harujion

Last Memento

Oculus 08

「僕は、を忘れたくなかった」

どうしてという問いかけにそう答えた月。
俺は月を傷つけることになるだろうと知っていた。それでも生きていてほしかった。
だから自分がしてきたことに悔いはないけれど、まさかこんなことになるなんて、思ってもみなかった。
————月が俺の記憶を持ったままでいるなんて。
「おまえにまた会えて嬉しい」
捜査官やLの居る前だったが、俺たちは二人きりで会うことなんてできないから仕方がなかった。
松田なんかは、なんなんですかと声をあげているし、相沢と総一郎も俺たちが顔見知りであることに困惑していた。
なにより俺の背後に居るLはきっともっと謎に思ってるだろう。

「竜崎……いや、L 。……僕がキラだ」

どう説明したら良いのか、感動して喜んで良いのか、迷っている俺をよそに、月は立ち上がった。そして、俺の後ろに居たLを見つめて口を開いた。かつて本の中で月が言ったように、かつて自分が皆の前で宣言したように、今月は皆の前で自分の正体を明かした。
でも、月は神になるために人を殺したのではなく、俺と同じように、キラになるためにノートを使った。まあ、結局人を殺したと言う事実は変わらないのだけど。
「目的を果たした今、自分の罪を隠すことは堪え難い」
「何が目的だったんです」
「しいていうなら、に会うことかな」
「……」
俺はLの後ろに引き戻されていたので少し顔をだすと、またLに遮られる。ちょっと、どいてよ。
とはどういう関係で?」
「僕の愛しい人」
誤解を召く言い方をしないでほしい。
「竜崎、月と俺は出生が特殊なんです……多分」
俺はLのシャツをくんっと引っ張った。

月があっさりキラだと認めたことに、Lと俺以外の人間はついていけずに、ろくな言葉も紡げないでいた。
とにかく話をするために一度となりの部屋に戻って、ソファにかける。その際Lは俺を一番奥に押し込んで姿を隠そうとした。
「あの、もう皆に顔見られてると思うんですけど」
「駄目だ、減る」
「面倒くさいこと言わないでくださいよ」
力では敵わないけど、無理やり俺を押さえつけることもせず、仕方無さそうに放したので座り直して皆の顔を見た。
といいます、ワタリの助手のようなものです」
あらためて捜査員たちにぺこりと頭を下げると、皆も会釈をした。
「あの、と月くんは、どんな関係なんですか?」
松田はすぐに一番の疑問を尋ねた。こういう時は口が早いというかなんというか。
月と顔を見合わせてから、俺が口を開く。月よりも俺の方が詳しいと思ったからだ。

「客観的に聞くと、とてつもなく痛い話なんですが……俺と月は前世で兄弟だったんです」

皆の顔が歪んだ。相沢がぷるぷるしているので怒鳴られる前に、前は俺がキラだったことを教えた。すると、皆の顔はすぐに神妙なものになった。
「今と同じ世界を生きてたんです。死神のノートは俺が拾って、俺が犯罪者を殺していました」
俺が未来を知っていることはこの際ややこしいので省いて、月のふりをしたことや月が疑われたこと、最終的に自白してから自分の名前をノートに書いたことを話した。
「それから、こうしてまた生まれてしまいました」
「僕は葬儀の夜眠ったら、ノートを拾う日に、逆戻りしていた」
「そう……月が死んでいなくてよかった」
俺は十五年間積み重ねて来たけど、月は眠ったら逆行していたらしくて俺はほっとした。
「それはつまり、局長は……」
「父ですね」
ちなみに俺は、総一郎が死んだことは言っていない。
松田の問いに答えると、総一郎が目を剥く。記憶にない息子なんて気味が悪いだろうから、この話はあまりしない方が良いと思う。
「つまり、夜神くんは同じことをしようとしたと」
「……ノートが落ちて来た時、僕が拾わなければならないと思った。が拾う前に、と」
Lがようやく口を開いて、月がそれに頷いて応じる。
「だが家に帰ったら僕の弟は存在しなかった。死んだだけではあきたらず、遺品も、写真も、誰の記憶にも、彼はいない」
月は前髪をくしゃりと握った。それはとても悲痛な動作に見えた。
「忘れない為に、出逢う為に、なんて綺麗事だと分かってる。人を殺すのは気が狂いそうになる程辛かったけど、その痛みが、僕を生かしてくれた」

結局月を狂った殺人犯になってしまったみたいだ。
そんな男は俺の兄ではないはずだ。でも、やっぱり俺の兄だった。
なにより月をこんなにしたのは俺で、月は俺を求めている。
だからきっと愛しさもやまないんだろう。

「死神は、月を殺すかもしれないよ」
「まともに生きられるとも、生きたいとも思ってない。……おまえに会えなくなるのは惜しいけど」
俺は緩く笑うしかできない。
「月……」
「父さんすまない、僕は……人殺しなんだ」
総一郎は月の名を紡ぐが言葉はでてこず唇を噛んだ。彼の中で月はとても優秀で善良な人物だった。いまだってそうだ。人を殺すことだって本意ではなくて、俺の記憶があって、ノートなんて拾ってしまったばかりにこうなった。これは弟の贔屓目かもしれないけど。

「僕はこれでようやく安心して眠れる」

項垂れて泣いた月を、キラという殺人犯として糾弾する者は、誰一人としていなかった。

俺は月の腕時計から回収したノートの切れ端を今も持っている。
一緒に死のうかと誘いをかけたら間違いなく月は自分の名前だけを書いて、呑み込んでしまうだろう。
だから俺はその切れ端をずっと持ったまま、拘束されている月を見守ることにした。

この世界から月が欠けたら、俺はその切れ端に名を綴ろう。

あとがき