残響ローズマリー 04
思いがけず再会が叶った、生前の兄妹たち。
月に至っては全く関係ない場所で、偶然だった。同じ世界ならば会う事もあるかと思ったから驚きは少ない。
あれから十数年経っているわけだから、月は壮齢の男性になっていた。三十をすぎているが若々しくて精悍な顔つきは、男前という言葉が似合う。
容姿が違うが俺自身であることは変わりないから、月は俺を、弟に似ていると言った。少し嬉しそうに、そして悲しげに、俺の隣を歩こうとしていた。俺はもう死んだし、月の弟ではないので、可哀相だけれど事実を述べた。
すると、良い歳した大人の男性は、あっさりと涙を零した。感情的な人だったけれど、こんなに脆いとは思わなかった。でも、そうさせたのは俺に違いない。
「泣かせてごめんね」
顔を覗き込めば、潤んだ眸が揺れていた。苦笑いを零して、悲しませた事を謝った。
弟ではなくなってしまって、ごめんね。
本当だったら粧裕の結婚式にも出たかったし、月が今結婚しているかは分からないが、もちろん月のことも祝福してあげたかった。あゆを抱っこしたりとか、母に旅行をプレゼントしてみたりとか、当たり前の事をしたかったと今になって思う。俺は彼らが好きだったから。
だからといって、後悔をしている訳ではなかった。俺は俺の目的、人生を全うしたのだ。それなのに、こんな風に見ていると、何故俺は彼らの弟ではないのかと思ってしまう。
月、と呼びかければ、きっと俺を抱きしめただろう。けれど俺にはそれは許されない。
夜神は、もうこの世に存在しないのだ。
月や粧裕を追うつもりはなかった。けれど年が明けて暫くしてから、俺はイギリスに帰ることになったから、もう一度くらい自分の墓参りをしてみようと思い足を運んだ。
これが最後、もう夜神には戻らない、と心に決めて、ローズマリーを買って行くと墓には真新しい花が供えられていた。そう言えば今日は命日だった。
和花にローズマリーを混ぜるのは不釣り合いだから、ローズマリーをさすのはやめた。きっと家族の誰かが、俺の死を悼んでくれたのだろう。指先で滑らかな手触りの花弁をつついてくすぐった。立ちあがると、身体に薔薇の香りが付き纏う。
もうこれで見納めだと、自分と父の眠る墓石を見下ろして踵を返した。冬の冷たい風が髪の毛を煽るので、俯いて首と肩を縮こまらせる。墓地からいよいよ出るという時、目先に在るベンチに腰掛けた、黒いコートに身を包んだ男性を見つけた。月ととても良く似ていて、近づくにつれて、それが本当に夜神月であることはすぐに分かった。会うのは二度目だ。
ベンチの周りの芝生を音も無く歩いた。本当に微かな足音はしているだろうけれど、月は気にもとめずに、項垂れていた。泣いているような背中を見下ろして、するりと口を開く。
「月」
「!」
びくりと身体を震わせて、振り向こうとした月の肩に頭をのせて顔を隠した。驚いて固まった月は、振り向かないでという俺のお願いに、ぎこちなく頷いて姿勢を正した。
背中を丸めて月にのしかかるように頭を預けたまま、俺は名前を呼んでしまった事を少しだけ後悔した。
俺は納得ずくで死んだから、言い足りなかった事は無い。
でも死ぬ準備をしていたのは俺だけだから、遺された人達はこんな風なのだ。情けない背中があまりに憐れだった。でもそれは俺の所為。俺が声をかける資格はないのだ。けれど、今月を引っ張り上げてやれるのは俺だけだと思った。
「ねえ、月、元気?」
「……ああ」
「結婚した?」
「いや、」
他愛ない話をすると、月はぽつりぽつりと返す。
「粧裕とあゆに会った。おめでとうを二回も言い逃したんだなあ、俺」
「……ああ、っ」
「二回どころじゃないか……誕生日も卒業も就職も祝ってない」
「……、っ」
月は項垂れていた頭を更に下げる。
甘いハスキーな声が、高くなって行く。
「俺の代わりに旦那、見極めてくれた?」
「も、ちろん……っ、良い人だよ」
「俺の分まで、粧裕を見守って、俺の分まで、月が幸せになってくれる?」
「……、ああ……、っ」
月は泣きじゃくりながら、返事をした。
「、ごめん」
「俺、不幸だとは思ってないよ。むしろ凄く幸せだったんだ。月が謝ることは何一つ無い。全て勝手にやったことだし、迷惑をかけたのは間違いなく俺自身だ」
沢山の人を殺したが、俺は謝る気はさらさらなかった。最初からいけないことだと分かっていてやったのだから。
月は肩に置かれた俺の手をぎゅっと握りしめ、縋り付く。すり寄せられた頬は濡れていた。
「泣かせてごめんね、月」
俺が月の為に大量殺人を犯したという事実は、月にとってはきっと重たいものだっただろう。
ネタばらしをしなければよかったなと思ったが、言ってしまったことはしかたがない。それに、このネタばらしをしなければ俺一人がキラだったことを信じてもらえないと思ったのだ。
「俺はもういくよ」
「!ま、待ってくれ、いかないでくれ……っ」
痛いくらいに手を握られた。
「死神が言ってた。……死んだ人間は決して生き返らない。月、夜神はもう死んだ……何処にも居ないんだ」
「っ」
「もう、会えないよ」
肩から頭をどかして、後頭部に頬をすり寄せながら顔を上げた。俺の手を掴む月の力が少し緩まったので抜け出した。ローズマリーの花束を月の膝の上に投げて、一歩彼から離れる。
「忘れなければ、月の記憶の中にずっといるから」
月が振り向く前に、姿を消した。
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