harujion

Mel

06
(リン視点)

「リンの中でさ、日本人とイギリス人の定義ってなに?」

ナルやジーンは頭のいい子供だった。初めて会ったのは彼らが十二歳になった頃で、大人びていると感じた。そのときに八歳だったも充分歳の割に冷静沈着で、けれど怠惰な面や素直な所を見ていると双子よりは子供らしさを感じた。しかし、時々発する彼の言葉には、大人びているというよりも、本当の大人が垣間見えた。

「定義、ですか?」
「嫌いなんでしょ?まどかを泣かせたらしいじゃん」
「……そうですね」
が九歳になったときに気功術の指導は終わったけれど、基本的にこちらの分野に意欲を示さない彼が唯一興味を示した陰陽道や呪術を教える事になり、私の居る研究室にはよく彼が来ていた。
今は少し休憩をしている所で、急に話を振られて意図を計りかねる。しかしの話には大抵意味も突拍子もない。ただ気になったから口に出す、素直な性格なのだとこの一年で分かって来た。
まどかやナルやジーンに対して、日本人が嫌いだと言ったことがある。ナルは馬鹿だなと一言、ジーンは個人以外の事情で嫌わないで欲しいと言い、まどかは泣いた。
はおそらくその事を責めているのではなく、純粋な好奇心からこの質問をしていた。
「生理的に駄目なんでしょ」
「ええ」
「日本の血が一滴でも入ってると駄目なの?片親とか祖父母とか、それよりもっと前の世代は?」
生まれた時から日本に居て自分を日本人だと思っている、日本の血が入っていない人は?生まれたときから両親が居なくて本当の血筋も日本も知らない人は?前世が日本人で記憶を持ってうまれたアメリカ人は?と矢継ぎ早に質問をされる。
普段余計な事は言わないし、元来口数が少なく大人しいが、こんなに饒舌なのは珍しい。
基本的に興味が無いだけで、疑問に思ったことや好きなことなんかには労力は惜しまないから、私がみたことが無いだけで、これはいつものなのかもしれない。
「難しい所……ですね」
「そっか、生理的反発だから感覚的にとらえてるのかなあ」
はそう言って唇を食むと、視線をそらして一考し、また口を開いた。
「俺はリンの中ではアメリカ人?イギリス国籍だけど」
「ええ」
「俺の父が日本人かイギリス人だっていったら?ナルとジーンは母親が日系人じゃん、同じように俺の事も嫌いになる?」
「どちらかなんですか?」
は二歳まで母親の手で育てられていたとしか聞いていないので父親のことは初耳だった。
「可能性の話。父親は名前も顔も知らない」
「おそらく……そう言われれば生理的反発が起こると思います」
「ふうん。結構都合が良いね」
そう言われると不愉快になり、を睨む。
「分からなければ好きになれるんでしょ?」
きょとんと首を傾げるに、肩を落とす。ただ純粋に都合が良いと言いたかったらしい。
この人の言い回しは素直すぎて時々暴言のように聞こえる。根は優しいのだけど、言葉が少なく率直な言い回しは時に人を斬るのだ。本人には悪気がこれっぽっちも無い所は知っているけれど、いちいちむっとくる言い方に腹を立てそうになる。しかしには腹を立てても無駄で、決して人を馬鹿にしたり軽く見たりしないことを知っているからすぐに熱は冷め、ため息に変わる。
「あなたはもう少し言葉に気をつけなさい」
「わざわざ真正面から血筋だけで人を嫌いだって告白するリンが言うと面白いね?」
今日一番の笑顔だった。これも多分嫌味とかではなく純粋に面白いと思って笑ってる。
ナルは口達者で人を言いくるめるけれど、も随分達者だ。
私はまたため息を吐いた。
「じゃあ俺はリンに嫌われたくないから、父親が日本人かイギリス人だったら黙っておくことにする」
「……そうしてください。わざわざ周りに嫌いな人種を増やしたくありません」
は結局どうしたら私が嫌うのかを聞きたかったらしい。相変わらず分かりにくい人だ。

「ところで指笛ってコツある?」
また話がとんだ。
「……お喋りはおしまいです
「はい、先生」

勉強を再開してしばらくすると、ノックの後に部屋のドアが開いた。
無表情で立っていることからナルだと思われる。
「帰るぞ、メル」
研究室に入って来て、を促す。私には一瞥も寄越さないのはいつものことであり、特に気にしていない。
「ん」
鞄をたぐり寄せ、ノートや本を鈍重な動作で片付けるに、ナルは遅いと叱る。うん、とは頷くけれどスピードは速まらない。後ろのナルは顔を顰めて待っている。
ナルの雷が落ちる前に早く終わらせてほしいと思いつつも手を出せずにみていると、ようやくは鞄を背負った。椅子から降りて、ナルに近づくとナルは手を伸ばし、はそれを掴んだ。
が外を歩くときは、ナルやジーンと手を繋ぐように言い付けられていることは知っているので、この光景に最早違和感はない。
「ジーン、ナルは?」
「!」
の言葉に目を丸めたのは私だけではなかった。
「何でわかったの?メル」
驚いてから拗ねた顔をする、ナルのふりをしていたジーン。は内緒、と言って結局理由を教えずに研究室を出て行った。
ナルとジーンは時々いれかわりをして遊ぶ。といっても、基本的にジーンがナルのふりをしているだけで、ナルはジーンのふりをしない。
無表情にしていれば、誰もが見分けがつかない本当にそっくりな双子だというのに、は見破ってみせた。彼らは七年間一緒に居るから分かるのだろうか。しかし五年間一緒に居る教授や夫人は見分けがつかないので、たった二年多く過ごしても彼らを見破る事は出来ない気がする。

「見分け?つくわけないじゃん」

後日、気になってに尋ねてみた所、はっきりと言われた。
「では、何故?」
「あの時のナル、自分から手を伸ばして来たでしょ」
頬杖をついて、は手をひらひらと振った。
「二人の時は基本的に繋がないんだよね、俺たち」
「そうなんですか?」
以前仏頂面のナルがの手を引いて歩いている所を見たが、あれはジーンだったのだろうか。
「や、最終的には俺がちょろちょろするから繋ぐけど」
「ちょろちょろしている自覚がおありでしたか」
「歩くのも遅いしね」
は基本的に自分のしたいことをするので、一緒に歩いていても違う方へ行ったり、何かを見つけて観察を始めたりする。毎回外に出る度にそうなるわけではないが、歩くのも遅いので気づかず置いて行っていることもある。その所為で私もと歩くときに手を引くことが多い。自身は迷子になっても困らないし、自力でたどり着けるのだが、見失った後に探すのは自分なのである。そうならない為に最初から掴んでいた方が都合が良いので基本的に皆の手を引くが、ナルは人と触れ合うのが好きではないのか自分から手を差し伸べないらしい。プライドもあるのかもしれない。

「では、それ以外では見分けはつかないと?」
「動かなければね。何かしてたらなんとなく分かったりする」
「そうなんですか。例えば?」
興味がわいたので、参考までに聞いておくことにした。
「あいさつしたあと、興味を失くして視線をそらすまでの時間」
「どのくらい違うんですか?」
「ナルは用事がなければ本当に一瞬。挨拶しながら視線を戻す。ジーンだったら言い終えるまでは見てるかな」
用事があるときはナルも見ているし、ジーンの気分次第で時間がかわるので完璧に当たるわけではない、と付けたす。それでも全然正体を見破れない私たちよりも、はよく彼らを観察しているのだ。
「でも双子だからね、あっちのがやっぱり上手いな」
「十三年一緒ですからね」

その話を聞いてから挨拶をしている時に少し注視してみることにした。
の言う通りジーンの気分次第で変わることと、ほとんど分かり辛い一瞥だったので違いを見出す事は出来なかった。ただし、一度だけいつもよりきちんとこちらを見て挨拶をされたときに、一か八かでジーンかと尋ねたら当たった。そのときは興奮したジーンが何故分かったのかとしつこく、に聞いてくださいと丸投げをした。
結局それ以来、やっぱり見破る事は出来なくて、ジーンにはまぐれだったのかと聞かれるので、私は肯定しておいた。判断材料は隠しておくに越した事は無い。

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May.2014