ったらしい。
動画サイトで調べてみればすぐに映像が出て来た。もう十五年程前だから映像がどうも古くさく感じるけれど、音声もLのロゴもしっかり確認できた。
Lがキラではないと断言しているけれどやっぱり事件としてはキラと同一だなんて報道されているから、結局キラの仕業だということになっている。まあどうでも良いのだけど。
『この人殺し』
モニタから流れて来た、冷たい、けれど子供じみた悪態はニアのものだった。合成音声やロゴ、喋り方は良く似ているけれど、これはニアだ。ニアのことをよく知っているわけではないけど、Lだったらもっと嫌な大人びたことを言いそうだし、メロだったらキラを捕まえそうだ。
「罪悪感に苛まれて、自分の名前を書いちゃったんだな」
「罪悪感か。お前にもあったのか?」
リュークが俺の後ろから一緒に映像を観ており、くくくと笑いながら尋ねた。
「ない」
「……変わってねーな」
マウスを操作して、ブラウザを閉じた。そしてシャットダウンすると画面は真っ暗になる。
「虚しさは感じたかもね」
モニタ越しにリュークに笑いかけた。
死神が来てから半年が経った。ゴーストハントについていったり、研究や実験に立ち会うのは時折楽しそうにしていたし、家族が居ない間にゲームをやってみたり、日本旅行やヨーロッパ旅行へ連れて行くと人間の子供みたいにはしゃいでいた。
「ナルは今日も帰らないんだ」
「みたいだね」
ある日の研究所からの帰り道、ジーンは苦笑しながら俺の隣を歩いた。
ジーンの双子の弟であり俺の兄のナルは学者バカゆえに、今日も研究所に泊まって大好きな研究に没頭している。
「あ、スーパーよりたい」
「うん」
通りすがった近所のスーパーを指差せば、ジーンは当たり前のように付き添った。家事はルエラがやってくれるし、買い物を頼まれていたわけでもない。けれどナルやジーンに食事を差し入れたり、自分の食べたいものを作ったりするときは自分で買い物に行く。ジーンもその事を理解していた。
こぢんまりとしたスーパーには週に一度くらいのペースで来ていた為、店員の顔はあらかた把握している。勿論知らない店員が居ないと言う訳でもない。ただたまたま今日の店員は古くから居る顔見知りであり、レジをしている時に雑談を交わす仲だった。
「実はね、先週ビリーが亡くなったの」
「え」
店員、スージーは困ったように俺に告げた。ビリーは去年くらいからいたアルバイトの青年で、歳が近かったからよく覚えている。この間新商品のお菓子が出た時に彼は食べた事があると言って味の感想を教えてくれた。
ジーンは時折ついてくる程度でビリーの事を言われても分からないようだけど、亡くなったという言葉に素直に表情を曇らせた。
「事故?」
「急死よ……持病があったなんて話は聞かないけれど」
スージーはたしかビリーと同年代の娘が居たから、寂しそうな顔をしていた。
「そう……残念だ」
ゆっくりと会話をしている間も、スージーはレジを済ませていて、俺も返事をしながらお金を払った。
「ビリーとは仲が良かったの?」
スーパーの袋を半分ずつ持ちながら、ジーンは帰り道で俺に問う。別に、と口にしかけて、仲が悪かったわけでも無関係でもなかったから言い直した。
「仲良かったかもね……何度か会話をしたし、接しやすい人だった」
ビリーの屈託ないそばかすの散らばった笑顔を思い浮かべてひそかに死を悼む。ジーンもおそらく顔をみたこともないけれど俺の知人として、ビリーの事を思ってくれた。
くよくよしても仕方が無く、なおかつずっと悲しみを引き摺る程の人物ではなかった為に死んだ事実を受け止めてしまえばすぐにビリーのことは記憶から薄れつつあった。
それから数ヶ月が経ってしまえばもうビリーの事は思い出さない。
しかし、大学で同じ授業をとっていたグレッグが急死したとの噂を聞いて、ビリーのことも思い出した。近々葬式をするそうで、仲の良い奴らは出席するのだという。俺自身はグレッグとそう仲が良かった訳でもない。先週初めて席が近くなり、丁度その前の授業を欠席していたグレッグに頼まれて授業後にノートをコピーしてやった程度だ。互いに挨拶をする程度に認識はしていたが、つるんで行動するほどでもない彼。
ああ、亡くなったのか、という認識とともに急死という言葉に違和感を感じた。
数ヶ月前にビリーが急死したから後を引いているのだろうか。
リュークが殺していると気づいたのは、ビリーが死んでから一年が経った頃だった。数ヶ月に一度のペースだった為俺の周りでは五人の人が急死していて、五人目は全く見知らぬ人物だった。電車から降りて駅のホームを歩いている途中目の前でいきなり倒れたのだ。胸を抑えて苦しみ藻掻く女性に咄嗟に近づいて声を掛けたが、彼女はすぐに事切れた。俺以外にも通りすがりの何人かが彼女を看取り、呆然とした俺の代わりに救急車や駅員を呼んでくれた。
電車を降りる前リュークが何処に居たのか俺はあまり気に留めていなかった。いつでもふらふらしていたし、どうでも良いと思っていたから。けれどきっと俺の見えない所に隠れて彼女の名前を書いたのだ。
今まで俺の周りで何人か急死していたのも、きっとリュークだ。そしてその全ての急死は、心臓麻痺だったのだろう。
何故リュークがそんなことをするのか全く分からなかった。死神界よりは人間界の方が退屈しないと言って、比較的大人しく俺の人生について回るだけの背後霊だったはずだ。
人間の寿命を得て生き延びる生態をしてはいるが、数ヶ月に一度のペースで人を殺すようなマメなタイプでなければ、自分で何かアクションを起こすことは絶対にないと思ってた。
「どういうこと……」
小さな呟きは、唇だけで音になった。
帰って良いのか悪いのか、そう考えているとどうやら俺の顔は青ざめていたらしくて駅員が心配して声を掛けて来た。俺が一番近くにいたからだろう。勘ぐられることもなく、ただただ心配され、保護者に連絡を入れられた。
迎えに来たのはリンとマーティンで、リンが車を運転していた。
その次の日、普通に大学から帰っている途中の俺を、誰かが連れ去った。人気の無い道で、目隠しをされて口を抑えられ、速やかに車の中に押し込まれた。
「んー!」
兄に自分からテレパシーを送る事が出来ないのが、こういう時は悔やまれる。
藻掻く俺を、がっしりとした手つきが押さえつける。
「
・デイヴィス、我々は貴方に危害を加えるつもりは無い」
身代金を要求する程の家庭ではないし、ナルやジーン関連かとも思ったが話を聞いてると彼らとは全く関係ないようだ。むしろ俺個人を狙っていた。
「私たちはLです」
女性の声が耳に入った。暴れるのをやめると女性は言葉を続けて説明した。
この一年、この地域で十七名の人物が心臓麻痺で死亡したらしい。俺が知っているのは五人程だったが、この人数ははったりか、俺が把握していないだけか。あわよくばはったりであってほしいものだ。
「全ての人物が貴方になんらかの繋がりがあると思われます」
繋がりのある人物が十七名も死んだ記憶は無い。どういう意味だか分からず訝しんだ顔をするが彼女は答えてくれなかった。
「二十年前に起こった大量殺人と手口が非常に似ているためこのような乱暴な手をとりましたが、あくまで重要参考にとしての待遇を保証します」
女性の言葉に俺は項垂れた。
リュークは一言も喋らない。見えないから、傍に居るのかも分からない。お願いだから、これ以上人を殺してくれるな、ここに居る人を殺してくれるな、そう願った。
一時間半ほど走行し、どこかの建物に連れて来られた。椅子に座ったらようやく目と口は解放された。身体は改めて椅子に縛り付けられている。
外した人物は顔の見えないフルフェイスのヘルメットをしていた為誰だかは分からないし、リュークにも見えないだろうからほっとする。しかしリュークは壁を通り抜けて彼の後をついていくことが出来るため、無意味でもあった。
俺だけにしか姿が見えないためリュークが視界の中に居てさえくれれば誰も殺さないと思うが、リュークを制止することもできなければ、後ろに行ってしまった彼を目で追う事さえ出来ない。
どうか動かないでくれと、死神に祈った。それがなんだか馬鹿馬鹿しかった。
大きな溜め息をついていると、目の前のスピーカーから合成音声がした。昔と変わらない声だけれど音質は良くなっている。それだけで判断してはいけないけど、彼はきっとLなのだろう。
「手荒な真似を失礼しました、
・デイヴィス」
「いいえ……」
「私はLです」
「どうも」
どうしてこんなことになってしまったのだろう、そう思いながら死神に心の中で悪態をついた。
(お前の方が悪魔だ)
next