harujion

Last Memento

Oculus 06
(月視点)

忌々しいノートを拾って、が居ないことを理解したあと、僕はキラになると決めた。
人を殺すのに抵抗がありすぎて、一週間近くは本気で食欲がなくて睡眠も上手くとれなかった。
最初のキラの犠牲者は新宿の通り魔だったはずだが、僕はさすがにノートを拾った日から人を殺すことはできず、初めの犠牲者はその三日後にやっていたニュースで流れた強盗殺人犯だった。これもまた、日本でしか報道されていない者だったが、僕はそれで構わないと思った。

キラと、と、同じ事をしようと思ったのだ。
を忘れたくないから、を求めて、もしどこかにがいたら僕に会いに来てくれるように、そんな事ばかり考えた。
死神が現れた時、僕はつい「待ってたよ」と笑ってしまった。死神のリュークは面白そうに笑い返したので、違う意味でとっているだろう。

キラという名前を付けられた時は、分かっていても死ぬ程悔しかったが、この名前はと僕を繋ぐ唯一のものだと思って我慢した。
捜査状況や未来を知っていても、僕はなるべくの真似をした。リンド・L・テイラーは殺したし、FBI捜査官も殺した。スペースランド行きのバスに以外と乗るなんて、とショックを受けたが仕方がない。
人を殺す痛みも、を思い出す哀しみも、全てが僕の生きる糧だ。
罪悪感と喪失感に苛まれることこそが、至福。僕はもう全うな人間でもないし、に顔向けできる兄ではない。けれどそれは世界が僕をそうさせた。何かの所為にするのは馬鹿らしいが、そうじゃないとやって行けない。
そうまでしてでも、を忘れたくないんだ。

竜崎に名乗られたり、カマをかけられても全然腹が立たなかったのは、キラに心から賛同していないからだろう。それに僕は結構本気で竜崎の事を尊敬してるんだ。
しかし僕はキラでなければならないので、普段の僕なら言うであろう事を考えて言った。
昔一度出された推理の問題も、同じように間違えた。
第二のキラである海砂からのアプローチは正直な話鬱陶しくて、レムは思った以上に厄介だった。はこいつらの相手をよくできたものだと思ったが、自身は僕が切り抜けて来たのを見たからなのだろう。不思議な気分だったが、僕の手腕にかけて操ってみせようと思った。
海砂が監禁された後、僕もすぐに監禁されるものかと思っていたのだがどうやら竜崎にそんな様子はない。多少違うこともあるものなのかと思い、僕は自分からキラなのかもしれないと名乗り出る事にした。
監禁の途中でノートを手放しても、僕は自分の事を知っていた。ノートを使った記憶はなくとも、の記憶は無くならないので、考えればすぐに分かった。
監禁から解かれた後のヨツバの件でもまた、僕の知っている流れとは微妙に違かった。それに、海砂の様子も少し変だった。きっとは僕の知らない所で何かをしていたのだろう。それを僕が出来なかったから違うことが起きているのだ。

火口を捕まえたとき、僕はノートを所有している記憶を取り戻した。今火口を殺せばノートの所有者は僕となり、嘘のルールで僕と海砂の疑念が晴れる。だが、腕時計に仕込んでいた紙はなかった。
ノートを拾った時以上に驚いた。
誰かが時計自体をすり替えたとは考え難い。しかしこの仕組みに気づいた人間なんて早々いない。
もし気づいたとしてもノートに触れれば死神の姿を目にするだろう。
誰だ?何が起こってる?……僕以外にも、やり直している人間が本部にいるということか?
いや、だとしても腕時計の隠し場所なんて知らない筈だ。
僕は仕方なく、火口を殺す事を諦めて、ノートを手放した。でも、自分がキラだと知っていたからか、時計のことも不思議と覚えていられた。
火口を殺せないとなると、十三日後にはレムが殺すだろう。僕には殺せないと、レムは分かっている筈だ。
殺さなければ海砂の疑いは晴れない。正直な話第二のキラとしてテープを送って来た証拠は揃っているため海砂は完全に白じゃないのだが、今そんなことは些末なものだ。海砂の疑いを晴らすチャンスはこの十三日のルールしかない。僕はのやり方しか知らないし、これだけのことで海砂の寿命が延びることになるというなら、レムは死ぬのだろう。
正直どっちだってよかった。
死神の存在がずっと見えていようと、ノートの存在がばれようと、僕がキラだとばれたって構わないくらいだ。
僕はキラとして神になりたいわけじゃない。いっそのこと捕まって、死刑になってしまおうか。

深夜の監視が手薄な時間に、火口は死んだ。ワタリからの連絡が入ったことで僕らは火口の死に気づいた。レムはそれとなく壁の向こうに行ってしまったので分かっていたが、僕がすぐに反応するわけにもいかなかった。
ワタリが火口死亡のしらせをしたすぐ後、もう一度竜崎の名を強く呼んだ。
『彼が部屋を出ていきました……その部屋の隣です』
ワタリの口調はどこか苦々しい。
彼、とは誰なのかわからなかったが、竜崎が血相を変えて隣の部屋に飛び出して行ったので、手錠と鎖でつながれた僕もそれにならう。他の捜査官も火口死亡のしらせを聞いて集まって来ていたので、僕同様に竜崎の後を追って隣の部屋に向かった。
!」
竜崎はワタリの言う彼をすぐに抱き寄せて顔を隠した。後ろ姿しか見えないが、ブロンド髪の少年だった。
おそらく通称だろうが、という名なのだろう。
「勝手な事をしてすみません竜崎」
そう囁いて竜崎に渡したのは、ノートだ。おそらくレムのもので、前はが持っていたノート。僕は別に欲しいとは思わなかったけど、という少年の存在が異質だった。なぜなら、僕は彼を知らないからだ。
僕の記憶とは微妙な齟齬があるのは仕方がないが、のことは全く知らない。Lの協力者でありもう一人のワタリだと言われても納得はできたが、過去と大きく違いすぎることに、恐れと歓喜を感じた。
腕時計の仕組みに気づき、ノートの切れ端を回収した、過去の記憶を持った誰かの可能性がある。
誰かと言ったら、思い当たるのは一人だけだ。

彼は、ではないのか?

父と同じ問いをした。
「……誰なんだ?」
竜崎はの顔を見せないままで、首を傾げる。
緩んだ腕から逃れたがようやくこちらを向いた時、僕は自然と足から力が抜けて跪いた。
知らない顔、知らない人物、まったく僕の記憶の中に居ない。だけど、それが嬉しくて、愛おしくて、涙がでそうになった。
は粧裕と似ていたし、日本人だった。は西洋人の顔立ちをしていて、眸の色は灰色で髪も艶やかな黒ではなく輝かしいブロンド。薄い口を少し開いて、わずかに何かを言いたそうに口ごもる。
、と唇を転がすと、僕を見下ろす灰色の眸は揺れ動いた。
ひんやりとした掌が僕の両頬を撫でて、長い前髪をどけて僕の顔を見た。
そして、微笑した。その笑い方を僕は知っている。

だ。

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