harujion

Mel

10

今の俺は、家族を傷つけるんだ。

何度も生まれ変わって、その度に出来た家族。血のつながりが、愛しいものだった。手を差し伸べてくれる温もりが宝物で、俺はそれを何度だって守って来た。自分の命をかけてきたつもりだ。その後、とても悲しませた。でも、彼らが傷つくのは見たくなくて、守るという体で俺は逃げて来た。自分が辛いのは、耐えられた。でも、家族が辛いのは耐えられない。
家族を守るために、人を見殺しにしたり、実際に殺したこともある。沢山の犠牲を払い、自分のやりたいように生きて、死んだ。
俺はどうも家族にだけは弱いらしい。
今回生まれたときは、母を不幸にした。可哀相な子供として産まれ、子を愛せない母親にしてしまった。彼女はとても悩んで、俺を捨てる時も自分を責めた。これ以上母は、俺を見ていちゃ駄目なんだ。
俺は一人で居た方がいいのかもしれない。
でも、新しい家族がまた出来た。初めて、血がつながっていないのに家族にしてもらえた。
母と同じように、愛しい子と俺を呼んでくれた二人の兄。養ってくれる義両親。それはとてもあたたかな繋がりだった。

家族を傷つけない為に、力の制御を学んだ。それでも駄目だった。
自分を犠牲にしてでも傷ついて欲しくなかった人は、優しすぎて、結局傷つけてしまった。
俺の力で気絶するジーンを見て、酷く胸が痛んだ。やっぱり俺は家族を傷つけてしまう。どんなに練習しても、結局こんな身体じゃ駄目だったんだ。
もう、皆と一緒に居ない方が良い。

そう思ったときには、無意識に姿くらましをしていた。

一度も練習をしたことがなければ、姿くらましをするときの条件である、3Dを強く意識しなかったから、何処へ飛ばされるのかも分からない。『何処でも良いから、俺をどこかへやってしまえ』と思ってしまった。
どさりと崩れ落ちた瞬間、胸が酷く痛んだ。かろうじて分かったのは、草の上、俺はびしょぬれで、うつぶせのまま倒れた。目を開けるのが億劫でぼんやりと見た景色は暗い。
指先や足を意識すれば、一応五体満足であることは確認できた。でも、鼓動は激しくて、呼吸も辛い。多分相当な距離を飛んできてしまったのだと思う。

———ここはどこだろう。




どのくらい眠っていたのか、ぼんやりと目を覚ましたときに視界に飛び込んで来たのは天井。
身体が動かしづらくて、なんとか手を持ち上げれば白くて細い腕が目に映る。あれ、こんなに貧相で小さかったかな。
手には、点滴が刺さっている。なんとか起き上がれば、まるで子供みたいに手足が未発達だ。
頭が重たい。素足のままベッドから降りれば床は俺の体温を奪う。おそらくここは病室だ。横に引くドアを開ける。少し重たくて、腕に力を入れぷるぷるすると、点滴の針を刺した部分が少し痛い。抜こうかと思ったが、見つかってまた刺されるのも面倒なので、針の刺さっている手は使わない事にした。
病室から廊下に出て、左右を見る。向かいの壁沿いにはトイレ。同じ壁沿いは病室だ。
「あ!!!目が覚めたのね!」
右から、うすピンクのナース服を着た女性がやってきて、俺に気づいて小走りで近寄って来る。
「えー……と、日本語、わかる?」
「わかる」
たしかに一瞬何を言われたかわからなかったけど、不思議と意味は理解できたし、日本語で答えられた。
「部屋に戻ってくれる?今先生呼ぶから」
背中を優しく押され部屋に戻った。暫くしてから、三十代半ばくらいの男性が来て俺を診察した。心臓の音を聞いて、目や舌なんかを見る。ナースが耳に機械を当てて二秒もしないうちに音が鳴った。これは体温計だったらしい。
「日本語はわかるんだったね?」
二人きりになると先生はサイドチェアにかけて、苦笑する。
「名前は言えるかな?」
「?……な、まえ……?……」
当たり前の事なのに答えられない。思考は確かだし、言葉の意味もわかるのに、なんで答えが出て来ないのだろう。そもそも、何故俺はここにいるんだ。何故日本語が理解できるんだ。頭の中で英語に訳して意味を噛み砕いている自覚はある。
「何か覚えていることは?」
「な……い……。なにも……わからなくなってる」
戸惑いながら口を開いた。困ったように先生を見れば、先生もちょっと驚いた顔をしてから、笑った。
「じゃあ、もう一人先生を呼んで来る」
先生は一緒にいたナースになにか指示してからまた俺に向き直る。
ナースは病室を出ていった。
「名前以外は?歳や、家族や、住んでいる場所も?」
首を傾げて、考えてから、わからないと答えた。
「……ふむ」
「黒木先生、失礼しますね」
「ああ、山崎先生」
今まで話していた先生は黒木先生というらしい。そして、病室に入ってきた女性は、山崎先生と呼ばれた。
「見事なプラチナブロンドですねえ」
「日本語ペラペラですけどね」
小さく感嘆の声を漏らしているが、完璧に俺に聞こえてる。山崎先生は、俺が日本語を理解できていると焦って口を隠した。
別に髪色くらいで気を悪くする程子供じゃない……と思ったけど俺は子供か。苦笑いを浮かべておいた。
「山崎十子です、よろしくね」
「よろしく」
いくつか質問をされて、俺は記憶喪失だと判断された。たぶん一時的だろうということだ。

俺は町の教会の雑木林の中、びしょぬれで倒れている所を発見されたらしい。水を大量に飲んでいたけれど肺にはあまり入っていなかったらしい。
脈拍異常で呼吸も一度止まりかけたと聞いて驚いた。疲労やストレスなのか、外傷は無いが顔色は悪く相当弱っていたらしく、俺は一ヶ月も目を覚まさなかったという。
「い……っかげつ?」
「記憶喪失なのも、ちょっとわかっちゃうくらい、ぼろぼろだったよ」
「今は健康?」
「概ねは。だけど栄養失調甚だしいので、これから病院食で徐々に健康体に近づきましょう。ね?」
黒木先生が笑って、俺の頭を撫でた。

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June.2014