harujion

Mel

21

俺に瞬間移動能力がなかったら、坂内は死んでいた。
ジーンだってそうだ。
俺の力は人を傷つけるばかりではなくて、命を助けるのにも使えた。二人が生きていてくれれば、俺は自分の存在を許せる。

坂内の飛び降り自殺をなんとか阻止して、頬をひっぱたいた。
本当は、俺も人のことを言えない。
今まで何度も他人の為に生きて、自分の命や人生を諦めてた。でもそれはいけないことだって分かってやっているつもりだ。自分の命や人生よりも、大切な人だと思ったから俺がやったんだ。犠牲なんかじゃなくて、ただの自己満足。

坂内を家に送るため夜道を歩きながら話す。
「呪詛は始めたら止まらないんだったよね」
こくん、と暗い面持ちで頷いた。
「俺にはこれから何が起こるか想像はできない」
いつ始まるか、どう施行されるか、俺にはわからない。降霊術と、呪詛を組み合わせた方法だから、きっと霊を使って行うのだろうけど俺は霊感がないので見る事も感じることもできないだろう。生徒の力なので高が知れているが、呪詛としてはちゃんとした方法をとられている。今後、その力は強まり、何かが起こるのかもしれないし、起こらないのかもしれない。何かが起こったら、最終的に松山は死ぬ。
これは立派な殺人。謝って許されることではない。でも、坂内をここまで追いつめたのは松山だ。
俺を侮辱されたからやったと言うので、俺にも責任は少しある。だから俺もちゃんと手伝おうと思ってる。
しかし手伝うといっても、見回りしてなるべくヲリキリ様が流行らないようにするくらいしかできないのだけど。

坂内には、松山というのを抜きにしてこれが人を殺す行為であり、呪詛は止められないことを確認した。いざというときには生きて罪を背負うことを約束させたところで坂内の家に到着した。
夜も遅く頬を腫らして帰って来たということで、俺はきっちり両親に説明をすることにした。
「智明、どうしたのその頬」
「こんな遅くまでどうしてたんだ」
坂内の両親はちゃんと、坂内の事を気にかけてくれた。俺はその様子にほっとしてから、俺を訝しむ二人に自己紹介をした。ちゃんと説明したいと言うと上がらせてくれたので、リビングにお邪魔する。ローテーブルの前に正座して、出された麦茶を一口だけ貰う。
「俺が説明していいかな」
「お願いします」
一応、説明する前に坂内に問えば、困ったように笑って任せてくれた。
自分では言いづらいだろう。俺も十分言いづらいけど、坂内の今後のことも話したいし丁度いい。

「この頬は俺がひっぱたきました」
保冷剤とタオルで頬を冷やしている坂内を一瞥してから、坂内の両親の方を向いてきっぱりと言った。二人は驚いて目を見開く。
「理由は、彼が自殺を図ったからなので、謝罪はしません」
母親は、さらに愕然として、目に涙を溜めた。
「智明が……自殺を」
父親は震えた声で呟いて、拳を強く握る。
原因は家庭内の不満や友人間のいじめなどではなく、教師の抑圧。そして、その教師を殺して自分も死のうとした。
そこまで説明すると、二人は何とも言えない表情を浮かべた。自殺未遂、殺人未遂の両方をしている息子に、どんな反応をしていいかわからないのだろう。
「その教師は、今の所命に別状はありませんが、今後はどうなるかわかりません」
ぴく、と隣の坂内も指先を震わせる。
「ごめん、父さん、母さん。僕……先生に酷い事をしました」
「智明くんは、許されないことをした……。ですが、大元の原因はその教師です」
「……っ」
母親が声をこらえて泣く。父親は母親の肩を抱いた。
「この件は、智明くんと、その教師だけの問題にしてやってくれませんか。ご両親はどうか、智明くんだけを見守ってやってくださいませんか」
二人は、俺を見た。
きっと、その教師をぶんなぐって、怒鳴り散らしてやりたいだろう。でも、そんなことをしても騒ぎが大きくなるだけでなんの解決にもならない。
「怒りは俺に向けてください。最上級生でありながら、彼をケアしてやれなかった。殴られても文句は言いません」
日本では謝罪のときに土下座をすると聞いた。俺は誠心誠意、頭を地面にすりつける。
「や、やめて!東條さんは悪くない。僕の味方で居続けてくれたんだ!ごめんなさい!ごめんなさい」
俺に覆い被さって、坂内は両親に謝った。どうか殴らないでくれと、泣いた。
「東條くん、頭を上げてくれ……息子を助けてくれた君を責められるわけがない。ありがとう」
父親の声が頭に降り注ぎ、顔を少しあげれば、両親そろって、深く深く頭を下げていた。
坂内にはちゃんと、自分の身を案じてくれる家族がいる。それを、坂内はちゃんと見られたはずだ。ぐずぐずと泣き続ける坂内の背中を撫でる。
学校に関わってほしくないのは、俺の虫の良い話だと思ってる。でも、坂内の両親が何をいっても松山や校長はどうもしないし、自分たちが傷つくだけだ。怒りも最もだが、抑えてもらう他ない。うちの学校は決して良い学校とは言えないのだ。
「これは、俺の提案ですが……智明くんには退学をおすすめします」
見る人が見れば、坂内を学校から追い出すように見えるだろう。
しかし両親は、俺に侮蔑の視線を向けては来なかった。
本当は、転校という形をとらせてあげたいが、坂内の条件ではそれは無理なのだ。
「在学生の俺が言うのもなんですが、あんな学校通う価値ない」
自殺を図ったのも、教師とそりが合わないのも事実だ。両親は、否定の言葉は発しなかった。
「智明が、それでいいというなら」
父親がこくんと頷いて、坂内を見た。
「どうする?選んで良いよ、俺は何も反対はしないから」
「僕、は……もうあの学校へ行きたくありません。退学、したいです。お願いします」
「そうね、それがいいわよね。母さん、智明に辛い思いはして欲しくない」
母親は涙を拭って微笑んだ。
学校での手続きや書類処理なんかは俺がやることにした。なるべく学校には関わって欲しくはないし、両親も坂内も関わりたくないといった。

「教師のことは、責任もって俺が見届けます。何かあったらちゃんと報告し、何も起こらない様尽力します」

そう言って、坂内家を後にした。
坂内に見届けろさせるべきだけど、学校には居て欲しくなかった。きっとこれから辛い思いをする。自分が殺そうとした人間を、冷静に見ていられる筈は無いから。

次の日、職員室へ行き坂内の担任の先生に声をかけた。
「東條、なんだ話って」
「先生のクラスの、坂内智明ですが」
坂内の名前を出すと、眉をしかめた。学校内でも坂内は、松山と俺に目を付けられている生徒とされているからだろう。担任はそんなに坂内を貶めるような行為はしないが、結局ここの教師は生徒を見下している。
「九月付けで退学させることになりました。今日から学校には登校しませんので、その旨よろしくお願いします」
はっきりとそう告げて、追求も聞かずに背を向けた。

その後、あえて松山に坂内が退学したいそうだと告げた。
「何故お前が知っているんだ」
「自分が退学を勧めたからです。成績も落ちて行く一方ですし、この学校は相応しくないかと」
「そうだろうな。オカルトなんてもんに夢中になっていくから落ちぶれるんだ」
心底馬鹿にしたような顔つき、口調、態度。呪われる奴の代表だな、とこっそり呆れる。呪いを容認するわけではないが、松山はきっといつか痛い目を見るのではないかと思う。まあ、実際に呪殺されかけているのだけど。
「書類関連を郵送したいのですが、どういたしましょう」
「送ってやれ。事務室にある」
「わかりました。ありがとうございます」
きちんと頭を下げてから、踵を返した。
廊下の角に生徒が居たらしくて、俺と目が合うなりすごい勢いで目をそらしてそそくさと去って行く。あ、また噂が増える、と思ったけれど捕まえてもどうしようもないので放っておいた。

こうして、一年生の坂内智明は九月いっぱいで緑陵高校から退学した。
『風紀委員長が一存で一年生を退学させた』という、尾ひれがついているようで、実際にはその通りな噂は流れた。そこそこ話もする元風紀委員に聞かれたけれど、俺は委員長じゃないよとはぐらかした。未だに生徒たちは俺を委員長だと思っているらしい。

それから、冬にかけて俺は坂内の受験勉強に付き合いつつ自分の勉強をした。
学校では変な事件が少しだけ起きるようになって、とうとう新聞にも載った。やっぱり何か起こっているのかとヲリキリ様の紙を見おろしてため息をつく。
校長たちはマスコミに騒がれ、生徒が勉強に身が入らなくなったことに腹を立てるだけで何もしようとしない。

そんな時、神父様から連絡が入った。近頃、ケンジがよく出て来るというのだ。しかも、隠れる頻度や憑依する長さも増えたらしい。
エクソシストの知り合いを呼ぶ予定だが、ケンジが懐いていた俺にも協力して欲しいとのことだった。
丁度冬休みに入ったクリスマスイブの日に、教会を訪ねる事にした。

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July.2014