04
四歳のときに、俺はデイヴィス夫妻にひきとられ、イギリスへ移住した。急に両親と兄が二人できた。
俺の放電体質は発火能力の手前段階で、下手したら火事を起こしていたかもしれないらしい。母や孤児院の皆を燃やすような状況にならなくて、本当に良かった。
引き取られてから四年、普通の勉強と、専門知識の勉強をした。普通の勉強は平気だけど、専門知識は主に超心理学の超能力分野。念力やテレパシーなど、ナルやジーンの能力が多い。前の前の人生ではもうちょっとマイナーな前世記憶の分野に携わっていたから、学ぶ事がちょっと違う。興味がないわけでもないけど、学ぶだけであって研究しようなんて気にはならなかった。
力を制御するために、ナルと気功術を教えてもらう事になり、リンに会った。香港出身で、日本人とイギリス人が嫌いらしい。そして子供も苦手のようで、俺たちと接するのがどこがぎこちない。
ナルは母親が日系人ということもあって、あまり好かれていないようだけど、一度面と向かって日本人が嫌いだと言われたときにあしらって以来、ギスギスはしていないように思う。
俺に至っては、不確かだけど高確率でイギリスの血も日本の血も入っていない為、そこまで嫌悪感は抱かれてないので、話しかければ律儀に答えてくれた。
「ねえリン」
「はい」
今日はナルが居ないので、リンと俺の二人きりだ。
「リンの家族はロンドンに居るんでしょ?」
「ええ」
「前まで住んでたの?」
「大学に入るまでは」
ふと気になって、ロンドンの話を聞いてみた。今の俺になるいくつか前の俺はロンドンに住んでいたことがある。同じ世界ではないと思ってるけれど、どのくらい町並みが一緒なのかは気になった。何も知らない振りをして、有名な建物の周りの話を聞いてみたが、賑わいや環境に変化はないようだ。といっても、実際見ているわけではないからわからないけれど。
いつかロンドンにも行きたい。あとは日本も行きたい。日本は料理がおいしいんだ。
「あ」
「なんです?」
「リンって日本語喋れるの?」
「ええ。一応」
あまり良い顔はしていないけど、肯定した。
そういえば、この間まどかという女性を紹介されて、ナルとジーンがいつかSPRに入るとかそういう話をしていた。リンもまどかのフィールドワーク研究室に入るらしい。まどかは日本語が出来る人材を集めているというし、リンも出来るのは当然だった。
「は日本語は?」
「出来ない出来ない。アリガトーくらいはいえるよ」
俺の片言の日本語を聞いて、リンが苦笑する。本当は日本人歴もあるので、ナルやジーンより日本語は上手だと思う。彼らは漢字が苦手のようだし、ことわざも弱い。
だけど、生まれてから日本人に接する事無く英語圏で生活していた俺が日本語を喋れるのはおかしいから、それは秘密にしてきた。
「必要になりますよ、ゆくゆくはSPRに入るのでしょう?」
「えーそんな気ないよ」
今は自分の力を理解するために学んでいるけれど、ナルとジーンはサイ能力よりもゴーストハントの方に興味があるらしい。ルエラも、ナルや俺が実験体になることをあまり良く思っていないから、多分制御できるようになってからはあまり力を使わないようになるだろう。
正直俺はゴーストハント云々はわからないし、ジーンみたいに霊をみることもできなければ、ナルみたいにサイコメトリはできない。双子はテレパシー能力で情報のやりとりもできるし、俺の力は必要ないように思う。
「俺は研究者ってタイプじゃない」
リンは意外だったのか、少し目を見開いたが、俺の言葉を聞いて同意するように頷く。
勉強を嫌って逃げる程ではないが、俺の探究心は皆無といってもいいのを、皆分かっている。
「それに、機械と相性が悪い。俺を調査に連れて行ったらカメラがうまく動作しないかもね」
無意識に電気を放出してしまう体質は、四年間でずいぶんマシになったけど、素手で触れれば十秒で機械に異常が来す。ゴム手袋をして触れば電話やパソコン入力くらいはできるけれど。
デスクに顔だけ乗せてゆっくりと息を吐く。
「俺に出来るのは……バッテリーの充電くらいかな」
そこまでいうと、リンはくすりと笑った。
「メルー!」
その時、急にドアを開けて入って来たのはジーン。
折角リンと落ち着いて過ごしていたのに、と睨め付けてもジーンはナルに睨みつけられても動じない人なので俺の睨みくらいどうってことない。
「休憩にしよう、ルエラのクッキー持って来たよ」
「はいはい」
正直今も休憩中のようなものだったけど、ルエラの美味しいクッキーは食べたい。
リンがやれやれ、といった感じで肩をすくめるのを許可ということにして、ジーンは俺の隣に座った。
バターと砂糖がたっぷりと使われたクッキーをしゃくしゃくと咀嚼して、紅茶をくぴくぴ飲むとジーンが微笑ましげに俺を見た。
「口の周りがすごいよ」
白い指先が、俺の口の周りを優しく払う。
小さな頃は触れないようにしていたけれど、最近では俺の制御練習のためにも触れるようになっていた。しかし、日常の触れあいはよしとして、ジーンは発作中に俺に触れたことがある。あのときは感電死させるんじゃないかって吃驚したお陰で放電が止まったけれど、もう二度とそんな危険なことはしないで頂きたい。俺の心臓も止まりそうだ。
指先についた食べかすをぺろりと舐めたジーンの行動を、俺とリンは冷めた目でみつめた。こういうやつを助こましというんだと思う。
俺とリンの視線の意味が分かっていないジーンは首を傾げたけれど、意味を説明してあげるつもりはないのでため息を吐いて首を振った。
May.2014