05
(まどか視点)
ナルとジーンが弟子になって暫くしてからに会った。
ルエラも見事なブロンドだったけれど、こちらも見事なプラチナブロンド。日本人の私には到底似合わない色。でも色白で西洋人らしい顔立ちの彼には似合っていた。
「森まどかよ。よろしく、」
「よろしく」
ナルに似て無愛想だって聞いていたけど、人当たりは良いみたいで、差し出した私の手を小さな手が握った。微笑みはどちらかというとジーンのように柔らかい。
血は繋がっていないし、髪色も眸も全然違うけど、性格や行動なんかは双子にどこか似ていた。
は放電体質だから、ゴーストハントの機材には触れない。ゴム手袋をしていれば機械操作が出来るらしいけれど、いつ壊すか分からないし面倒という理由でナルとジーンにしか教えていない。ナルなんかはすぐに私より上達しちゃったからあんまり教えることはないんだけど。
そういうわけで、との接点はあまりない。サイ能力の制御の為にリンから気功術を教わることと、ある程度の知識はつけるようにと双子と一緒に専門知識の勉強をするくらい。ナルやジーンほど、興味はないみたいで、知識として覚えるだけで研究しようとは思ってないらしい。せっかく頭も良いのに勿体ないと思う。でもまあ、まだ八歳だからそんなもんよね、なんて諦めてる。夫人も普通の子供として過ごして欲しいみたいだし。
初対面以来の姿は見ていないから、リンがを抱っこして連れて来たときは本当に吃驚した。
「あらリン」
「まどか……」
なんで抱っこしてるのかしら。
「あ、なーんだ、寝てるのね」
会わないとはいえ、ジーンはよくの話をしてくるから、がそういうスキンシップとかを好まない事も知っている。リンだって子供を抱っこするような柄じゃない。じいっとを見ていれば頭をリンの肩に預けてすやすやと眠っていた。ようやく納得して、表情を緩ませる。リンは困ったように笑っていた。
「目を離した隙に昼寝を始めてしまいました」
「起きないの?」
「ええ」
揺さぶったり声をかけたりはしたようだけど、それ以上のことはさすがに八歳の子には出来なかったらしい。
「子供って熟睡するものねえ」
「ええ……。私はこれから教授の手伝いに行かなければなりませんので。お願いしても?」
「いいわよ」
基本私はナルとジーン担当で、リンが。帰りは二人がリンのところへを迎えに行って帰るというのがいつもの流れなんだけど、今日はが眠ってしまったのと、リンに急用ができたのでこうなった。
よいしょ、とぐったりしてるを抱くと思ったより軽い。身長は普通だけど細い子だったことを思い出した。
ではお願いしますとリンは去り、私はを抱っこして部屋の中に入った。
「まどかおかえり……あれ?どうしてメルが?」
「リンだったのか」
戻って来るなりジーンがきょとんと目を丸める。ナルはを見てすぐに来客がリンだったことを理解した。
「寝ちゃったみたいなの。リンも出かけなきゃいけないんですって」
「へえ」
ソファに寝かせると、ジーンがの顔を覗き込む。熟睡している様子ににっこりと微笑んで、柔らかいの髪の毛を撫でた。
「ジーン、まどか、メルのことは放っておけ」
私もついつい触ってみたくて頭を撫でていたけれど、ナルに怒られたのでさっきまでの続きに戻った。
三十分後、が目を覚ました。ごしごしと遠慮なく目を擦ってからぼうっと私たち見る。
「も起きたし、終わりにしましょ」
双子にそう告げると、こくんと頷く。は寝起きでぼんやりしているのか、首を傾げていた。
「昼寝ばかりするから夜眠れなくなるんだ」
帰る準備をしながら、ナルがに小言を零す。
「夜本を読んでるから、お昼寝が必要になるんだよ?」
ジーンも珍しくにお説教。は不満げに顔を顰めて、はいはいとやる気の無い返事をした。
いつもこの調子のようで、ジーンは肩をすくめてみせた。
「帰るぞ。準備しろ」
ナルがに鞄を突きつけると大人しくそれを受け取り立ち上がった。ふあ、と大きなあくびをした瞬間ナルが掌をの口の前に持って来て隠せと呆れる。人に構われるのが嫌いな割に、に構うのね。がまだ小さいからかしら。
それから、ナルとジーンがと手を繋いだ。さすがにそれには吃驚したけれど、後から聞いた話では、子供だけで外に出る時は絶対にと手を繋ぐように両親に言いつけられているらしい。いつも車で送り迎えをされているから、子供だけで外に出るなんてわずかな時間。でも、は基本的に歩くのが遅い上に自由にふらふらどこか行こうとするタイプだから、捕まえておかないと逆に面倒なのだとか。あのナルも手を焼いていると聞いた時不覚にもクスクスと笑ってしまった。
それからも、そんなにと接する機会はなかったけれど彼は人見知りをしないタイプなので会えば普通に声をかけてくれた。ジーンみたいに人懐っこい感じではないのだけど、なんだかんだで交友関係が広くて大学生や研究員も結構を知っていた。時々お菓子なんかをあげているのだとか。
今日も、研究所の休憩スペースで膝の上にクッキーの袋を置いてしゃくしゃく食べているを見かけた。
「こんにちは」
「やあ」
飲み込んでから返事をしたの隣に座っていいか尋ねるとこくんと頷いてくれる。
「ナルとジーンを待ってるの?」
「今日は一人」
「あら、珍しいじゃない」
「ちょっと実験」
そういえばはパイロキネシスを持っているのだった。発火までは行かないけれど、放電体質らしくて昔は結構いろんな物を壊してしまったと聞く。今でこそ抱っこなんて出来るけれど、昔は人に触れなかったらしい。
「どうだったの?」
「うんと……たしか二万ボルト」
二万、と復唱してしまう。たしかオーストラリアのパイロキネシスの能力をもったと思われる男性がまとっていた電力が四万。彼はビルの火災を起こしたと推測されていて、歩いた跡には焦げ跡が残ったという。アンペアやワット数も聞くけれど、普通の人間に当てたら死んでしまうであろう数値だった。
だからこそ、今もコントロールをしようと訓練を続けている。
「コントロールって難しい?」
「冷静だったら……針の穴に糸を通すくらいの苦労」
うん、分かりにくい。冷静にやれば、なんとか出来るということなのだとは思う。
「じゃあ、冷静じゃなかったら?」
「うーん……発作はもうないし、怒ったりすることは無いと思うけど」
「そうよねえ」
二年程前から発作はもう無いようなので、コントロールはおおむね完璧だった。発作を起こしていた当時はジーンが止めようとして火傷しかけたという噂もあった。が死ぬ気で抑えて事なきを得たようだけど、危険なときは触るなと珍しく怒ったらしい。
つまり、はほとんど怒らない。泣いた事も見た事がないし、あんまり動揺もしない。
「万が一ってこともあるから……そのときは全員撤退、かな」
足を組んで、肘をつき、顎に手をやる。
「くれぐれも触ろうとか近づこうとか、しないでね」
特にジーン、とぼそりと零す。まだ根に持ってる……というより危惧しているのだと思う。の力は命に関わることだもの。
「じゃあジーンを引っ張って逃げるわね」
「よろしく」
苦笑いしたの顔が、とても大人びて見えた。
May.2014