harujion

Mel

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松山に目をつけられた可哀相な一年生は、ナルに憧れているらしい。
こんな学校ではさぞ生きづらいだろうと同情した。
それからも、何度か松山や他の教員に注意されている所を目撃した。酷いときは坂内を連れ出したり、教員に用事を作ったりして降り注ぐ火の粉を払う手伝いをした。
俺が知識を与えてやれる程ではないけど、坂内は超心理学の話をする時楽しそうにするから、時々自由に話せる時間を作った。
外では全くそっけないし、教員の前でも他の生徒の前でも坂内を注意したり、ちゃんと物を没収したこともあるけれど、それでも坂内は俺を慕ってくれていた。
生徒も教員も、俺が松山同様に坂内に目をつけていたぶっているものと思っている。まあ、そう思ってくれていた方が良い。俺の悪名が上がって行くけれどどうせ一年生の頃から遠巻きにされていたし、今年いっぱいで卒業だから気にしてない。
しかし、俺が卒業したあとの坂内はやっていけるのかが心配である。目をつけられるのは本当に厄介なことだから。
夏休みに入ってしまえば俺はまた短期アルバイトに出ることになっており、他の生徒たちのように補習は受けない。つまり坂内は俺の居ない学校にしばらく通う事になる。在学中は授業外の時間なるべく松山か坂内のどちらかの行動を把握していたけれど、そうも行かない。
電話番号やメールアドレスを教えてあるから、愚痴や不安なんかは聞いてあげられるけどそれ以外はどうにもならない。
一度退学を勧めたが、親も居らず好き勝手に生きている俺とは違うから、そう簡単に決断できない。高校で一年間ずれるというのはいつまでも自分の中で残るだろう。
最終学歴ではないのだからと言ってやりたい所だけど、俺の楽観的な言葉は坂内には重すぎる気がしてそれ以上は言わなかった。けれど、やっぱりこれから先この学校で過ごす事は坂内の人生において無駄な気がしてならないのだ。

高校の補習授業が終わるのと、俺のバイトが終わるのは同じ日だった。帰宅中に携帯電話を開けば、補習から解放されて嬉しいというメールが来ていてくすりと笑う。
ついていけたか尋ねれば自信がないと言うので、今度勉強を見てあげる約束をして携帯を閉じた。
新学期が始まってから、俺は風紀委員を引退した。といっても、見回りはやらされているのだけど。
もうおおっぴらに坂内を呼び出すことはできないので、あまり学校内で会えなくなり、時々メールをする程度。坂内も俺が受験生だからと遠慮している節もある。

放課後、下校しようと通りすがった教室に生徒が数人集まっていることい気がついた。騒がしい場合は帰しているが今回はそんなに目立たないので目を瞑ろうとした。

「をん、をりきりてい、めいりてい、めいわやしまいれ、そわか———」

聞こえて来た声に、目を見開く。
これは呪詛だ。
がら、と教室のドアを開けて踏み込むと、生徒たちがびっくりして俺を見て固まった。

「何をしている」

少し堅い声色がでる。呪詛は遊びじゃない、とリンからきつく言いつけられている俺には大事だ。生徒たちの驚愕が怯えに変わる。つかつかと歩み寄り、机の上にある紙を見下ろして取り上げた。
鬼という文字で囲われている。それから、當歳伍拾参の文字。これは五十三歳という意味だ。つたないが、梵字も書かれていて、おそらくこれが呪われている人物の名前だ。
「これはなに?」
「ヲ、ヲリキリ様です」
「は?」
「う、占ってもらうんです……運勢とか、悩みとか、探し物とか」
五十音が書いてあるので、おそらくこっくりさんとしてやっているのだろう。女生徒の様子からして、自分の意志で呪っているようには見えない。
「誰から聞いた」
「となりのクラスの子です。で、でもその子も部活の後輩から聞いたって言ってたし」
「結構流行ってるので……み、みんなやってます」
俺はますます気が重くなる。
没収すると言えば、最後は神社に埋めに行かなきゃ不幸になっちゃうと生徒が泣きそうになりながら訴えた。それは確実に呪殺の方法だ。誰がこんな性質の悪いものを流行らせたんだろう。
しかし、こっくりさんとは違うと言ったり、遊びだからと軽い気持ちでやる割には、不幸になると言う噂を信じているなんて、随分都合のいい考え方だ。
ここでゆっくり呪殺について語っても仕方がないので、有無を言わせずに紙を畳んで胸ポケットにしまった。
「くだらない遊びに呆けている暇があるようで。……次に見かけたら然るべき処罰を与えます。ほら、下校しなさい」
あくまで遊びということにしてやれば生徒が気に病むことはない。俺に脅されたとなれば友達との儀式も少し億劫にはなるだろう。
広めるなといっても、実際流行っているのだから止めるのは難しい。犯人を突き止めるよりもまず呪われている人物を調べることが先決だ。

家に帰る前に図書館へ行き、梵字を調べる。松山、と読めたところで調べるのはやめた。五十三歳くらいだろうし、呪われている松山と言ったらもうアイツしか居ない。
そして、こんな風に分かりづらい方法をとれて、知識がある人物といえば、坂内だ。
最近学校で会う事は稀だったけど、どこかぼんやりとしているように思う。メールのやりとりもそっけない。
そこまで、松山を憎んでいたのか。
そんな手法をとるほど、悩んでいたのか。
やっぱり、坂内はこの学校に居ない方が良い。
図書館からの帰り道、電話をかけても、坂内の携帯電話は電源を切ったままだ。
家の電話番号も所在地も知らない。坂内を思い浮かべても、多分ジーンの時みたいに瞬間移動は出来ないと思う。
明日注意すればいい、なんて思ったけどそれじゃ駄目な気がする。
言いようの無い胸騒ぎがして、落ち着かない。

その時、携帯電話が震えた。着信は、坂内だ。すぐに電話にでると、少し安心したような、けれど酷く落ち込んだ様子の坂内の声が、東條さんと呼んだ。
「今、何処に居る?坂内」
『学校です、僕———もう、我慢が出来なくて』
「夏休み、何かあった?最近会えなかったから、ちゃんと話聞いてやれなかったし」
『東條さんの所為じゃないです』
「どっちでもいい、だから、ちゃんと話して。全部、不安なこと吐いて」
坂内の声を聞きながら、影に隠れて瞬間移動を行う。人気の無いはずの屋上についたが、向こう側の屋上に坂内が居た。フェンスを、超えている。

『松山が……許せない』

一番に吐き出した言葉は、憎悪。

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July.2014