Oculus 01
(月視点)
の葬儀が終わった夜、僕は驚く程容易く眠りに落ちた。
きっと疲れていたのだと思う。何日も、眠った気がしない程に哀しみに暮れ続けたから。
暗闇に落ちて行く感覚が嫌だった。
すると、のことを全く考えられなくなるのだ。
眠るたび、を忘れてしまいそうで怖い。
目を覚ました時、僕は授業を受けていた。
頬杖をついて、とっくに知っている知識を教わっている最中だった。視界に入るのは四年程前まで当たり前のように過ごしていた教室と、見覚えのあるクラスメイト達の後ろ姿。
なんだ、僕は夢を見てるのか。
授業の内容までしっかり耳に入って来て、高校三年生の授業だなとひっそり理解して、窓の外に視線をやった。懐かしいな、この頃の僕は日常に酷く退屈していて、陰でが何をしてるかも知らず、能天気に生きていた。
自嘲するように笑いながら見た風景に、ぱさりと黒い物体が落ちて来た。
「—————、」
あまりのことに、席から立ち上がってしまった。周りの生徒や、教師の視線が一斉に僕に集まる。
「夜神?」
「……具合が悪いので、早退します」
本当に具合が悪いとさえ思った。
担当教諭は僕のおそらく青ざめてるであろう顔を見て、頷いた。
落ち着け、冷静になれ、焦るな、と言い聞かせながら、僕は教室を出る。
廊下を走りたい衝動を抑えて、鼓動する胸を掴むようにブレザーを握った。
あの落ちて来た黒い物体には覚えがある。
あれは、僕が拾う筈だったもので、が阻止してしまったもの。僕を救い、を死においやる、全ての元凶。
誰も居ない校門の近くで、僕はその黒いノートを見下ろす。
これは夢で、の死は覆らないというのに、僕はそのノートを拾わなければならないと思った。
手を伸ばし、触れて、つまみあげる。
———燃やしてしまおうか、こんなもの。
嫌悪感と、歓喜が押し寄せる。
、これでお前を喪うことはないんだな。これが、夢じゃなければ良いのに。
目が覚めたら、は居ないのだろう。なんて、たちの悪い夢だ。
せめてに夢の中で会わせてほしいものだ。
ふっと笑って、ノートを持ち帰った。
母さんは早退してきた僕を心配していたけど、少し寝てから夜の塾には行くと答えて階段を上がってしまえば、特に何か言って来ることはなかった。
二階に上がった時に、違和感を感じた。なんだか、家の様子が違う。
「の部屋がない……」
ぽつりとぶやいたそれは、事実だった。僕の部屋を通り過ぎた向こうには粧裕の部屋しかない。
確認する為にそっと開ければ、やはり粧裕の部屋だ。
自分の部屋に入って、鞄をぼとりと落とした。その中にはデスノートが入っているけれど、それよりも先に僕は家のアルバムを確認した。
の存在はなかった。
うちに、夜神は存在しない。留守だとか、死んだとかじゃない。生まれてすら居ないのだ。
ゆっくりと、着実に、僕は事実を確かめた。
一向に夢が覚めないのだから、そうするしかない。
僕の家は父と母と僕と妹の四人家族だった。僕の記憶の中の家族と、彼らは何一つ変わらない。母は成績の良い僕が好きで、家事が上手。父は正義感に満ちあふれて、仕事も家族もきちんと大事にしてくれる刑事局局長。妹はアイドルに夢中な普通の女子中学生。唯一違うのはの存在がない事だけ。
食卓にの席も、食器もない。おやつが入ってる戸棚にの好きな甘いものがないし、何処を探してもの私物が出てくる事はなかった。
父に再び会えて嬉しいのに、の存在がない事が酷く不安だ。
誰ものことなんて覚えてない。僕しかを知らない。の残したものに縋って、泣くことすら出来ない。
の部屋で、のベッドで眠りたい。の残したシャツを抱きしめたい。が死に際までしていたシルバーのブレスレット、の遺骨、の写真、のメール、が書いた文字のある紙切れひとつ、僕の手元にない。
以前が言っていた、自分の居ない、僕がキラになる未来があると。
そんな世界に僕は来てしまったのだろうか。信じ難いし、僕はを死に至らしめた僕自身とノートとキラという存在を何より憎んでいる。それに、人を殺すなんて、吐き気がする。
ほんとうに、は居ないのか?