harujion

Mel

12

ジーンを傷つけてしまって、とにかくどこかへ行ってしまいたいと思った俺が我武者羅に行った姿くらましは、俺の身体をイギリスから一万キロも離れた日本へ運んだ。とても大きな力を持った魔法使いでも難しい。
そもそも俺の力はこちらでは魔力ではなく超能力だから少し違うのかもしれない。姿くらまし、というよりも、瞬間移動といった方が良いのだろう。
どう違うのかは俺にもわからないけど、俺はそこそこな力を持っていたようだ。だとしても、この距離はとんでもない距離だったので俺の心臓や体力には大変な影響を与え、昏睡と一時的な記憶喪失となった。気を失っている時は放電も微弱なのか処置が受けられることが救いだ。
目が覚めてぼんやりと覚えていたのは言葉やあたり障りない知識だけ。
すぐに記憶喪失だと診断されて、一週間後にはすっかり自分の記憶は取り戻していたけれど、不法入国してしまっている俺は口を噤んだ。
子供だから言い逃れは出来る。しかし例え罪に問われなかったとしても、イギリスに帰ることになる。
家族を傷つけて、殺しかけてしまった俺は、自分からあの家族の元へ戻りたいと言ってはいけない。
彼らは優しいから俺を見つけたらきっと連れ戻すだろうし、俺だって家族のことは好きだけど、客観的に考えると俺は家族と一緒に居ては行けない。だから、自分から彼らを求める事は絶対に出来ない。

それにしても、日本は良い選択だったかもしれない。平和で子供に優しい国だし、俺は日本語が喋れる。イギリスから離れているし、家族は俺が日本語を喋れる事も知らないから俺が日本に居ると分からないだろう。ただし、日本と縁の無い国ではないので調査に来る事もあるのだろうけれど。

俺を引き取ってくれたのは、俺を発見した教会の神父である東條さんだ。保護者となり、俺に苗字を与えてくれた。同じ苗字になるので彼に引き取られた子供たち同様に神父様と呼ぶことにしている。

以前日本人として生きていたころは黒髪黒目で日本人の顔立ちをしていたけれど、今は外人顔をしている。教会には外国人就労者の子供たちが沢山いるから忘れそうになるけれど、一歩教会から出ると俺は目立った。ちらりと見られたり、観察されたり、きゃあきゃあ騒がれたりもする。気にしているわけではないが、愉快な気分ではないので、中学に編入する前に黒染めをした。
神父様と黒木先生と山崎先生は俺の姿を見るなりびっくりしていたけど、理由を聞いて納得してくれた。
黒染めをしたといっても、日本人とは少し違う顔立ちをしているのでハーフだということにしたのだが、その程度でもクラスメイトたちはちやほやしてきた。日本人って外国人好きすぎだと思う。

「ただいま」
「お帰り!!」
学校から帰ると、遊んでいた子供たちが俺に気づいてわらわらと近寄って来る。
黒い肌、白い肌、黄色い肌の子が居る。髪色も眸の色もそれぞれ違うし、日本語がしゃべれない子も居れば、日本語だけしか喋れない子も居た。英語だったら俺も喋れるけれど、それ以外の子はなんとか意思を伝えようとにこにこしてくるところが可愛い。
「ミーサが隠れちゃって見つからないんだー」
俺に遊ぼうと言いながら囲っていた子の一人が学ランの裾を引っ張った。
思い当たるのは一人の幽霊。この教会で三十年くらい前に預かっていて行方不明になったケンジという男の子である。子供に取り憑いては隠れんぼを始めてしまうのである。
カンカンカンカン、と遠くで何かが鳴る音がして、俺は苦笑いを浮かべた。ケンジは隠れるのが上手だから中々見つけられないのだ。それでも時間が経てば子供から出て行って自力でその子が帰って来たり、ケンジ自身がひょっこり顔を出すときもあるのでそんなに深刻には考えていない。元々滅多に憑依もしない子供だし。
俺は隠れんぼの時、自分の目線よりも上に隠れると見つかりにくいという心理を知っている。それを利用しているケンジを見つけられるので、時々ケンジ探しに駆り出される。
今日もケンジは高い所に居た。俺が顔を出すと、ミーサは嬉しそうな顔をして俺に飛びついて来る。まだ五歳の女の子だから軽くて助かるけど、十歳の男の子に憑いていたときは大変だった。俺も一応肉体的には十歳なので一五〇センチちょっとしかない。
どう見ても小学生とか中一くらいでしょうって言われる中三である。クラスで一番小さいけど、二番目に小さい生徒は俺と大して変わらないし、他のクラスには俺よりも小さい生徒がいるので問題にはならない。

ミーサに入ったケンジを抱き上げると、にこにこ笑う。
「ひさしぶり」
「おにいちゃん!」
俺が声をかけると、更に笑みを濃くして、喋った。ケンジは父親に似た人を見かけるとお父さんと喋るけれど、俺にも懐いてくれたのでお兄ちゃんと呼んでくれる。それ以外は殆ど声を出さない。
「寒いから戻るよ」
俺の首に腕をまわして、ぎゅうっと抱きついたまま、ミーサの中のケンジは教会へ入った。ミーサと俺を見て駆け寄って来た子供たちにミーサはきょとんとしていた。いつの間にかケンジは抜けていたのだ。
俺には霊の気配とかが分からないので今ケンジがどこにいるかは感じられないけど、また会おうねと小さな声で呟いてミーサをおろした。
「おかえりなさい
神父様が顔を出し、俺の存在に気づき微笑む。ただいまと挨拶をしてから、話がある為少し時間を貰う。神父様も、学校の先生も、黒木先生も勧めていた話を受ける事にしたからだ。
「では、高校には行くんだね」
「ん。学校の先生が色々調べてくれて、特待生の推薦もしてくれるって。入試で上位だったら全額免除、普通だったら一部免除かな」
「お金の事は気にしなくていい。国からの援助もあるし、教会からも出せるから」
「それこそ神父様は気にしなくて良い。そのお金は、他の子供たちの為に使ってよ」
俺はずるしてこんな所にいるのだから、と心の中で付け足す。
本当は国からの援助だって貰えない立場だというのに、黒木先生や山崎先生、神父様が見て見ぬ振りをしてくれているから受けられるのだ。
神父様は、俺の言葉に少しだけ驚いてから、困ったように笑った。

それから、進路担当の先生と、担任の先生が推薦した高校を受ける事を決め、願書を作ってもらってから気がついたのはその高校が千葉県にあるということ。教会から出るつもりではあったが、違う県だと思っていなかったので驚いた。
関東でもトップレベルの難関校である緑陵に、俺をねじ込みたいという大人のちょっと薄ら暗い思いを垣間見た。しかし上位合格だったら学費免除という確約を取り付けてくれたのは先生だし、受ける事にした。
一週間後先生に呼び出されて、一位で合格できた事を知ったが、そのすぐ後に高等学校卒業程度認定試験の存在を思い出した。もっと自分で調べれば良かった。
学校に近い下宿を探していたらあっという間に卒業していて、引っ越し作業をしたり制服採寸や説明会に行っていたらすっかり新学期になっていた。入学式では挨拶をするように言われ、壇上に立ち渡された式辞を読み上げた。さすがにゴム手袋は入学式にはあり得ないかと思い体育館では外したが、教室で付けていたので放課後先生に呼び出された。
「なんだその手袋は。取れ」
「潔癖性なので嫌です。これ、診断書です」
担任に渡すと訝しげに診断書を見る。確かに病名、病院や医師の判、証明などがされている。
「潔癖性なんてもんは精神が軟弱だからなるんだ。良いから外せ」
融通が利かない、生徒を屈服させたいだけ、頭の固い学校、というワードが浮かぶ。入学早々、この学校に入ったことは間違いだったように思った。
「嫌です」
「なんだと!?規則に従えないのか!?」
職員室でわめく教師に、周りの教員たちも訝しげにこちらを見る。
「規則は守っています。病気の予防をしてはいけないと生徒手帳には載っていませんが」
ぴくぴくと口元を引きつらせる担任に、胸ポケットから生徒手帳を取り出して校則のページを開いてみせる。
「お前たちはなあ、俺たち教師の言う事を聞いてりゃいいんだ!それができないならそれなりの処置を与えるぞ!」
「退学ですか?」
「ああ、そうだな、言う事が聞けない生徒は処分せにゃならん」
俺が退学かと尋ねれば悪巧みを思い付いた子供みたいに、ニヤニヤしながら脅して来た。
この瞬間完全にこの学校には失望したし、頭の中で高認の参考書と試験費用、アルバイトを始めた際の年収を算出し、大学に行くか否かの計画を立て始めた。
「ではそうしてください。明日から来なくていいですね?」
俺のその言葉に、職員室からの物音が消え去った。
は?と言いたげな視線が、担任だけではなく周りの教員からも向けられる。
中学校には申し訳ないが、あの学校からうちの高校に入る人なんか滅多に居ないだろうし、後輩たちには響かないはずだ。
お世話になりましたと頭を下げて職員室を後にしようとすると、担任ではない他の教員が俺を引き止めた。
「ま、ままま、待て東條!考え直せ!」
「考え直すのは俺ではありません」
腕を掴まれているのは構わないけど、潔癖性という設定があるので、冷たく手を振り払う。
酷い吃り様にちょっと引くが、慌てている様子が分かる。てんやわんやの末に担任と、後からやって来た生活指導と一緒に校長室へ行く事になった。
担任は脅しのつもりだったので退学させるつもりはなく、新入生代表であり入試一位の生徒を失うのは痛手であり失態だ。生活指導の松山も同様に潔癖を馬鹿にしていたが、俺を辞めさせるのは本意ではないようで校長先生へ判断を仰ぐということになった。手袋一つでここまで騒動を大きくするなよ、と心の中で吐き捨てる。

校長も他の教師と同じであり、むしろ筆頭なのだろう、潔癖性は気が弱いからだと言って来た。確かに精神的な問題ではあるがこれは生理的嫌悪感なのでそんなものは通用しないと適当に論戦を繰り広げる。自分がナルにでもなったような気分だ。むしろナルのお陰でここまで喋れるのかもしれない。
「もし手袋をつけることを許してくれるなら、三年間学年一位を死守します。駄目ですか?」
こいつらは生徒を許すという概念がないようだ。しかし退学にはしたくないようで、しかたなく俺が譲歩してやった。これ以外教師の満足するような約束はできない。勉強くらいなら自分でどうにかできるものだし良いかなと提示してやると、校長はまんざらでも無さそうな顔をして許可した。
しかし生活指導の松山が口を出して来て、どうやら俺は松山の監視下である風紀委員に所属するように言われてしまった。ただ学年トップを手元に置いておきたいだけのように見えるけど、学校に残る方向になった今この面倒くさい男に逆らうのも面倒な為従う事にした。

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June.2014