harujion

Last Memento

pure 01

非常に信じ難いことに、二度目の人生というものを味わっていた。死んで生まれ変わったというわけではなく、逆行というものだ。
がキラとして死亡し、遺体が荼毘にふされた日の夜、ゆっくりと目を瞑って眠りに落ちた。そして目が覚めたら十歳前後の子供時代にまで時間が戻っていた。その時から既に私はワタリと共に過ごしており、もちうる力を使って周りのことを調べたが特におかしなことはない。目の前にある手が幼い子供のそれとなんら変わらないものになっていることが一番の確証だった。
元の時間に戻ることが出来るのか、それとも時間をかけて追いつかなければならないのかは今の所不明だったが、ある日ワタリが保護した赤ん坊を見て私は一つの違和感を覚えた。その赤ん坊は過去の記憶には無い存在で、そして私の記憶にある人物と酷く似ていた。
拾ったのはマンハッタンの公園の隅だったが、赤子はおそらく東洋人だろうとワタリは言う。
私には、それがにしか見えなかった。

警察に届け養護施設に預けるのが最良の判断だったが私はワタリに願いその子供を引き取った。
拾って三年が経った頃に知能指数を計ったが一般的な子供とかわりないものだった。しかし、私にとっては最も価値のある存在だ。

「ん〜」
呼びかければ花が綻ぶように笑う小さな子供は、私に懐いている。膝に乗せれば私が退かすまで退かない。手を伸ばせば必ず掴む。よく笑い、怒り、泣く。記憶の中のとは違うが、子供としてはなんらおかしなことは無い。にはやはり記憶は備わっていないのだろう。
以前月にうるさいくらいの小さい頃の話を聞かせられたが、月の語ると、今のではどうにも違う。彼曰く、は静かで言葉の少ない子供だった。しかし今のはおしゃべりだし、子供向けテレビを観ながら一緒に歌ったり踊ったりしている。
このまま成長するにつれて、あのほとんど無表情で、無邪気で、愛情深い人間になるのだろうか。否、それは、無いだろう。今のを見ていても過去のとは違うことが分かるし、私はそんな風にを育てるつもりも無い。
「おいで」
呼びかければ期待するようにキラキラした瞳で私を見つめ、手を開けば短い足を必死に動かして倒れ込むように抱きついて来る。は絶対にデスノートを拾うことはない。絶対に拾わせない。
力強くを抱きしめてこっそり決意していると、はきゃははと甲高い声をあげ、私の手を軽く叩いた。少しだけ緩めると懐くように首に手を回しくふくふと笑う。
「ごようおわったの?」
「ああ」
舌ったらずな声が首筋で聞こえた。
まだ探偵業はしていないが、興味がある事件は調べることもある。それを絶対に邪魔しないようにとワタリが言い聞かせていることもあり、その間は一人で絵本を読んだり、ワタリと勉強をしたりしている。IQは普通だが言語については慣れもある為にはワタリによって色々な言語を教え込まれていた。
私は用事が終わると必ずを構うことにしているし、もそれを待っているため呼び寄せると目一杯甘えて来る。子供らしい体温や匂いを堪能していると、ワタリがケーキや紅茶を持って来てくれるので二人でそれを食べるのが至福だ。
「なぁに、じっとみて」
がケーキをほおばる顔は、面影があった。
眺めているとは小首を傾げて素直に口を開いた。見つめ返して来るのは変わらないが、今のは疑問を口にしてコミュニケーションをとる。まだ小さいため記憶のとは違うが、赤ん坊の頃よりも容姿が定まり始めてどんどんに近づいて行く。
「なんでもない」
「変なの」
大人になっても、こんな風にころころ表情を変えて笑っていてくれることを願うばかりだ。

は私とワタリの元ですくすくと育って行った。
彼にとっては私たちが全てであり親であり兄であり師でもあるために変な我儘は言わないのだが、学校に行ってみたいとか、友達が欲しいと予想通り言い出し、七歳のは泣いて駄々を捏ねて一週間程口をきいてくれなかった。
しかたなくワタリがワイミーズハウスに連れて行き少しだけ遊ばせた。
もし望むのならばワイミーズハウスに住み一緒に勉強をしても良いが、そうなると私とは会うことは無くなるかもしれないとワタリが教えたところ泣きべそをかいて帰って来た。それは軽い脅しのような気もするが、本人はほんの事実確認であると笑っていたし、私は子供の友達よりも私たちをとったことに大変満足していた。
ただも中々したたかな所があったので、一年に一回はワイミーズハウスに遊びに行く約束をとりつけてあった。

は今年十五歳、ーーーデスノートを拾う年齢となった。ワタリに日本へ行く手配をさせて、明日にはホテルをチェックアウトすることになっている。
「ねぇねぇ」
「なんだ?」
ベッドに入るとがひっそりした声で問いかけて来る。日本に行くことを告げた時は特に何も感じていないようだったが、何かあるのだろうか。
「俺、Lのお嫁さんになるの?」
思わずぎしりと固まった。薄暗い部屋の中で、わずかな光を浴びて輝くの瞳は、私をじっと見つめている。
「…………どこで聞いた話だ?」
「光源氏計画っていうんでしょ?こういうの」
は私以外ワタリくらいしか話さないし、ワタリがそんな話をするとは思えず聞いたが、情報自体はどこからでも手に入れられる。少し純粋に育て過ぎただろうかと思ったが、そこもまたの美点であると私は思う。おおかた、日本について勉強している間にこの言葉を知ったのだろう。元々の物語は大分前に習ったはずだが。
それにしても、突拍子もない発想は前と変わらないらしい。
「少し違う気もするが、……だったらどうする?」
もともと故意に育てた節もあり否定は出来ない。
肘をついて寝転び、の頬を指先でそっと撫でる。
は黙ったまま少し丸まって、けれど手は払いのけようとしない。どうやら思い立って質問しただけで、答えを考えていなかったらしい。
「俺、赤ちゃんは生めない」
ぽそりと呟いたこれが答えとなり、どんな気持ちなのかは私にはよく分からなかった。
子孫を遺す為の結婚と捉えたのだろうか。だとしたらはなから光源氏計画などとは言い出さない気もする。
「後継者候補はいる」
「あ、そっか」
シーツを被せると、はほっとしたように笑う。そしていつもみたいに胸元にすり寄って眠りにつく準備をした。
やはり、答えはそれ以上くれないらしい。

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31.Oct.2015