Oculus 03
この世界での本名はなので、養護施設に入る時に新たにと名付けられた。
呼ばれても反応が遅れるから、肩に手を置いてもらえると助かると子供達には言ってあったが、なかには、俺にどしんと乗っかって来る子供が居る。まさかここまでしろとは言ってない。
ソファでうつ伏せ気味に寝転がって本を読んでいたので、子供は俺の身体の上で足をばたばたさせた。
俺のうなじでと叫ぶのはマットだ。
「はいはい」
「このレベルの面がクリアできないんだよー」
「えー」
その体勢のまま俺の顔の前に自身のゲーム機を広げられ、勝手にスタートされたので反論する間もなくプレイさせられていた。
「またにやってもらってるのかマット」
「あ、メロ」
メロの声が降ってきたけど、俺は画面から目を離さない。ずっと前にそれをやってゲームがクリアできなかったとき、マットが滅茶苦茶怒ってメロと喧嘩したんだ。めんどくさかった。もう一回やってあげるって言ったのに。
マットは身体の半分をずるりと俺の上からおとした。ソファは普通の大人サイズなので、子供二人くらいは横になれてしまうので、ちゃんと降りてほしかったけれど、今はそれどころじゃない。
「これあとどんくらい?」
肘をついて身体を起こしながら本腰を入れてプレイすると、マットとメロは俺の画面を見守った。メロまで俺の上に乗って来たので苦しい。
「あ、もうすぐ中ボスでてくる。そしたら横からも攻撃がきてさ」
「大ボスは自分でやってね?」
「うん!」
ぴゅんぴゅんとか、ちゅいーんとかチープな音がゲーム機から聞こえる。
中ボス倒せないのに大ボスやれるのかは謎だけど、最後は自分でやらせないと意味ないならね。
中ボスが出て来た途端、マットがぎゃーっとはしゃぎ出し、俺が弾を避けたり攻撃したりしてると背中に乗ってるメロがゆさゆさ俺を揺らして操縦しようとした。服が伸びるからやめてほしい。
「しゅうりょーう」
中ボス倒したのでマットにゲーム機を返し、のしかかってくる子供二人の間からなんとか本をもって抜け出した。
「僕にもかせ」
「えー」
メロは俺のプレイをみて興味がわいたらしくマットからゲーム機を奪ってる。マットは嫌そうな声をあげつつも二人で楽しんでるみたいだ。
しかし、すっかり俺の居場所をとられてしまったので、資料室に向かった。あそこは勉強したい時とかにくる所だから人気が少ないし、人が居ても静かだ。それにソファもある。
少し埃の匂いのする資料室をそっと開けると、案の定誰も居ない。
広間のソファには劣るが、寝心地より居心地を重視すればこっちのほうが大分良い。二人がけ用でも、身体が小さい俺は膝を曲げれば十分寝転がる事が出来た。
それからは何も考えずに本を読みながら、身体の向きを時々変える最低限の動きしかしなかった。
本を大分読み進めて、背もたれの方を向いていたころ、服の裾をくっと引っ張られた。人が部屋に入って来る音なんてしただろうかと思いつつ身体を仰向けにしたら、ニアが仏頂面で俺を見下ろしてた。
いつも仏頂面なので睨まれてるわけではないだろうけど、無言だから何が言いたいのかわかりにくい。
黙って見つめていると、ニアは口をひらくでもなく、何かジェスチャーをするわけでもなく、のそのそと俺の上にのっかって胸の上に頭を預けた。
「お腹がくるくる言ってます」
「内臓は常に動き続けているのです」
ニアは我儘ではないけど子供みたいに自由人なのでどかすのは諦めて、腕を軽く上げて本を読んだ。でもこの体勢では本が読み難いことに気がついた。横向きか、うつ伏せのときがよかった。
「ニアどかない?」
「重たいですか」
一応聞いてみるけどあまりどく気はなさそうだ。
「重たくないけど、……大きくなったらやめてね」
「メロもマットも私より大きいです。私より先にやめるべきです」
「俺もそう思う」
「私が大きくなったら、お礼にのこと乗せてあげます」
「……良いよ別に乗せなくたって」
本は読みづらいので栞を挟んで閉じた。
手持ち無沙汰だったので、ニアの背中に手をまわして時々ふわふわな頭を撫でてみると、意外なことに逃げられなかった。前は逃げられたけど、今は同じ子供だから許してくれるみたいだ。ちょっと可愛い。
そのまましばらくふわふわを堪能していたが、ニアは本当に何しに来たんだろう。