22
クリスマスの教会というのは、なんだかとてもロマンチックである。
浮かれる程子供ではないし、ロマンチストでもないのだけど。
「良く来たね
」
神父様はにこにこと笑って出迎えてくれた。
「ひさしぶり神父様」
「寒かっただろう」
「うん」
二ヶ月程前に一度遊びに来たときと変わらない教会。子供たちは俺に気づいてわいわいと囲ったけど、神父様と話があるからと嗜めれば後で遊んでねと言う約束とともに離れて行った。
「俺はケンジを探してくればいいの?」
「ああ、いざという時は頼みたいんだ」
淹れてもらったコーヒーで身体を温めながら話を聞く。今日くるエクソシストは何度か会った事のあるジョンらしい。会った事あると言っても、お互い手伝いに来たときに顔を合わせて紹介をされたくらいで、たいていは子供たちの相手をするのであまり話したことはない。
それと、ジョンの仕事仲間である渋谷サイキック・リサーチというオフィスの調査員とかもくるのだとか。ジョンの腕は神父様が信頼してるし、ジョンの仕事仲間なら大丈夫だろう。ちょうどいいから呪詛のことを聞いてみようかと思ったが、神父様にあまり心配をかけたくないので口にはしなかった。
「じゃあ、用があったら呼んでね」
「ああ、頼むよ」
神父様と約束を交わして、部屋を出た。
子供たちがわいわいと遊んでいる中に入って、一緒に遊ぶ。外に行こうと言われたので寒いけど外で遊ぶ事になった。すると、かんかんかん、と叩く音がしてケンジがいるのだと気づく。一緒に遊んでいた子供たちに断って、教会の周りを散策する。
音が止めばケンジを探すのは難しくなるのでなるべく早いうちに音の方向を定める必要がある。
用水路の方の、廃材置き場へ行くとしゃがんでいるタナットの姿を見つけた。
「タナット?ケンジ?」
どちらもの名前を呼ぶと、すくっと立ち上がりこちらを向いた。
にこっと笑ったのは多分ケンジ。声を出さないから。
「どこー?」
知らない女の子の声がして、そちらを見る。栗色の髪の、小柄な女の子が駆け寄って来た。
「渋谷サイキック・リサーチの人?」
「あ!はい!ケンジくんを探してて……」
「そう」
高校生くらいの風貌に、随分若いな、と思いながら尋ねると、その奥から人が沢山やって来る。
「じゃあ、よろしく」
俺の見間違いではなければ、遠くから来る長身男性、その隣に居る似た二つの影、あれは俺の先生とお兄様じゃないだろうか。とっさに逃げた。
こっそりと教会の中に潜み、ケンジがお父さんと慕うリンの姿を見て笑いをこらえる。
本当はそんなに瞬間移動をしないのだが、今回ばかりは利用してひっそり覗き見をする。ジーンもナルも大きくなって、良い男になったなあ。ジーンは無事生きてるし、なんだか嬉しい。
それからすぐ、ジョンがケンジを落とすらしいのでその部屋からは離れた。しかし、どういうわけか、ケンジはタナットから出てすぐに先ほど会った女の子に憑依してしまったらしい。
小柄な女子高生にお父さんとよばれながら、苦い顔して負んぶするリンの姿は一生忘れない。
俺の仕事はケンジ探しだから、リンにべったり付いてる今俺の仕事は無いので、ケーキのラッピングを手伝う。急に元気よくリンとケンジが入ってきたときは本気でびっくりしたけど、リンは人の顔を見ずぐったりとケンジに付き合ってる。
「
さんも来とったんどすねえ」
「うん、久しぶり」
「はいです」
逃げよ、と思いながら入り口付近に寄ってると、ジョンと茶髪で髪を結わいた男性が入って来る。
二人を壁に、リンから見えない位置に移動して応答する。
「俺はケンジの鬼役」
「鬼?」
「さんはケンジくんを探すのがお上手なんですよって」
滝川さん、と紹介された、坊主らしいが全然坊主に見えない人が、鬼と言う言葉に首をかしげ、ジョンが親切に説明した。
「あ〜ナルホドな。でも今は大丈夫、なんたってお父さんが一緒だからな」
「だといいけど」
くいっと得意げにリンを親指でさす。俺はマスクの下で口元を緩めた。
「俺、神父様の所に行ってくる」
「東條神父なら、今ナル坊と居るぜ」
「外国人?」
まさか本名でやっているのかと首を傾げながらとぼけてみせる。
「いや、渾名だよ。ナルはナルシストのナルちゃん」
「へんなの」
「名付けたのはあすこのお嬢ちゃん」
そういって、ケンジをさす。
すごい。彼女、野生の感でもあるのだろうか。随分的確な渾名である。
とりあえず神父様の所へ行くのはよそう。リンは日本人嫌いだし人見知りな所があるから人の顔をじろじろ見ないけど、ジーンはひとなつっこいし、ナルは勘が良いから危険だ。
適当に二人とのやりとりを終えて、ナルとジーンとは会わない外に出た。
ケンジが居なくならなければ、あとはナルがどうにかするだろう。丸三年は会っていないけど当時から優秀だったし、ジーンも入ればケンジは浄霊されるはず。
人気の無い、静かな場所で休憩する。
リンが日本に来ているのはラッキーだった。最近学校で起こっていることや、坂内の始めてしまった呪詛のことが聞ける。しかしそれには俺として彼らの前にでなければならない。成長しているし顔も半分隠しているし声も変わっているので見た目だけでバレる確率は低いけど、会ったら俺の気持ちがゆらぎそう。でも学校の事は放っておけない。
そうなると、校長を動かすしかない。事件の収拾は望んでいたのだから、この休みが終わったら、俺が一言添えてみよう。
考え事しながら、眠りかけていたところで、けたたましい合図が聞こえた。ケンジの、探しての合図だ。何故だ、リンにべったりだったのに。
いや、予想はついてる。リンは女子供が苦手だし、べたべたされるのも嫌いだし、そもそも日本人が嫌いだし、大人げないし。
「リンの馬鹿」
ぼそ、と呟いて、部屋からでた。音は外からかと思い、教会の屋根の上に立つと、やっぱり外から聞こえた。聖堂や建物内は音が響いて分かりづらいだろうなと思ったけど、俺がケンジを見つけてしまえば他の人に説明してやる必要も無いのでさっさとケンジを探しに行った。
傍の雑木林の中、木の上かなと思いながら見渡せば案外分かりやすい所にちょこんと座っていた少女。
「ケンジ、見ぃつけた」
「!」
俺が見つけると、ぱっと明るい顔をする。降りられるのか聞けばきょとんとしてからケンジは首を振った。瞬間移動させても良いけど、このくらいの高さなら手を貸してあげれば大丈夫だろう。木に近寄り手を差し伸べれば、不安そうな顔をしつつもケンジは俺に落ちて来た。
「あ、」
いつもは十歳くらいの子供を相手にしていたけど、今回はもうちょっと大きいんだったと気づいた時にはもう遅い。想像していたよりも大きくて、重い。女性だからといって触るのに躊躇する程若くはないので抱きしめることは厭わないけど、バランスを崩して地面に倒れた。
「あー……ごめん、ケンジ」
俺の胸の上でぎゅっと目を瞑った少女に謝る。
「麻衣!」
「麻衣さん!!」
身体を起こして草を払っていると、さっきの滝川とジョンだった。
「おいおい、どうしたんだよ」
「受け止め損なった。ケンジ、痛い所は?」
麻衣とは少女の名前だろうか。滝川は麻衣に手を差し伸べて立たせ、ジョンは俺の心配もしてくれる。ケンジに尋ねれば、首を振るので麻衣もケンジも無事だ。俺はちょっと身体が痛いけど、怪我というほどでもない。
「じゃあ」
「あ、おい……って、麻衣!」
去ろうとした所でケンジは走り出したのでジョンと滝川の視線がよそへうつる。きっと向こうにリンが居たのだろう。俺はその隙に姿を消して、木の上に隠れた。
「ありゃ、どこいったんだ少年は」
一瞬目を離した隙に俺が消えていたので、滝川は首を傾げる。
「さんは隠れるのもお上手なんですやろか」
ジョンが苦笑いをしているところに、ケンジに抱きしめられているリンや、他のメンバーが来た。市松人形みたいな人はテレビで見た事がある霊能者だった気がする。
教会に戻り、ジーンがケンジに身体はどこにあるのかと尋ねた。すると、ケンジは教会の上の方を指差す。聖人の彫刻の脇に、小さな骸骨を発見して皆は息をのんだ。
「ありがとう」
ケンジは、ジーンとナルに向かって微笑んで、消えて行った。
「あれ?」
ふら、と体勢を崩した麻衣は滝川に支えられて我に返る。ケンジが逝ったことは分かっていたのか、しょんぼりとしていた。
「ケンジくん、お兄ちゃんにありがとうって伝えてって言ってた」
「俺たちのことか?」
「さんのことじゃないですやろか?」
たった今目の前でありがとうと言われた仲間内ではないだろうと、すぐに検討を付けられる。ジョンと滝川と、麻衣だけは俺を見ているけどそれ以外は知らないし名前を言われてもピンと来ないようでジョンが軽く説明をした。
「さんは前まで教会に居たお人で、ケンジくんがよお懐いてはったと聞いてますです」
僕はお手伝いに来た時に少しあう程度なのですが、とジョンが苦笑いをする。ナルとジーンにあまり深く知らせて欲しくはないので固唾をのんで見守る。
「さっきまで居てはったんですけど」
「麻衣っつーか、ケンジを見つけてくれたんだわ」
滝川も話に加わる。すると、麻衣はタナットを見つけた時の人物が俺だと気づいたらしい。
「そっか。ケンジくんの言葉伝えてあげなきゃ」
———ちゃんと聞いてたよ、ケンジ。
神父様に今日は帰ると告げると夜のミサも一緒にどうだと誘われる。本当は受けないけど、センター試験の勉強を理由に断って、渋谷サイキック・リサーチと関わらないようにした。
俺の写真も私物もここにはないし、おそらく深く追求してくる事は無いだろう。
July.2014