イノセント 03
(ニア視点)
夜神は本当のキラではなかった。しかし、キラという存在を創り、殺した本人だった。未来を知っていたとか、兄の月がキラになる運命だったとか、供述は狂っていたが、ノートを所持し魅上を目の前で殺し、キラだと名乗り白旗を挙げてしまった。月が犯人で記憶を失っている可能性もあったが、だからといって月に思い出させても意味がなかった。実際にが勝手に自害して、ノートを私が燃やしたことで新たな犠牲者はでなくなり、キラの存在は抹消されたのだ。
後味の悪いものをは残していった。誰ひとりキラという大犯罪者に一矢報いることができなかったのだから。
私なんて一度ものことを気にかけたことがなかった。腹が立ったし、悔しかったし、私が勝ったのだと他でもない本人に言われても釈然としなかった。私の勝利は、キラが未来を知るではなく月だったならばという仮定の話だ。
私にとっては触れることもなく犯人を逃した最大の敗北という現実しかない。
逆に
は、自分のいる場所が現実だと認めていなかった。私の白いパズルを褒めて、頭を撫でて微笑んだ時に初めて目が合ったけれど、その瞳に映るのは自分の仏頂面のみで、他には闇しかなかった。私はあの時直感的に、はここには居ないと思った。ゆえに、の存在は除外していた。その結果が私の敗北だ。が居なければきっと月がキラで、私の勝利は揺るぎないものだったのだ。しかしは居た。紛れもなく私たちの世界に居た。
そして、私たちの目の前から勝手に消えた。
が死に、私がLを継いでから、十八年が経った。いつかLが言っていたように、自分の興味のある事件を解決していく日々だ。
そんなある日ケンブリッジで十五名程の人物が相次いで急死していることに気づいた。相次いでといっても約一年の間の十五名ということで月に一人か二人の割合だ。そして急死とひとくくりにされているがどれも心臓麻痺だった。
世の中、事故や殺人、病死など、様々な要因で死んでいる。その事実に埋もれた急死は、些細なものだったが、何か違和感を感じた。
———局地的すぎる。その一言に尽きるかもしれない。
ケンブリッジと言えば広いが、実際にはもっと狭い範囲で十五名は死んでいた。
そして、気づいた日の夕方にはもう一人死亡した。
一人目の死亡者はケンブリッジ在住の大学生、ビリー・ホーキンス。スーパーマーケットでアルバイトをしながら可もなく不可もない学校生活を送っていた。死亡した日はアルバイトに出ており、帰宅した後、自室で死亡した。死亡推定時刻は深夜0時頃、死因は心臓麻痺と思われる。3時ごろ目をさました家族が電気のついたままの部屋を覗き、ホーキンスの遺体は発見されたという。
二人目、三人目、と死亡者の情報を洗う。
十二人目のアーサー・マクガレンは死ぬ瞬間が監視カメラに映っていた。死亡したのは午後10時半、場所は自身の働く本屋だった。平日の閉店間際の店内に客はおらず店員もマクガレン一人だった。15分程前に一人の客の会計を済ませてからは、身の回りの整頓や発注等の作業をしていた。そして丁度カメラに映っている場所で、前ぶれなく急に苦しみもがいて事切れた。
死に気づいたのはマクガレンの妻で、いつまでも仕事から戻ってこない夫に電話をかけたが不通、店の電話にも出ないと言うことで様子を見に行き、事切れた姿を発見したという。
全て、原因不明だ。死亡者に繋がりがあるわけでもなく、悪事を働いてる様子も無い。
十六名全員のデータに目を通し終えたが、結局地域が同じということしか分からなかった。
そして次の日、また一人死亡した。電車から降りホームを歩いている最中に自身の胸ぐらをかきむしるように掴み崩れ落ちたという。被害者の名前はジェシカ・べネット。ロンドンから出張でやってきた会社員で、取引先へ行く途中とのことだった。しかしその目的地とはまったく違う駅で降りている。
ホームの監視カメラがとらえた映像を入手し確かめてみるが、具合が悪くなって降りたわけでも無さそうで、予め決めていたかのように毅然とした様子で降りている。しかも、間違えて降りるにしては目的地よりも手前すぎる。まるでこの地域で死ぬために降りたようだ。
べネットが倒れた時、回りにいた人々は当然困惑していた。すぐ真後ろを歩いていた、明るいブロンド頭の青年も慌てて駆け寄り彼女を見下ろした。そして、事切れた女性の体にかけていた手をゆったりとはなし、呆然としている。
「……!」
その後ろ姿に既視感を覚え、昨日観ていたマクガレンの映像を再生する。
マクガレンの死の十五分前最後の客として訪れたのも、このくらいの背格好をした人物だ。店内の全てのカメラを確認し、青年を観察する。彼は三日前に発売された小説を手にレジへ向かった。
その後またべネットの映像を確認する。人でごった返している為見辛いが、横顔や口元が映っている。
解析をかけたわけではないがおそらく同一人物だ。他の死の瞬間を捉えた映像には映っていなかったが、一人目の死亡者ホーキンスの死亡した日、彼の働くマーケット内の監視カメラにも青年は映っていた。ホーキンスと軽く談笑しレジを通し僅か数分で別れた。
画像解析の結果、青年の身元はあっさりと突き止められた。
名前は、ーーー。
・デイヴィス、十八歳、ケンブリッジ大学に通う学生。住居も大学付近であり、死亡者多発地域だ。父はケンブリッジ大学の教授、兄が二人おり、彼らも同大学を出ている。
四人目の死亡者、グレッグ・リッチーもケンブリッジ大学在籍で、より深く調べれば一教科だけ、デイヴィスと同じ講義をとっていた。
全ての死亡者の側にデイヴィスが居た。
実際にその証拠が無いものも居たが、バスの運転士やコンビニの店員、近くを通りかかる会社員等であり、すれ違ったり同じ空間にいても可笑しくない。
レスターにべネット死亡時のデイヴィスの映像を見せ、何と声をかけているのか、読唇してもらう。
「『大丈夫ですか?どうしましたか、しっかり……』」
揺さぶり声をかけているときは、もちろん何ら違和感のない言葉だ。しかし呆然としたデイヴィスが小さく口を動かしたあとレスターは少し黙って考えるしぐさをしてから、自信がないがと前置いて口を開いた。
「……『どういうこと』」
どういうこと。というのは、一概に怪しいとは言い難い。急に目の前で人が死んだのだからそう呟いてもおかしくないはずだ。しかし、それだけではない。私はそう思った。
「・デイヴィスを、重要参考人として連れて来てください」
レスターとリドナー、ジェバン二にそう告げれば、彼らは目を見開いた。
「決めつけすぎでは?」
私の推理があまりに一方的過ぎるとレスターは苦い顔をする。キラの調査のときも、決めつけてかからなければ駄目だと言ったが、忘れているのだろう。それに決めつけてかかって間違っていたこともある。
「別にキラと同等の能力を持っている者と決めているわけではありません」
「なら、なぜ」
「意図的な殺人として定義した上で言いますが、これは世界に向けた犯罪ではなく、特定の人物の周りで行われています。あまりにもデイヴィスの周りで人が死に過ぎです。たとえるなら、誰かがデイヴィスに近づく人間を殺している……そのような感じでしょうか」
ジェバンニは苦い顔をする。
この殺人の関連性はデイヴィスのみ、彼が何者なのかを知らなければならない。監視カメラをしかけたり尾行をするのは簡単だったが、それでは殺人は止まない。
念のため人気の無い場所で秘密裏にデイヴィスを攫うことにした。
我々の中の誰かが死んだら本当に一連の殺人がデイヴィスを中心に起こっていることが分かる。
連れて来られたデイヴィスは、同じ名前の所為か、と似ていると思った。人種や年齢は違うが取り巻く雰囲気や喋り方などが酷似しているように思う。思い込みではなく、本当に似ている。
デイヴィスは前触れなく連れて来られたと言うのに、動揺はない。抵抗を見せたのは最初だけで、あとは身体の力を抜いて静かにしていた。
萎縮して口を閉ざすわけでもなく、私が話しかければ素直に応じた。
(似ている……)
との関わりは少なかったが、だからこそ特徴を捉えたと言っても良いかもしれない。
「私はLです」
「どうも」
わざわざ口にするあたり、余裕が見える。
自分が何もしていないこと、私がLだということを信じているかのような態度だ。
「昨年十月頃、心臓麻痺で死亡したビリー・ホーキンスという人物を知っていますね」
「ビリーならスーパーで何度か。フルネームも死因も今初めて知ったけど」
急死だとしか、とデイヴィスは呟いた。瞳は曇り無く、スピーカーのある方向を見ている。私はカメラ越しに彼の姿を観察しながら質問を続けた。
「俺、」
ふと言いよどみ、口ごもったデイヴィスになんですかと問いかける。
「俺五人しか知らない。十七人も死んだのは……本当?」
声の震えはなかったが、眉は少し顰められており、ほんの少し感情が見て取れる。
「本当です」
デイヴィスが知っている人物はたしかに、彼と何度か顔を合わせていた人物だ。今まで不振に思わなかったのかと問うが、死因を詳しくは聞いておらず、顔を見た事があるとはいえ親しくしていた訳ではなかった為深く考えては居なかったと言う。デイヴィスの知る三人目と四人目は高齢者だった為急死したと言われても、納得してしまう。最初の二人は若かったが、たった二人だけで違和感を感じる事は無さそうだ。
「五人目、あの女性が目の前で死んだ時……おかしいなって気づいた。なんか……作為的なものを……感じるなって」
「作為的なものとは?」
「さあ?死神でも憑いてるのかも」
そっけなく投げやりな呟きだったが、その話を聞いていたリドナーとジェバンニとレスターはぎくりと動揺した。
「その死神は見えますか?」
念のため冷静に聞いておくが、デイヴィスは冗談だったのか一度目を丸めてからふはっと吹き出すように笑った。と似てはいたが、彼より少し表情が豊かだ。それは勿論別人だからなのだろうが、異質さや何か根本的なものが同じに見えて、どうしても同士で重なった。それを掘り下げ暴きたいのに、彼はあまりにもひっかかりが無くて、摘んで剥がす事が出来ない。
ひとしきり笑い終えたデイヴィスは、ゆっくりと大きな溜め息をついた。
「何が望みなんだか……」
吐息と共に零れた言葉は、一人言の様だけれど、切実に答えを求める響きを孕んでいた。
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