harujion

Last Memento

残響ローズマリー 05
俺の四年にも渡る家出が終了して、イギリスに帰って来てからはパブリックスクールに通い、いつの間にか大学に入っていた。
しかも、SPRに入るつもりは無かったのに、事務処理能力を買われ、研究員ではなく事務員としてアルバイトまがいな事をさせられていた。


、デイヴィス博士は?」
「ナルは昨日ウィンブルドンに発ったけど?」
下っ端の研究員であり俺の先輩とも言えるメイナードが、研究室に顔を出した俺に問いかけた。そして俺が答えると、さあっと青ざめる。どうやらスケジュールをダブルブッキングさせてしまったらしい。メイナードの話では今日、ナルを訪ねてくる人がいるらしいのだ。
「ナルが知らないのにブッキングしたの?」
「チーフがごり押しするから大丈夫だって」
「当の本人が居なければごり押しの意味ないじゃん」
「そうなんだよ!どうしたらいいかな!?、博士呼び戻せない?」
「まずまどかに相談」
もし呼び戻す必要があるなら上司がそう判断して呼び戻してくれるだろう。ナル単体への依頼かもしれないとはいえ、SPRに連絡がきたのだからそれ相応の対処はしてくれるに違いない。
メイナードは急いで部屋を出て、まどかに泣きつきに行った。
ごり押しするって許可出した割にナルの予定考えてなかったのなら、まどかも随分おっちょこちょいだ。もしかしたら今日だって知らなかったのかもしれないけど。
、一時間後にくるから、調書とっておいてちょうだい」
「俺が対応するの?依頼人には言った?」
数分後やって来たまどかに、ファイル整理中の俺は顔を上げた。
「それがね、ジーンの方にも話を聞きたいから今日来るんですって」
「へえ」
「だから、ジーンとでお願いね」
「わかった」
ジーンはウィンブルドンには行かずに研究室に居るので問題は無いけれど、ナルとジーン両方に依頼って随分豪華だ。どんな内容なんだろうとまどかから貰った書類に目を通す。
依頼人は、エラルド・コイル。世界的にも有名な探偵であり、俺の前世の知識が正しければLではなかっただろうか。もうLは引き継がれたかもしれないが、このエラルド・コイルまで引き継いでいるかは知らない。
彼らが超心理学に手を借りるなんて想像できないが、デスノートや死神の存在があるのだからそちらにも寛大になったのだろうか。書類には事件の捜査協力としか書かれていないが、まさかジーンに降ろしてもらって話を聞いて証言にするなんてことしないだろうな。探偵らしくないし、信憑性にかける。だから、そんな手を使うとは思えない。もしかしたら心霊的な知識を得る為に来たのか。などと、もやもやしながら、ジーンと一緒にエラルド・コイルがやってくるのを待った。

俺はてっきり、ノートパソコンをもったワタリが来るかと思っていた。
ところが、部屋に案内されてやって来たのは、Lそのものだった。まさか本人がくるとは思っていなくて、きょとんと見上げた。
「なにか私の顔についていますか?」
「いいえ、ミスター。すみません……」
しいていうなら凄い隈がついてる、と言いたかったけれど俺は微笑んだ。
生きている姿が見られた事は喜ばしい事だ。
相変わらず猫背で、細っこくて、色白で、目がぎょろりとしている。それなりに歳をとったようだけど、あまり年齢を感じさせない。ただし不健康的で人相が悪いので若々しくは見えなかった。
「どうぞ。すみません、オリヴァーは急な出張が重なりまして」
「どうも。構いません、お忙しい研究者だそうですから」
ジーンが応接室のソファに促しているのを見ながら、俺はジーンの隣に座った。
すぐにまどかがお茶をもってやって来て軽く挨拶をして出て行く。
「あなたは?」
Lは俺をちらりと見てジーンに尋ねる。
「記録係です。捜査上の秘密は守ります。オリヴァーへ報告書を作らなければならないのでご理解ください」
物腰はいつもより柔らかくして言う。
キラのときはメモをとらないようにと言っていたが、SPRを信じてもらわなければ困る。メモをとらないにしても、ナルに伝えなければならないし、ナルは文書にまとめておけと言うに決まっている。
「わかりました。確かに捜査に関係することではありますが、もう終わった事件の話です」
「終わった事件?」
「あなた方が生まれる前、もしくは生まれたばかりに終決しました」
「なぜ終わった事件を?」
「不思議なことが多く、未解決だったので」
「犯人が捕まっていない?」
ジーンが上手に話を聞いて行くので俺は記録用のノートパソコンを開きテキストエディタを立ち上げた。
「いえ、犯人は自白しました。証拠も有り、現行犯でもありました」
もしかして、俺の事を言っているのだろうかと思いながら、『すでに終わった事件の話』とだけ打ち込んだ。
「彼は多くの者達を欺きました。知れる筈の無い事や、未来の事も知っていました」
ジーンが興味深そうに、言葉を繰り返す。その力は、超心理学的には一種の未来視であり、サイコメトリストと考えられるだろう。
「本で全て読んだのだ、と言ってました」
「それは、アカシックレコードのようなものでしょうか」
the Book of Lifeと言われる命の書である。実際に本の形をしているかと聞かれれば確かめようの無いものだが、そういう概念があることはたしかだ。宗教や分野ごとに形をかえるが、今のLの話からこれに行き着くのは容易い事だった。
ジーンが諸説を話すと、Lは興味深気に眸を動かして聞いた。
「彼は、命の書ではなく、死のノートと言いました」
DEATH NOTEと打ち込みながら素知らぬ顔を続ける。間違いなく俺の話であることを確信した。
「しかし、デスノートに書かれた内容は、自分の居ない世界の未来の話でした。彼は自分の兄に起きる事を予期し、兄にとってかわった」
「パラレルワールド?」
ジーンとLの話はなおも続く。俺は今更驚くことなんかないし、口を閉ざすのは得意なので一生懸命ナルに分かりやすく伝える為だけに、手と頭を動かした。
話は進み、Lは死神と言う存在を信じるかまたは知っているかと尋ねた。
それに、ジーンはきょとんと聞き返した。俺も、一度パソコンから目を上げて、Lの方を見る。
「死神、ですか。霊にも色々な言い方があるのは確かです。国によっても違いますし、宗教によっても変わって来る。例えば日本では悪さをするのもしないのも全て霊と言われていますが、こちらでは悪魔とくくられる事もあります。死神というのはまた変わった観点になりますけど……あまり聞いた事はないですね。霊の存在を感じ、死を恐れた人が霊を死神と称することはあります」
実際に死神の姿を目の当たりにしていないジーンは、こう推察するしかなかった。
「人ならざる形をしていたとしても、それは霊の範囲ですか?」
「霊の中には姿を変えるものがいます。力や思いが強ければ尚更」
「特定の物品に触った時にだけ姿を確認できるということは?」
「状況がどうも分かりにくいですが……無くはないことだと思います。意図的に姿を現す霊もいます」

遠くから話を聞いてると納得してしまいそうな事が多い。けれど実際はそんなものではないのだ。死神は幽霊とは違う概念のものだ。そして、今この世界と繋がっているとしたら死神の言う事は随分矛盾する事になる。リュークは、死後は無だけだと言ったが、俺たちは何度も死後に思いを抱えたままこの世をさまよう人魂を見ている。
そもそも俺が記憶をもったまま何度も生まれていること自体がおかしいことなのだけど。
結局Lは詳しい事件の内容やノートの話はしなかった。ノートや死神よりも、俺が未来を知っていたことの方が疑問だったようだ。まあ、死神やノートは人間界のものではないので理解できないのも仕方が無い。
ただ、事件後十七年も経っているのに俺のことを調べているのはなんだか変だ。もう諦めても良いくらいに年月は経ったのに。
引き摺っているとまでは言わないが、納得はされていないのだろう。確かに俺は謎を残して来た。でも、それは俺が生きていたとしても解明できたとは思えない。
こうして超心理学的な分野に相談を持ちかけても、きっとLは全て納得はしていないのだろう。
「犯人を呼ぶこと……いわゆる、降ろす、というのはできますか?」
「誰しも降ろせるわけではないですが、やってみることはできると思います」
「ジーン……」
俺は打ち込みの手を止めて、咎めるように名前を呼ぶ。しかしジーンはにっこり笑って、まどかに許可を貰って来るとソファを立って部屋を出て行ってしまった。
「……犯人がこちらに危害を加えることは無いと思いますが」
溜め息をついて視線を落とした俺は、Lがぽつりと言った言葉に顔を上げる。
「本当に身体を乗っ取ることが出来るのは少ないです。彼はプロだしそんなことにはならない」
「では何故あなたは渋ったんですか?」
「記憶を見る事になるかもしれないからです。サイコメトリとも少し似ている」
それでもジーンがやると言えばやらせてみるしかない。今までだって霊をなんども降ろして来たのだ。大して事件の内容を知らない筈の俺が大反対するわけにもいかない。それに、実際に俺の霊が現れるわけはないと思っている。もし現れたとしたらそれはそれで、ちょっと楽しいかもしれない。
「オリヴァーに会うのは、サイコメトリもしてほしいから、ですか?」
「…………できれば。もし無理でも、サイコメトリについてお聞きしたいこともあります」
唇をふにふにと弄っていたLに問いかけると、少し考えてから口を開いた。
ナルならそれこそ、殺人犯の記憶を読み取りあたかも自分が体験したように感じることがある。
俺は実際に手をかけてきた訳ではないが、それを知らない立場にいる今、サイコメトリに反対する理由は多いにあった。
「俺たちが生まれる前くらいの人なんでしょう?なんでそんなに気に掛けてるんですか?」
「何故でしょう……心を奪われてしまったからでしょうか」
「……」
ぽつりと窓の方を眺めながらLは言った。
「私は今までいくつもの事件を解決してきました。全て自分の勝利に終わっています。ですが、彼の事件だけは、彼が自白するまで確たる証拠を突きつける事が出来ませんでした。それまでにも何度も彼に躱されています。全て、未来を知っていたからと言われれば勝つことなど出来ないのですが……」
「ずるい人なんですね」
「そうですね……ずるでもなんでも、私が負けた唯一の人でした」
「ふぅん」
そこまで話していると、ジーンがにこやかに戻って来た。まどかも連れて来ているので付き添いだろう。
Lは没年日や名前、住所、プロフィールをいくつか教えてくれた。俺と下の名前が同じだけれど、その程度でジーンとまどかは反応しない。
その後すぐ取りかかったが、何も起こらなかった。
成仏したか、除霊されたか、転生したか、といういくつかの憶測を、Lはじっくりと咀嚼した。
「転生、ってありえることですか?」
「そうですね。新しい命になっている可能性は多いにあります」
「記憶が残っていたりとかは」
「極稀にありますが。そういうのは大抵幼少時に夢うつつに見たりとか、分別がつかない事が多いです」
そして大抵忘れてしまうのだとジーンは言った。
俺は随分前に大学生をやっていた時に超心理学の端っこの分野で前世記憶の勉強もしていたが、昨今の研究でも大した進歩はみられない。そもそも俺の場合は肉体が似通っていたり、記憶がクリアで、しかもフィクションの世界に居るため転生とはまた違うのかもしれない。

「エドガー・ケイシーが予言者としても転生者としても有名でしたが……夜神は人知れずそう言う人だったのかもしれませんね」

Lは話を淡々と聞くと、そろそろ帰りますと立ち上がった。
ナルにはサイコメトリをしてほしいそうだが、彼がなんというかは俺たちもあまり推測できないためおって連絡をするという形になった。
「メル、お送りして」
「はい」
研究所と言うこともあって、外まで見送り兼見張りをする為俺もソファを立つ。一番の下っ端だから当たり前なのだが、二人きりになるのはなんだかくすぐったい。
「あなたは研究者ではないんですよね」
「大学生です。ここには事務のアルバイトを」
鼻の頭を前髪がくすぐった気がして掻く。
手袋をつけたままの俺の指をじっと見ていたけれど、それ以上口を開くこともなく黙って歩いた。そんなに距離はなかったし、沈黙は嫌なものではなかった。

「では、また」
「お気をつけてミスター」

ドアの所でLを見送り、歩いて行く背中を数秒だけ見つめてすぐに、俺は踵を返した。





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