harujion

Mel

07

むかしは、自分にも不思議な力があった。
その肉体が滅びて、次の生を受けたときは全くただの人間に戻っていた。それが普通だと思っていたし、文明の利器は発達しているので不便には思わなかった。
かつて持っていた力を試そうと思った事は無い。一度死んで生まれ変わった時に持っていた力だったのだから。けれど、また生まれ変わりを遂げて不思議な体質になった今、ふと思い出したのだった。
そもそも、俺の力は魔力ではなく超能力ということになっているし、魔法を使うには杖が必要だ。杖を使わないのは姿くらましくらいだろうか。箒で飛ぶのに杖は要らないけれど、俺たちが使っていたのはあの世界の特別な箒だから、おそらく普通の箒で飛ぶ事は出来ない。
また、姿くらましは難しい技で、失敗すれば身体がばらけるので簡単に試せない。
あとは閉心術くらいだ。
これは魔法とは少し違うけれど、力を制御する為の訓練と少し似ていた。とても難しいけれど世間の荒波に揉まれ続けた俺のメンタルは前よりも強くなっているようで、閉心術が出来るようになったと思う。開心術をされていないので確証はないのだけど。
二歳の時に一度ナルにはサイコメトリをされている。またされて、俺の前世のことまで読まれては堪らないので、何年か前から閉心術を行うことを心がけていた。といっても、本当にやるなら心をからっぽしなければならないので、普段から行うのはちょっとした応用の、"心をもらさない程度"にしていた。

ある日、ナルが部屋に閉じこもった。ジーンもどことなく暗い面持ちで、部屋から出て来ないナルに何も言わない。ルエラもマーティンもそっとしておこうと言っていた。
「どうしたの?ナル」
「捜査協力のサイコメトリで、嫌なものを見たんだ」
ジーンに尋ねれば、言いづらそうだけれど教えてくれた。ジーンは見ていないけど、説明を聞いただけでもおぞましい事件だったらしい。同調が激しいと同じ場所に傷を負ったりはするが、幸いそれはなかったようだ。ただただ、悲惨なビジョンを見たのだという。
昼までは放っておいたけれど、食事もとろうとしないナルを見かねて、俺は部屋に入った。
「入って来るなと言ったはずだ」
「ご飯食べなよ」
「必要ない」
ベッドに潜っているので顔は見えないけれど、疲れた声が聞こえる。
気が立っているのかと思ったけど逆に憔悴しているようだ。
ベッドの端に座ると、スプリングが軋み、ナルはそれに気づいてぴくりと反応する。
「人の心が怖くなった?」
ナルは俺の問いに何も言わない。
背を向けているナルの目を塞ぐように、掌で覆う。
「読める?」
「いや……———読めない」
触れた瞬間驚いてたけれど、何も読めないことに気がついてわずかに狼狽した。
「なぜ?」
目を隠されたまま、ナルが問う。一朝一夕でできないけど、俺なりのやり方を教えた。
「ナルは読まなければならない立場だから大変だろうけど、覚えておくにこしたことはないね」
俺は読まれないようにする為だけに閉心術を行っているから、捜査の為に読まなければならないナルには大して参考にならない。しかし、飲み込まれすぎないようにするには、閉心術を覚えておいた方が良い。閉心できれば身体のことを考えてトランスから醒めることもできるだろう。
「ほら、ご飯食べよう」
ずい、っとルエラが作った食事の載ったトレイを差し出すと、苦い顔をした。食欲はあまりないのだろうけど、朝から何も食べていないのだから少しは何かを胃に入れた方が良い。一応本人もそれを分かっているのか、大人しく身体を起こして膝の上にのせた。
「見張っていなくてもちゃんと食べる」
「そう」
ナルがじろりと睨んでくるので、大人しく部屋を出た。
ジーンは俺が部屋に入って行ったことを知って吃驚したけど、ご飯食べてると報告すればナルが少し落ち着いたのだと分かってほっとしていた。
「メルって本当に時々すごいことするよね」
「?」
ジーンの言葉に首を傾げる。
「普段そんなに関わって来ない割にこういうとき行くなあって」
関わらないって程素っ気なくはないし、ほぼ毎日顔を合わせてるし出かける時だって一緒に居る筈だ。まあ、確かに進んで近づくという訳ではないけれど。
「珍しく来たと思ったらまたどっか行くし」
猫みたいだね、と頭をわしわし撫でられる。鬱陶しいので顔を歪めて離れると、ジーンは笑みを濃くした。
人生で何回、猫みたいだと言われて来ただろう。たしかに好き勝手動いてるし、人に甘えるときもあれば素っ気ないときもあると自覚はしてる。ひなたぼっこや昼寝が好きだし、散歩もする。もう俺の本当の前世は猫で良いと思う。
「にゃーん」
あまり覇気のない、地声でそう呟いて、ジーンから離れた。コーヒーが飲みたいのでお湯を沸かしている俺の後ろでジーンがもう一回言ってと騒ぐのを無視した。コーヒーを飲んでいる最中もうるさいので、額を押し返すと猫パンチだと言われたので鼻をつまんで揺らしてやった。その綺麗な顔、少し歪めば良いのに。


「メル、テレパシーの実験に協力してくれ」
「へ?」
後日、すっかりいつもの調子に戻っていたナルに急に言われた。テレパシーとはおそらくナルとジーンの間でだけで行われているそれだ。双子以外の人物には通じないし、俺にだって伝わった事は無い。
「無理なんじゃないの?」
「やってみなくちゃ分からないだろう」
「いや、前やってみたことあるじゃん」
「元々メルのサイコメトリをほとんど行った事がないから気づかなかったが、いつから閉心術していた?」
ナルは確かに俺の昔の思い出を一度読んでしまったことがあるけれど、それ以来は読んでいないのだろう。読もうと思わなければそんなに流れ込んで来るものでもないし。
俺の閉心術でサイコメトリができないのなら、テレパシーもできないということ。逆に閉心術をしなければテレパシー出来る可能性があると言いたいのだと思う。
「いつからだろ」
「とにかく、それを一旦止めろ」
「メルにもテレパシー送れるようになったらいいね」
「そう?」
「少なくとも肉親ではないから新たな発見にはなる。付き合いが一番長いのはメルだ」
ジーンも前向きなようで、俺の手を握る。ナルにも手を取られ、早く準備をするように促されて、しかたなく閉心術を止めた。

———聞こえるか?
———うん……メルは?
———……。
「メル、今話しかけていたのは聞こえたか?」
———聞こえる。
ぼんやりと聞こえる声に正直俺自身も驚いた。黙っていればナルがちらりと俺を見るので、仕方なく頭の中で答えればそっくりの顔が二つ生き生きとした顔で俺を見た。
「成功だ」
ぱっと手や身体を離した。
実験は続き、手を触れずにやったり、別室に別れてやった。双子だけだったら距離が離れていても話までできるようだけど、別室に行くと俺には声しか聞こえなくなった。俺の声は二人には聞こえないらしい。もっと距離を離してしまえば、声は微かにしか聞こえなくなった。
「この程度か」
「聞こえただけでも奇跡じゃん」
思ったより芳しくない結果にナルは鼻をならす。そもそも俺は日常的に閉心術をしているので、テレパシーができるなら閉心術をするなと言われるのが嫌だ。この程度で大助かりである。
「波長は合わなくはないんだと思うけどね」
「どうせ面倒だと思っているんだろう、メル」
ナルに耳をぐっと引っ張られる。
「人に合わせるの苦手なんだよね。二人が俺に合わせたらいいじゃん」
ちょっと痛いので頭を振って逃れる。そもそも波長を合わせるとか、一朝一夕でコントロール出来る訳がない。ナルはまだ考える事があるのか、今日はこれで終了だと言って部屋にこもった。
「面倒くさ」
「そう言わないで。……テレパシーできたら僕らも嬉しいんだ」
「なんで?話すことは全部声に出しているけどな」
離れていても話せるっていうのは楽かもしれないけど、そんなに必要だとは思えなかった。
「血縁って特別でしょう?でも僕にとってはメルも同じくらい特別なんだ。だから、少なくとも僕は嬉しい」
「そう」
利便性だけではなく、血のつながっていない俺とのコンタクトが可能ということで、発見にはなったのだろう。ジーンはわりと恥ずかしい事を言っているけれど、そこには何もコメントしなかった。
「だから、時々は僕らに心を開いてね」
閉心術ばかりするなと言いたいのだろう。
俺のこれはもはや癖みたいなものなんだから仕方が無いのに。
うん、と頷いてはおいたけれど、あまり聞く気はない。ナルやジーンが前もって解けと言ったときだけは従えばいいや。

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そもそも生きている人間にサイコメトリできるのか……は捏造です。
June.2014