残響ローズマリー 01
アメリカ人に生まれ変わった後イギリスで生活をしていた俺は、十歳で日本へやってきた。年齢をごまかして生活してはや数年。高校へも滞り無く入学したある日、とあるニュースを目にした。
———"キラ特集"。
こちらへ来たばかりの時から世話になっている病院の医師、黒木先生に会いに、住んでいる千葉から都内へと出て来た。定期検診も兼ねて居るため待合室で週刊誌を読み時間をつぶしている時、その見出しを見つけた。
キラは犯罪者を裁く神とも言われる、一種の教祖。十三年程前までは本当に犯罪者が心臓麻痺の死を遂げていた。世界の切り札とも称される探偵Lとの攻防の末敗れたとの噂であるが、真相は闇の中である。キラ信者の間では神は姿を隠しただけできっとまた我々を救ってくれるとのことだった。
等、記事が書かれている。これはまさしく、あのキラでありまた生まれた俺の世界と繋がっていたのだと知る。
キラの死も真犯人も公表されていないのだろう。そこでふと気がついたのだが、このキラは俺なのか月なのかどちらだろう。この記事から推察できることは何一つ無い。ただキラが死んで十三年が経ったことだけ。
どうするつもりもないけれど、ただ気になった。
考えている最中で診察の順番が回って来たので、雑誌を置いて診察室へ入った。
俺の診察はいつも昼前ぎりぎりの時間にしていて、午前中最後の患者である。俺の診察を終えると先生は昼休憩になるためよく一緒にご飯を食べているのだ。
今日もそれは変わらず、黒木先生と病院内の売店で買った弁当を休憩室で一緒に食べていた。
「先生、キラって知ってる?」
「キラ、って、あのキラ?ああ十年以上前にいた大量殺人犯とかいう」
「すごい支持されてたんでしょ?」
「良く知ってるね」
週刊誌に乗っていた事を告げればなるほど、と黒木先生は納得した。キラは当時アメリカや他国までも掌握したが、今となってはただの大量殺人犯と評されているのか。落胆するわけではないが、やはりキラはただ恐れられていただけなんだなと溜め息をつく。
「未だに支持している人も居るみたいだよ。犯罪の被害者たちは特にね……」
「ふうん」
実際にキラが本当の人間だったのかも怪しいと、半ば都市伝説のようなものになっているという。
それきりキラの話題は萎み、ただの近況報告や世間話に移り変わった。
病院を出てから向かったのは、父・夜神総一郎の墓だった。
場所は覚えているし、キラが月であろうと俺であろうと、おそらく同じ墓に入っていると思う。キラの死や正体はトップシークレットであり家族すらしらない。ならば父と同じ墓に入れただろう。本当に骨を入れていなくとも、名前は刻まれているかもしれない。
近くの花屋で献花を買って、記憶を頼りに墓へやってきた。
墓石には夜神家之墓と記されている。
子供の頃から連れられて墓参りに来た事がある為それなりの作法は知っている。しかし遺族ではない為水をかけて墓石を洗うのは控えた。
献花として売っている菊なんかの花束を買おうと思ったけれど、ちょうど目に付いたのがローズマリーだった為俺はそちらを選んだ。イギリスでは薔薇なんかも墓に供えるのだ。
花を生けて、そっと墓石の側面を見る。
『夜神
平成二二年一月二八日』と刻まれている。
これは、俺の墓だ。
自分の墓参りに来るなんて初めてのことで、小さく笑みがこぼれる。
この中に、俺の骨が入っているのかな。
変なの、自分に花を手向けるなんて。
しかしこれだけ分かったらもういいかな。名前を記されていないということは月は生きているのだろうし、他の人々もきっと元気でやってる。
踵を返し、墓の並ぶ道を歩いて戻る。
ふと、向こうから小さな女の子がぱたぱたとかけてきて、俺にすぐ傍まで来た所でぺちゃりと転んだ。モスグリーンの上品なワンピースと、ダークブラウンのハイソックス、黒いエナメルの靴。よそ行き、もしくは子供らしい喪服とも言える。
「ぅ、え……」
じわりと泣きそうになる少女の前にしゃがんで声をかけると、少女は俺を見上げた。
真っ黒の艶やかな髪の毛と、黒目がちな眸と、小さな鼻と口。粧裕の面影をみつけて、口の中で名前を転がした。
手を差し出すと、遠慮がちに俺の手を掴んだ。軽く握ってあげながら、彼女が立つのを見守る。
「この道はぼこぼこだからね、走ったら危ないよ」
「うん……」
スカートや膝小僧についた土を優しく払いのける。傷はついていないようなので大丈夫だろう。
「一人出来たの?」
「ままときた。ままお水汲んでるの」
みるからに小学校入学前くらいなので、一人なんて事は無いだろうけれど傍に大人の姿が見当たらなくて尋ねれば母親と来ていたらしい。まさか、と思った瞬間、向こうから黒いワンピース姿の女性がやって来た。
「あゆ……どうしたの?」
「あ、まま」
粧裕だと思いながら、立ち上がる。
「あゆ転んじゃったの」
「大丈夫? あの、ありがとうございます娘が……」
「いいえ」
粧裕は落ち着いた声色でお礼を言った。
「
くんのお墓あすこでしょ?ままー」
あゆはまたもパタパタと走り出してしまう。転ぶってば。
まごつきながら、あゆを咄嗟に追いかけて行こうとした粧裕はつんのめったので、咄嗟に抱きとめる。
献花が互いの身体に挟まってくしゃりとつぶれた。
「あ、ご、ごめんなさい重ね重ね」
「気をつけて」
粧裕よりもほんの少しだけ身長が低いので、ちらりと見上げる形になる。
くすりと笑うと、少し恥ずかしそうに粧裕は苦笑した。
では、と軽く会釈して粧裕と別れた。結婚して、子供がいて、幸せそうで何よりだ。
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