harujion

Last Memento

Oculus 02
生まれ変わることにもはや驚きはない。
俺は幼い頃に両親が亡くなり、遠い親戚なのかわからないが老人に引き取られた。その老人はキルシュと名乗った。記憶の中のワタリよりも、少し若い気がした。

同じ世界の過去に生まれてしまった。変なの、と心の中で悪態をついたけど生まれ変わり自体が変だから大した問題じゃなかった。
ワイミーズハウスに入れられなかったのは、そこがLの後継者を育てる為の施設だからだろう。俺にLの素質があるとは思えない。もちろん施設の子供達にもLの素質があるものは少ないだろうけど、なにかしらが秀でた子供だと聞いた。それらにくらべて、俺は凡庸だったのだ。もちろん俺は自分を天才だと思ったことはない。経験と忍耐力と努力で自分を守ってる。
しかしそんな、目をかける必要のない俺を、ワタリ……保護者なのでキルシュと呼ぼう……は引き取った。一緒に住んで、時々宿題を出されて、彼の仕事なのだか趣味なのだかわからない発明の手伝いをして、紅茶の淹れ方を教わる。
大きくなるにつれてキルシュはよく留守にするようになったけれど、パソコンのテレビ電話で毎日俺の無事を確認して、夜更かしはしてはいけないよとか、宿題は終わったかい、とか、わりとしっかり教育を施した。

十歳の頃、キルシュは俺をLに会わせた。
「君がか?」
「おいで
ケーキを食べながらLは俺を見ていた。その向かいに座るキルシュが手招きをするので、足を踏み出しキルシュの座るソファの方へ行った。
「聞いていた程、懐っこくはないな」
「緊張しているのかもしれません」
俺の頭を、キルシュはなでた。隣に座ろうかと思っていた所で、キルシュに抱き上げられて膝の上に乗せられた。子供と老人の戯れみたいなものなので、俺はこの動作を嫌がる事はない。Lはその様子をじっと見て、抱え込んでいた膝を地におろした。それから膝をぽんぽんと叩いて俺をじっと見る。
初対面の子供にそれをやっても、応えてくれることは少ないと思う。しかもLって目つきが良くないし。
俺はLをじっと見つめ返してから、キルシュの顔をうかがう。愛想良く接待したほうがいいのだろうか、と。しかしキルシュはにっこり笑うだけで何も言わない。
ひざに呼ばれたなら行ってやるべきなのかもしれないなと、優しさを発揮してキルシュの膝からずるずると降りて、ローテーブルの向こうにいるLに近寄った。
くたびれたジーンズの膝にとんと手を置くと、Lの両手が俺に伸びて来て脇にさしこまれる。
俺はこの時、Lに子供を可愛がったり抱っこするという概念があったことに驚きつつ、キルシュよりしっかりした膝だなと座り心地の感想を考えていた。
「なるほど」
なにがなるほどなのかよくわからない。
膝の上で背中やら肩やら頭やらを触られながら、キルシュに目線で助けてと訴える。
「おもちゃにしてはいけませんよ」
「甘くて美味しそうな匂いがする」
やばい、喰われる……と身体を抱きしめた。
この人小さい子をお菓子だと思ってるんだ。
後頭部に顔を埋められてすんすんと匂いをかがれたので、さすがに降りた。
ちょっと残念そうにしているけど、もうLの膝には乗らないと決めた。
「なにあの人」
そもそもなんで俺はLに会っているんだろうと思ってキルシュに問う。
にはいつか、私の代わりにLのお世話をしてもらいたい」
「は?はあ」
「いわば、私の後継者だね」

そういわれて、なんとなく今までやっていたことの意味を理解した。機械や言語の勉強なんかはまだしも、射的や格闘技、ピッキングなんかの練習の理由はこれだったんだ。むしろ今までよく素直に勉強して来たなあと自分の無関心さに驚く。

キルシュとLはこれからますます忙しくなるからと、俺をワイミーズハウスに預ける事にしたらしい。これはお別れのお茶会みたいなものだった。
養護施設に車でつれていかれて、ロジャーに紹介をされた俺はキルシュの頬に行ってらっしゃいのキスをして別れた。

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