残響ローズマリー 03
(月視点)
久しぶりに粧裕と、姪のあゆに会った。
「あゆね、くんのお墓行ったの」
あゆは嬉しそうに報告して来た。それに次いで粧裕も微笑みながらこくんと頷く。
「お兄ちゃんね、ままも助けてくれたんだよ」
「?」
僕が首を傾げると、粧裕はあははと笑いながら事情を説明してくれた。なんでも、あゆが転んでいた所を助け起こしてくれた少年が居たらしく、その後自分も転びかけたのを支えてもらったのだそうだ。親子二人そろって同じところで転ぶなんてと笑っていた。僕もつい笑みがこぼれる。
「その子、もしかしたらくんだったんじゃないかなって、私思っちゃった」
「どうして?」
粧裕の面白そうに笑っていた笑みが、落ち着いた少し寂し気なものに変わった。
僕は何故粧裕がそう思ったか分からず首を傾げ、話を促す。
「雰囲気が似てたの。それに、多分、うちのお墓参りに来てくれてた」
「見たのか?」
「ローズマリーが生けてあった……彼から、薔薇の香りがしたし、もしかしてって」
くんだったっていうのは冗談よと言いながら、粧裕はそのときの事を話した。
ローズマリーを墓場に供えるというのは珍しい。
「外国人だったんだと思う。灰色の眸をしてたし、肌も凄く白かったから」
「そうか……がイギリスに居た頃の知人かな」
中高生くらいの少年が、十三年も前に亡くなったの墓参りに来ると言うのは些か理由が分からないが、その線が高い。はああ見えて人脈は広かったし、人に好かれていた。イギリスでの友人たちにもの死は伝えてあるため、その情報を得たのだろう。彼らはわざわざ来日して何人か墓参りに来てくれたことがある。墓の住所も伝えた為、その少年がの墓に来たのも頷けた。
「そうよね、でもすごくくんみたいで……懐かしいなって」
「そうか」
「生まれ変わって会いに来てくれたんだって、私思っちゃったの。また会いたいな」
「———ああ、僕も会ってみたかったな」
僕はが本当に生まれ変わっているのではないかと思ってしまった。
死神やノートの存在、が未来を全て知っていた事、不思議なことは目の当たりにして来た。それに、は夜神ではなく・とノートに記載して死んだ。ノートの切れ端に書いたかもしれないが、死神リュークは、本当にがその名前だったのだと面白そうに暴露していた。
説明をし終えたようにしていたけれど、疑問は残ったままで、ほとんどが闇に葬られてしまったのだ。
死神は退屈だったというただそれだけの理由でこの世界にそのノートを落とした。それに付き合ったのがだった。本当は僕が拾う筈だった、あのノート。授業中にふと見かけた、妙に気にかかるそれを、があの日先に拾っていたのだ。そこから僕たちの運命は回り出した。
あの倉庫で心臓の動きが止まるのは、本当は僕の筈だった。
歪んで狂った殺人者になる僕を、絶対にそうさせないために、
は目の前で死んだ。
僕は一度としてキラに賛同したことがなかったが、キラの行うそれは僕の思想と酷く似通っていた。ただしどんなことであっても人を殺すことはしてはならないという思いが強くあった為自分がキラになるであろう自覚はない。しかし、そう思えるのはがここまでしたお陰なのだと思う。
全て僕の所為だと決めつけてしまえば、が悲しみ自分が生きづらくなると分かっているから、僕は全ての責任を負うのは止めた。
竜崎やニアも、実際に僕がキラとしてしたことは何一つ無く、がそう言っただけなのだから僕に罪は一切ないと認めていた。
僕はの為に生きる。が強くそう願ったから。
夏も終わりにさしかかったころ、電車で移動をしていた僕は目をやった先に居た女性が青ざめているのに気づいた。普通ではない様子にひっそりと観察すると、どうやら痴漢に遭っているらしい。人も多く、少し距離がある事から今捕まえるのは難しい。しかし現行犯でなければ確実性が薄れる。
捜査用のシャッター音が出ないカメラを取り出し、触れている手元を写真に撮った。手の形や特徴が写れば証拠にはなるだろう。
二三枚撮ったところで、その手は、誰かにぐっと掴まれた。
「痴漢」
冷ややかで落ち着いた、大きくはないのに良く通る声が車内に響いた。周囲の視線はその声の方に吸い寄せられる。痴漢をしていたのは僕とそう変わらないくらいの男性、手を掴んでいるのはまだあどけなさの残る顔立ちをした少年。
男性は狼狽え、冤罪だとか失礼だとか言い張るが少年は毅然とした態度で見ていたと答えた。
「私も見ていましたよ、次の駅で一緒に降りましょう」
目撃者は多い方が良い。そしてこちらには写真もある為、僕は名乗り出た。人の合間を縫って彼らの傍へ行くと小柄な少年はきょとんと僕を見上げた。
その顔に表情はない。しいていうなら訝し気な色が浮かんでいるくらい。
すぐに電車は次の駅につき、この中で一番体格が良いからという理由で僕が男性を掴んでおくことになった為一緒に下車した。少年の方は女性を気遣い、男性の視界に入らない後ろから歩いてついてきた。
駅員に声をかけ、女性は別室へ、僕と男性と少年は駅員室へと別れる。
やっていない、迷惑だ、訴える、等言い続ける男性に、写真を見せて黙らせようと思った。
「うるさい」
その前にぴしゃりと言い放った少年に駅員と僕は目を剥いた。
「みっともない言い訳してる暇があったら反省してくれる?何人の時間無駄にしてると思ってるの、あなたのそのちんけな性欲のお陰でさ」
まさかあどけない顔立ちから出て来るとは思えない言葉の数々に男性本人も面食らう。
「自分の人生と品位、どん底に突き落としていることも分からない?」
十……下手したら二十……も年下であろう少年にそこまで冷たく言われて、男性は青ざめて視線を落とす。力なく座り、駅員室に静寂が訪れた所で僕は確たる証拠としてデジカメを提示した。もう男性は何も言えなくなった。
「シャッター音でない設定とか隠し撮り常習者?」
「あはは、確かにそうだけど、これは捜査用のものだ。僕は刑事なんでね」
少年は素っ気なく僕を睥睨する。
警察手帳を見せようかと問うが、興味ないときっぱり言われてしまった。
程なくして警察官が現れ事情聴取が行わた。目撃者と言う事で僕と少年は同時にやり、少年は学生証を提示していた。名前は東條、高校三年生だと言う。見た目より年上なのかと驚く。
僕も身分証を提示して職業は刑事だと答えると若干恐縮されるが、互いにやりやすい事情聴取だった。
大した時間もかからず全てが終わり、僕と東條くんは解放された。
「しかし凄い物言いだったね」
「そう」
「僕の弟と似てる」
「へえ」
表情が変わらず相槌にやる気が無い。こんな所もに似てた。
粧裕が言っていた彼は小柄でとても色が白く、灰色の眸をしていたと聞く。目はじっくりと見ていないけれどそういえば東條くんは小柄で色白だ。
彼はホームに戻って行くようなので、僕は勝手に隣を歩きながら話を繋げようと躍起になった。
東條くんの対応は、決して良い態度とは言いがたい。それでも、僕の愛する弟に似た彼が可愛くて仕方がなかったんだ。
「俺は、あなたの弟じゃないよ」
素っ気なく彼が言った言葉に、僕は足を止めた。
確かにそうなのだ。はあの日僕の目の前で死に、身体は焼かれ骨になってかえって来た。今も父と一緒に墓の下にいる。彼はまぎれも無く死んだのだ。ここに居る筈が無い。
僕は何を期待しているのだろう。
粧裕の言った、が生まれ変わって会いに来てくれたという言葉を、強く願いすぎた所為だ。
何の関係もない子供に付き纏ってしまった罪悪感と、やはりはこの世には居ないのだと言う絶望にどっと身体が重たくなる。
「泣かせてごめんね」
僕が足を止めた事に気づいて、東條くんは僕を振り向いた。そして、近づいて来て僕の顔を覗き込んだ。
灰色の眸をしていた。
粧裕が会った少年は、この子だったのだろう。
そして、泣かせてごめんねという言葉が胸を打つ。
まるで自分が死んだ事に対してが謝っているみたいだ。
薄くゆったりと微笑んで彼が去って行ったあと、知らず知らずのうちに、泣いていたことに気づいた。
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