harujion

Mel

09
(ジーン視点)

こんなことになるなら、連れて来るべきじゃなかった。
メルは霊視も除霊もできなければ、危機察知や身を守ることもできない。それなのに、僕らは十歳の子供をこんな危険な所へ連れて来たんだ。
メルは誰にでも好かれていたから、研究員の誰かに預ければよかった。そうすればメルは池に引きずり込まれて溺れる事も無かった。ましてや、そのまま姿を消すなんて事態にはならなかった。

僕の所為だ。僕がメルを助けようとしたから、メルは傷ついた。
昔、メルが暴走して放電してしまったときに落ち着かせたくて触れたことがあった。あとからナルやリンだけじゃなく、メルにも大激怒された。下手したら死んでたって、メルは本気で怒った。幼くて力の制御がほとんど出来なかったときに、触らないでと真剣に言ったメルの言葉は愛だった。その愛を僕は踏みにじった。これで、二回目だ。
触れられなくて可哀相だなんて思っていたのは僕だけで、触れないでいてくれたほうが安心できるとメルは思っていたのに。僕はまた、メルを傷つけてしまったんだ。
でも、溺れて苦しみ藻掻く弟に駆け寄るのを我慢できる程、僕は大人じゃないんだ。
気絶するまで見ているなんてできなかった。
「そうよね、ジーンは優しい子だものね。私だって見てられなかった、きっと池に飛び込んじゃうわ」
まどかは僕を抱きしめて、一緒に泣いた。
「でも、 もジーンみたいにとっても優しい子なのよ、ジーンを助けたかったのよ」
分かってる。メルはいつだって僕たちに優しかった。
構ったり、触れたり、そういう行動は少なかったけれどいつだって僕たちの味方で居てくれた。肉親以外で初めて僕らを受け入れてくれた子だ。

「ジーン、池の霊の正体がわかった。いけるか?」
昼前に、ナルに言われて僕は戸惑った。
「浄霊なんて、できないよ……だって、メルは……」
浄霊するには、同情や悲しみなんかではなく、ただ純粋な優しさを吹き込んであげること。メルを池に引き摺りこんだ霊に、僕はそういう気持ちを向けてあげられる自信がない。霊を恨むつもりはないけれど、今は自分自身が優しい気持ちになれないでいた。
「メルはおそらく死んでいない」
「え?」
目を丸めて、ナルを見た。
「映像を見ると、メルは沈んでは行かなかった。急に姿を消していた」
「!」
「メルは物に触れても思念を残さない。今此処にあるあいつの私物に触ってもおそらく僕には読めないだろう。だがメルが幼い頃から持っているショールなら何か手がかりがあるかもしれない」
「そっか、ナルが唯一メルのサイコメトリをしたやつだ」
「わかったらさっさと解決してこい」
「うん」
早くメルを見つけて、謝りたい。
きっとびしょぬれだから、お風呂にも入れてあげて、お詫びにメルの大好きなケーキも買ってあげたい。

池に居る霊は、十二歳と十歳の姉妹だった。この別荘が建つ前にこの辺に住んでいて、この池に妹が落ちて溺れた。それを助けようとして姉も池に入り、結局二人とも溺れて死んでしまった。
二人は今もこの場所で遊んでいた。その池を埋め立てようとする人々はとても悪者に見えただろう。
そして、野うさぎや森の動物と遊びたくて池に引きずり込んだ。メルと、遊びたくて引きずり込んだ。
僕もメルと遊びたくて、よく読書の邪魔をしたことがあった。ナル程とは行かないけど、メルも本を読み始めるとまわりに頓着しないから。でも眠気には正直で、本を読んでいる途中でその場でごろんと横になって寝てしまう。ナルに一度踏まれて起こされていたのを見た事がある。姉妹にその話しをしてあげると、クスクスと笑った。
メルの放電で光った池を、底から見ていた二人は、メルをキラキラ星だと言った。キラキラ星の歌を歌うとぼんやりと天井が光る。ああ、メルの光みたいに綺麗。
その光の方へ行ってごらん、と指差すと、ぼんやりと淀んでいた眸がキラキラと光った。
「あのね、メルがね、消える前に泣いてた。ごめんねって言ってた」
姉妹は、メルが消えたと言った。つまりメルはやっぱりこの池の中には居ないんだ。
それだけでもわかって良かった。昇って行く姉妹に優しく手を振ってから、僕は目を覚ました。
「やっぱり、メルのこと泣かせちゃった」
初めてメルと呼んで以来、メルが泣いた所を見た事が無かった。
あのときメルは孤独を実感して泣いていた。でも、今回は僕の為に泣いたんだ。
ぼんやりと呟くと、まどかがお疲れさまと言って僕にお茶をだしてくれた。
浄霊がすんだあと、一度ダイバーに池を捜索してもらったが、メルの身体はやっぱり出て来なかった。そう広くもない池だったので間違いはないだろう。


それからすぐに僕たちだけ家に帰った。メルの衣装ケースにしまわれた、今ではほとんど使われていないショールを掴む。ナルに渡し、すぐに読んでもらう。
「……倒れてる」
「!」
「草の上?か……暗くてよく見えないな」
少なくとも水中ではないと知りほっとする。生きていることが確かになった。
「意識を失っている時まで閉心術しているのか?あの馬鹿は」
ナルが思い切り顔を歪めた。メルが何処に居るのか、分からないらしい。
すぐに捜索願いを出したけれど、一ヶ月たっても、メルらしき子供が保護された知らせはこなかった。

メルは頭のいい子で、危機感はあまりないけれど、本当に危ないことをするような子ではない。ここの住所だって覚えているだろうし、警察や病院にはかかっていれば、まずうちに連絡が来る筈だ。それなのにメルが見つからないのは、きっと帰って来ないつもりで隠れているんだ。
「あら、じゃあ家出ね」
「多分」
ナルやまどかにそう零せば、こまったようにまどかは顔を顰めた。
「とにかく、情報が入ってくるのを待つしかないわね。ナルも一応ショールを気にかけてて」
「ああ」
は優しい子だから自分を責めてるだろうけど、だからって一生姿を見せない程薄情な子じゃないわ。大丈夫」
ぽんぽん、とまどかに頭を撫でられて、僕はなんとか気を取り直した。
僕も、メルにテレパシーを送り続けよう。
ふとしたときに、メルが受け取ってくれるように、毎日心の中で話しかけるんだ。

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June.2014