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(ナル視点)
ジーンが日本に依頼を受けに行き、滞在予定の半分をすぎたあたりの日、服を借りようとしたら急に同調した。交通事故に遭う様子だった。昼間の山が見える道路を歩いていると、後ろからエンジン音がして、はねとばされる。車から降りて来た人物が自分を見下ろし、狼狽する。そして、車に戻って行ったと思えば、後ろから車が近づいて来る。轢き殺そうとしている、とすぐに分かった。ふわりと地面に落ちた、メルのショールをぼんやりと見続ける。
すると、ぐるんといきなり視界が変わる。視界は悪く至近距離だから見え辛いが服に顔を押し付けていた。つまり、誰かが自分を抱きしめている。予想していた二度目の衝撃は無かったが、もう一度ぐるりと頭が揺れて、タイルのような地面に横たえられた。いつのまに移動したのかと思えば、自分を抱いていた人間は走って行った。白いシャツと黒いベストとスラックスの、おそらく男性。ぼんやりと意識を失っていく中、人が集まり自分の身体が運ばれて行くのだけは分かった。
そして、ビジョンは途切れた。
まどかはジーンから連絡を受け迎えに行くと言った。生きているならそんな必要は無いと思ったが、ジーンを助けた人物の事が少し気がかりでまどかと一緒に日本へ行く。
退院日に病院へ行くと、酷く沈んだジーンが、メルのショールが無いと零した。あれは唯一メルをサイコメトリできる可能性のあるものであり、メルの宝物である。手がかりと大切な物を失ったのは大きい痛手だ。
警察や医者、加害者もショールのことはわからず、現場にも残されていないという。唯一の手がかりは、ジーンを発見し病院へ運んだ人物だが、その人物も行方不明。
実際に相手をした看護師に話を聞くと、小柄な少年でウェイター服ということだけしか知り得なかった。ジーンのビジョンでも見たが、確かにそういう格好をしていた。この辺りでウェイター服を着る職業というのはカフェかホテルと目星をつける。どうやら近隣にカフェは無い用なので、ここから一番近くでありジーンの宿泊していたホテルに話を聞く事になった。
事故に遭った日近くに、従業員用の休憩室のゴミ箱から血が少量付着したシャツが発見されているが、認識はされても深く疑うこともなく、廃棄されたようだ。少量だったことがネックだった。
しかし、日付的にも制服的にもこのホテルの従業員である可能性は高い。社員には心当たりはなく、夏休み中の短期アルバイトに来ていた誰かだという所まで突き止めたが、履歴書は返却しており、連絡先も分からない状態になっている。バイトに来たのは十代から二十代、小柄で華奢と言えど二十人程入れば誰がどの人物だったかという記憶はほぼないようで、思い当たる人物の名前や経歴を知るには至らなかった。
仕方なく帰国したが、僕たちはSPRの日本分室を作ってあちらに長期滞在する事に決めた。
ジーンはショールを取り戻すため、僕は目撃者の不可解な行動を知るため。
今回の事故は、正直ジーンが助かる筈はなかった。車はジーンのすぐ傍まで迫っていたし、ジーンは横たわっていた。それを飛び出して車から避ける事も、車を停めることも、到底できる事ではない。
助けに入る姿も音もなかったのに誰かが覆い被さったことも、一瞬にして違う場所にいたことも、ジーンの意識がぼんやりしていたとはいえおかしい状況だった。ましてや、一瞬にして病院へ運ばれたのだ。その時ジーンの意識はあったはずだ。本人は事故のショックで覚えていないと思っているが、そうではないと僕は思う。
あれは、瞬間移動だ。
メルの消えた池は水抜きまでして捜索したがやはり見当たらなかった。
映像を見る限りではメルは沈んで行かずに一瞬にして姿を消している。サイコメトリをした結果、どこかに横たわっていた。
以上の事から、メルは瞬間移動能力を持っているという仮説を立てた。
つまり、目撃者とメルは同じ力をもっているかもしれない。
憶測で物を言うのは好きではないからジーンに説明はしなかったが、頭の出来は同程度なのでおそらく感づいてはいるだろう。ただしメルのショールと、助けてくれた人物への礼で頭がいっぱいなので深くは考えていないと思われる。
これも憶測にすぎないが、メルは日本に居るのかもしれない。もっと言えば、あの少年はメルだったのかもしれない。
あの時ジーンはメルを強く思っていた。
死ぬかも知れないと思い、再会を果たせずに居る弟を強く欲した。その力は強く、メルに届き、ジーンを助ける為にメルが現れた。そうとなればショールがその場に無かった理由にも合点が行く。
しかし、パスポートもないメルが国外に飛ぶことは難しい。海を越えて瞬間移動したとしても、日本とイギリスでは距離が離れすぎている。出来たとすれば相当な力を持っていて、相当な力を消耗しただろう。
それにメルは日本語が喋れないはずだ。僕とジーンが日本語で会話していても知らぬ存ぜぬという顔をしていた。覚えろと言っても真面目に勉強をしている様子はなく、日本語を喋ってみろといってもへたくそな発音で適当な単語を喋るだけだった。
年齢だって、メルはまだ十二歳であり、労働の出来る年ではない。黒髪なことは染めてしまえばどうとでもなるが、幼いメルがホテルの従業員のアルバイトを出来るとは思えない。ホテルの支配人も、十六歳以下を雇っている様子はなかった。ただしメルが戸籍を作る際に年齢を偽ったとすれば話は別なのだが。そもそも簡単に戸籍が作れるかも僕にはわからない。メルの手腕も、日本の身元不明者への対応も、全部。
結局、あの少年がメルだという確率は限りなく低い。瞬間移動ができたかもしれないこと、ショールを持って行ってしまったことだけが、疑うべき観点であり、メルではない証拠の方が多い。
だからこそ、確実にメルではないということが知りたい。
June.2014