02
(ジーン視点)
僕たちが六歳のときに、二歳の男の子が自分から孤児院を訪ねて来た。それが
。
重たそうなバッグを引き摺って、小さな身体で、ドアを叩いたのだそうだ。
触ると電気が走るという厄介な体質を持っているらしい
は、すぐに周りから厄介者扱いをされた。こんな酷い孤児院に、あんな小さな子が来るべきではなかった。でも、その異質さが僕には少し嬉しかった。
は二歳とは思えない程に落ち着いていた。悲しいとか、寂しいとか、その所為なのかもしれないけれど、ちょっと子供らしくはなかった。
足をもつれさせて転んでも、なんとか自分で立ち上がって、足や手をはたくのだ。
あ、泣かないんだ……と気づいたけれど、それがどうしても寂しかった。
僕にはナルがいて、ナルには僕がいる。孤独だと思った事は無い。でも、
はたった二歳で、ひとりぼっちで、この孤児院にやって来た。
ある日木陰で、ひとり座っている所を見つけてナルの手を引いて近づいた。
の人差し指と親指の間に、青白く光る電流がぴりぴりと流れている。すごい、と純粋に思った。
「綺麗だね」
思わず口を開いていた。
は振り向いて、僕たちを見上げた。
「ユージン、と、オリヴァー」
たしかめるように、色の薄い小さな唇が僕たちの名前を紡いだ。君は
だね、と言いながら隣に座る。ナルは僕の隣に座った。
「それ、生まれつき?」
尋ねればこくんと頷く。二歳だからあまり難しい事は聞けないと思ったけれど、
は僕たちが何を言っているのかちゃんと分かっているみたいだった。
「綺麗って、ありがとう」
そして、ちゃんと僕の目を見てお礼を言った。
を化物だと言う人たちが居たけれど、僕にはたった二歳の可愛い男の子に見える。きゅ、っと胸が締め付けられた。
子供らしくはないけれど、小さな小さな
の傍に僕らはいるようになった。
本当の母親から
には触らないようにと注意を受けて、皆は
に触らないけれど、二歳の
はどうやって自分で生きているのだろうと思った。気になって見てみると、本当に自分で何でもやっていた。トイレとシャワーはさすがに覗かなかったけれど、着替えを見たときに確信した。しっかり自分でシャツのボタンをとめていた。靴下だって靴だって自分で履いてる。
誰にも手をかりず、生きてるんだ。陰口を叩かれても、嫌な顔をされても、放っておかれても、泣かない強い子。その姿がいじらしい。
「ない……」
ある日、きょろきょろと
が何かを探している所に会った。どうかしたのかと尋ねれば、ショールがないという。そのショールは
の母が最後に巻いてくれたもの。多分、子供たちがいたずらに隠したんだ。僕もナルも靴とかを隠されたりする。
「蜂蜜色の、こんくらいの」
特徴を説明してもらって、僕とナルも探す事にした。
がとても大事にしていたものだから。
しばらくすると、ソファの下にぐちゃぐちゃに突っ込んであるのが見つかった。埃が一杯ついているからパンパンとはたけばその場に埃が舞う。
「馬鹿……かせ」
ナルが奪い取った瞬間、目を丸めた。そのショールに残った記憶を読んでしまったんだと理解したときには、僕にも同じものが流れて来た。
———メル、私のメル
母親の記憶。眠っている
の柔らかいプラチナブロンドの髪の毛を撫でていた。
———さわらないで
自分の隠してきた、認めたくない本心を、
が口にした。言い当てられたんだと思ってショックを受けている母親。愛したいのに、愛し尽くせない自分に絶望している。
にそう言わせてしまった自分が情けないと後悔している。
———いたいのだめ
は、痛い想いをさせたくなくて、そう言った。
きっと母親がどれほど自分を愛してくれていて、辛い思いをして、頑張ろうとしてくれているか、わかっていた。
無理をしないで、自分を捨てて、幸せになって、という
の思いも窺えた。
———愛してる。
これは
の、声に出さなかった言葉。
自分を愛そうとしてくれた母を、愛しているから。一人でも大丈夫だから。
そんな声が聞こえた。
のことを『メル』と呼ぶ母は、確かに
の事を愛していたんだろう。でも、
の方が多分母のことを愛してたんだ。だから捨てさせたんだと思う。どこまでも子供らしくない子だけど、
の愛情深さがよくわかった。
の拒絶の言葉は、人を愛してるから出る言葉なんだ。怪我をしてほしくなくて、痛い思いをさせたくなくて、人の手を躱す。僕らが手を差し伸べても決して掴まないのは、僕らの事を想ってくれている証だ。
ぷつんとビジョンが切れて、僕たちは呆然と向かい合っていた。
「あ、あった?」
ちょこちょこと寄って来た
は、ショールを見て顔を歪めた。ほこりだらけだ……と。
「メル」
「え?」
ナルが口にすると、いつもの澄ました顔はなりを潜め、目を丸めて僕たちを見上げた。
そして、蜂蜜色のショールを小さな手で握りしめて、動かなくなってしまった。
それから、ぽろ、っと目から涙を零して、汚れたショールを抱きしめて、静かに泣いた。子供らしくない泣き方だったけど、今まで見たどんな泣き方よりも悲しそうに見えた。
「すまない」
「ご、ごめんね
」
触ってはいけないからなんとか声をかける。ナルでさえ謝っている。
そもそもナルがメルって言うからいけないんだから当然の事なんだけど。
「メルって素敵な呼び方だね。愛されてたんだね」
逆効果だとナルが言ったけれど、僕はメルって呼ばれたら
がきっと嬉しいと思ったんだ。だって、愛されていると思うから。
「僕もメルって呼んだら、怒る?」
色白の肌を赤く染めて、
は顔を上げた。涙はもうみえないけど、睫毛が濡れて、目玉はぷるっと潤んでいる。
「かぞくじゃないのに?」
純粋な
の問いかけに、僕は頷く。
「じゃあ家族になろう、僕たちの弟になってよ」
が三歳、僕たちが七歳のとき、僕らは兄弟になった。
May.2014