Oculus 07
(L視点)
ワタリはある日、小さな子供を保護した。遠い親戚の子供だったか、全く関係のない子供だったかは知らない。
私の後継者を育てる養護施設に入れるのかと思っていたが、にそちらの才能はないようだった。けれどワタリはなぜだかその子供が気に入ったようで、自分の手で育てた。
とても落ち着いた、聞き分けの良い子供で、手がかからないらしい。下手をしたら養護施設の子供たちよりも優秀かもしれないとのことだった。しかし、ならばなぜ養護施設に入れないのか。私は少し疑問に思ったが、子供は何かの才能がある訳ではなかったからだとワタリは目を細めた。しかしワタリ自身の後継者となれるように育てるというので、少し興味を持った。
子供、が十歳になった頃、私は彼と初めて対面した。
丁度事件の調査の為にイギリスからアメリカに拠点を移そうとしていて、もちろんワタリも同行することになっていた。
はこれを期にワタリが創設した養護施設に預けるらしい。
呼ばれて部屋にやってきたは、ブロンド髪の少年だった。少し痩せ気味ではあったが健康的で、愛くるしい容貌をしている。ワタリ曰く「おりこうさんで人見知りをしない子」だったのだが、無表情でワタリの方へ歩み寄った時、想像していたよりも無愛想だと思った。
懐っこい子供だと思っていたのだがと不満を口にすると、ワタリは目を細めてを抱き上げ膝に乗せた。大人しくしている様子は、人に触れられ慣れている感じだ。興味がわいたので、抱えていた膝をおろしてぽんぽんと叩いて彼を観察してみた。
子供受けの良い目つきでないが、は怖がっている様子はない。
ワタリにちらりと目線をやってから、ずるずると膝をおりて、私の方へやって来る。灰色の眸は私を見上げ、小さな手を私の膝の上に置いた。
……子供とはこんなにも可愛い生き物なのか。
脇に手を差し込み膝の上に乗せると、大人しくしていた。
小さな後頭部に顔を埋めると甘い匂いがする。
美味しそうとまで例えた私には嫌な顔を惜しげなく晒して、すぐにワタリの方へ行ってしまった。
にという名前を与え、ワイミーズハウスに入れて約五年程の月日が経った。
養護施設にいる子供達の様子を見るため、また子供達が私と触れ合うため、パソコン越しに施設に登場した。子供達がたくさん質問をしてくる中で、目つきの悪い子供二人は離れた所からこちらをじっと見ている。
もしLを継ぐとすれば、彼らのような気がした。
モニタの向こうで、一人の少年がの名前を出したのを聞いて、画面の中を探す。そういえば彼が居ない。
どうせそのうち会うだろうと思っていたところに、スウェットに裸足スリッパの、見るからに寝起きの少年がやってきた。あのブロンド髪や気怠そうな態度はだろう。
『なにこれ?』
こてんと首を傾げた彼は、カメラの方を見ていた。
『Lだよ!質問に答えてくれるから、も何か聞いてみたら?』
『えー』
傍に居た少女に言われて、は面倒くさそうな、困ったような顔をした。
『あーお元気ですか?』
「ええ、あなたは?」
『俺も元気です』
の質問は、質問とは言えないものだったが、私のことを知っている彼らしい問いかけだった。
それからすぐ、は十五歳を迎えたので私たちの元へ来た。正確にはワタリの元へきて、ワタリになるべく一緒に私の補佐をするのだ。
その頃から世界中の犯罪者が急に心臓麻痺で死に始めた。よく調べてみると一番最初の犠牲者は日本であることが明らかになり、中継も日本でしかされていなかった。それから世界同時中継と銘打ったテレビ番組を放映すると、一番最初に目を付けた日本の関東で当たりが出た。
日本捜査本部の残った数名に素顔を見せることになっても、の存在は隠した。それは侮っているわけでも、双方を信用していないわけでもない。しいていうなら、命綱のようなものだ。
Lもワタリも複数人存在し、まだ私と繋がりのあるものや意志を継ぐ者がいることをにおわせることで、撹乱することができる。
容疑者である夜神月も同様に、Lが一人ではないと言ったときは少し表情を変えた。大した反応は見られなかったが、私を今殺しても意味がないと思っただろう。
弥海砂と夜神月の監禁が終わり、ヨツバグループの火口が新たな容疑者として浮上した。取り押さえて白状させた殺人方法は、ノートに名前を書く事だった。死神という存在を目にしてみると、信じ難い事でも信じてみるしかなくなる。
ノートのルールに書かれていたことは、夜神月と弥海砂に非常に都合の良いことで、捜査本部の一員はこぞって二人を擁護する。まるで私が悪者のようだ。彼らの事は協力者や捜査官として敬意を払っているが、どうにも甘い上に色々と足りない。
これなら普段あまりやる気のないの方がマシだ。彼は推理などしないが素直に私を信じてくれる。
とにかく火口が十三日のルールによって死亡したら弥海砂と夜神月を解放するという約束で暫く様子を見る事になり、実際の十三日目には火口が急に苦しみ出した。ワタリが連絡を入れて来てすぐにカメラ映像を流したので、私と夜神月はその様子を見ていた。それから緊急で捜査官を呼び出した為に、全員が揃う。
そんな時、またワタリから連絡が入った。
『彼が部屋を出ていきました……その部屋の隣です』
名を出さずとも分かった。建物内の監視カメラで確認したようでは隣の部屋に居るとすぐに割り出される。そこで、死神の存在もない事にようやく気がついた。
ワタリには火口の方へ行かせ、私がの元へ向かった。
部屋に飛び込みを隠したが、その存在は捜査員にも夜神月にも明らかになった。ノートの確保をしてくれたのだから、このくらいは仕方がないかと思ったが、やはりの存在は誰にも知らせたくなかったのが本音だ。
夜神月が跪き、を見上げる光景は異様だった。
なおかつ、滅多に人と馴れ合うことをしないが、夜神月に触れたのには驚く。
「どうして……」
小さな声が夜神月にふりそそぐ。彼らは見つめ合って目を離さない。我々にはわからない、何か繋がりがあるように見えた。
まさかがキラと通じている訳がない。
もちろん、捜査や監視をしていた為は一方的に夜神月のことを知っているが、夜神月の反応はおかしい。
「僕は、を忘れたくなかった」
夜神月の零した名前は、の本当の名前だった。
私とキルシュしか知らない名前のはずのそれを、なぜ、彼が知っている?
なぜはそれを驚かない?
二人は何の話をしているんだ?
私の疑問には、誰も答えない。