harujion

Last Memento

pure 02

生まれたときから傍に居たのは、お兄さんとお爺ちゃんだった。
兄でも祖父でもない二人なんだけど、最初は当然のようにそうだと思っていた。長いこと違和感を感じたことは無い。なにしろ殆ど三人で生活をしていて、学校はおろか、買い物にすら行ったことがなかったのだ。
テレビを観ることや本を読むことはあったから、家族と言う存在は知っていたし二人のことも当然家族だと思っていた。いつだったか血が繋がっていないことを知ったけれどショックに思ったことはない。羨む友達も居なかったし、二人は俺に孤独を感じさせなかった。
Lは無愛想で無口な人だったけれど、用事が終われば必ず俺を呼び手を広げるので寂しくはなかった。俺は何も考えずにあの人の胸に飛び込めば良いだけで、あとは抱きしめられたり撫でられるのを待てば良いのだ。それに俺からも腕を絡ませたりすればなお良し。
甘い物が大好きな彼は俺にもそれをくれるから、俺も甘い物が大好きになった。けど、Lと同じように食べていると子豚になるとワタリが教えてくれたので、決してあの人の真似はしないようにつとめた。
だから、Lの用事が終わって抱き合った後、二人で食べるケーキは格別に美味しく感じる。
いつの間にかLの用事は『用事』ではなく『仕事』のような『趣味』のような物で、探偵とも言われる存在になっていた頃、俺はとうとう友達が欲しいと思うようになった。家族はもうとっくにいるから、悪巧みしたり、喧嘩したり、きゃーきゃー騒ぐ友達が欲しい。駄々を捏ねたけれど、お前には必要ないとLに言われて涙が出た。その涙に、特に理由はない。
俺も子供だったので、ぶうたれて一週間程Lと顔を合わせないようにしたし、合わせても口をきかなかった。見かねたワタリがLの後継者を育てる為に作った養護施設に連れて行ってくれて、同年代の子供達と遊ぶ機会を貰った。楽しかったし、ずっとここに居たいくらいだって思った。勉強だって頑張るし、運動だってやるし、俺は一人でだってもう眠れる。寂しくなって夜中にLの背中を見に行ったり、ワタリのベッドに潜り込んだりしない。テディベアだけで大丈夫だと思った。でも、ワタリはここで暮らしたいならきっともう二度とLに会えないかもしれないって言うからすぐに友達という存在も目先の欲も諦めた。しばらく口をきいてなかったLの顔ばかり頭に浮かんで、あんなに楽しかったワイミーズハウスから一刻も早く出て行きたかった。早く、早く、早くしないと閉じ込められて、二度とLに会えなくなる。
べそべそ泣いて帰って来た俺は、Lの背中にしがみついて暫く離れなかった。
?どうした、何があった?」
「ともだちよりLがいい」
俺がどんなに子供達と楽しく遊んで来たかLはしらないだろう。それでもLを選んだ俺の気持ちを、Lはしらないだろう。
いじめられたのか、と言いたげなLにぶんぶんと首を振った。俺は楽しく過ごして来たけどLが良いんだ、と言いたくても言えなくて、ただ涙が出て来た。
Lとずっと居られない可能性が人生に於いて一つでも出て来たことが怖くて怖くて仕方が無かった。

成長するに連れて自分は随分と閉鎖的な暮らしをしていることを理解した。Lやワタリが居ないと生きて行ける気がしない。それは金銭的なこともあるけれど、世界がその二柱によって構成されていることが大きい。しかし、俺が彼らの手から離れることは無いと思う。特殊な仕事をしているので、俺はきっとワタリとLの為に今後動くことになるだろうし、彼らが俺を急に社会にほっぽり出すことは無いだろう。ワイミーズハウスに行ったときのように、選択肢をくれる筈だ。そして俺はきっとLを選ぶに違いない。
十五歳になって暫くして、Lはいつもみたいに仕事が終わったのか俺を呼んで手を広げた。俺はその胸に吸い込まれて行く習慣がついているので、仕事の後のハグは継続中だ。Lもそこそこ良い歳になったので、Lが辞めない限りは俺はまだやっていて良いと思う。仕事が終わったら同じベッドで眠るのも当然だし、普通ならしないことだと分かっていてもやめるつもりは無い。Lは仕事中椅子の上で寝てたりするし、日常生活の殆どを投げ出して思考の海に精神を落としてしまうから、たまには人間っぽいことをさせたい。俺とベッドに入るのは唯一人間らしい行動なのだ。もちろんハグもだけど。
次の行き先は日本だというLに、何も疑問を感じない。そもそも俺はまだ仕事を手伝ったことが殆どないからだ。ワタリの入れたお茶を運んだり、洗濯物の回収とか、あとはやっぱり自分のことばかりだ。勉強もまだまだ足りてないから仕方が無いけど。

日本に行くことになったから、日本について調べるのは当たり前のこと。日本語も勉強したので、難しくない漢字であれば大抵読み書きもできるし、喋るのは問題ない。
偶然耳にしたのは『光源氏計画』という単語で、暇つぶしに日本のアニメを観ていたらそんな単語が飛び出して来たのだ。光源氏と言えば源氏物語で、随分前に日本のことを勉強したときに読んだことを思い出す。計画ということは、光源氏の行動に倣った企みだろうと思って調べてみると、なんだか自分のことのように思えて来た。ちょっと考えすぎだろうか、と思いつつもLに素直に聞いてみると決して否定はされなかった。
「……だったらどうする?」
だったらいいのにな、と思った。
同性結婚は難しいよなんてことは、Lには無意味だし、俺も障害を感じない。しいていうなら、子供は出来ないなと考えたくらいだ。しかしLは後継者というものがいるので大きな問題も無かった。
どうやらLは肉親が欲しいという気持ちはないらしい。俺をぎゅっとするのが好きだから、Lは子供が欲しいのかと思ったけどその答えを聞いて安心した。Lがぎゅっとするのはきっと俺だけだ。そのことに満足して、胸元に顔を寄せて眠る準備をした。

日本に来てからLは仕事をするだろうと思っていたので俺はワタリにお願いして出掛ける許可をとっていた。この歳になって外に行くのが禁止されているわけがないので、念のためにGPSのついた携帯を持たされはしたが一人で外に行くことができた。
本当は京都とか大阪に行ってみたかったけど、東京の観光地を少しだけ巡る。なんか狭いところにぎっちり建物がつまっていて、空が狭く見える。高層ビルがたくさんあったニューヨークは道が広かったから見上げても余裕で大きな空が見えたのに、日本は忙しい国なんだなと思った。
線路もものすごい張り巡らされていて、意味が分からない。もともと一人で電車に乗ったことは殆どなかった所為もあって、俺は駅構内地図と路線図を交互に睨めっこして目がまわりかけていた。皆は何故あんなに颯爽と淀みなくあるけるのだろう。
俺はとんだ箱入り息子だったらしい。
ポケットに入った携帯電話の重みを感じる。特定のスイッチをおせばヘルプコールがワタリに行ってGPSにより場所が特定され迎えがくるのだろうけど、さすがに情けない。今後一人で出掛けるのを心配されるのも嫌だ。
「君、もしかして迷子かな?」
ぽんと肩に手をおかれて顔を上げると、優しそうな顔をした青年が俺に話しかけて来た。
高校の制服とおぼしきものをきちんと着ていたので、それだけで少しほっとする。
「あ、うん、どの電車乗れば良いのか、わからなくて」
「どこに行きたいんだい?」
「えと、銀座」
「ああ、なら僕と同じ電車だ、一緒に行こう」
「ありがとう」
この歳で電車に乗れないでいた俺はお上りさんに見えるようで、青年———月は和やかに会話をふりながら歩いてくれた。
「こっちへは旅行?」
「保護者の仕事で」
「そうなんだ。どこから来たんだい?」
「スペイン」
「へえ!海外に居たんだ」
同年代の子と話すのは久々だ。Lは年代関係なく口数が少ないし。
「月は高校生だよね?」
「うん、今年三年生」
「じゃあ受験生だ」
「そうだね、今日は模試だったから、気晴らしに寄り道をしようと思っていたんだ」
俺達の乗る路線は渋谷を通るらしく、月は渋谷に用があると言っていた。ちなみに俺はホテルが銀座の最寄り駅にあるので帰る所だ。渋谷は若者の街だって聞いたから行ってみたい気もする。
「渋谷……」
ちょっと興味が出て、思わずぽつりとこぼすと月はあっさり一緒に来る?なんて言い出した。
「え、良いの」
「うん。特に予定もないし、よかったら案内するよ」
「じゃあ行く。ありがと」
気の良い感じに笑う彼は、とても好感が持てた。
Lとは全然違うんだけど、だからこそなのか爽やかで溌剌とした月がより輝いて見えるのかもしれない。

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31.Oct.2015