harujion

Mel

23
(滝川視点)

世間はクリスマス一色の今日、わいわい騒ごうと渋谷サイキック・リサーチにやってきた。皆考える事は同じなのか綾子や真砂子ちゃんなんかも居る。
ジョンまで来た時は驚いたが、やっぱし真面目な奴が遊びになんかくるわけがなく、依頼だった。
「折角のクリスマスだってのに」
ぼやけばナルちゃんが帰れとそっけなく突き放すが、兄貴の方がゆったりとそれを嗜める。まったく瓜二つの顔をしてこうも正反対な性格とは面白い双子である。足して二で割ってみれば丁度いいのかもしれん。

「やあ、ブラウンくん」
にこやかに出て来た東條神父が、今回の依頼人でありジョンの知人だ。教会の神父であり、外国人就労者の子供を預かったり、孤児をひきとったりなんかもしているらしい。
そして依頼内容ってのは、ケンジという少年の霊が出るのでなんとかしてほしいのだそうだ。
ケンジは、三十年程前にこの教会に居た子供で、ある冬から行方不明になっている。霊として出て来ることや三十年も経っていることから、亡くなっている事は明白だった。
ケンジは悪さをするわけではない。ただし、捉えようによっては、ちょっと厄介だ。なにせ、子供に憑依して隠れてしまうのだ。ケンジを見つけるのはどうも骨が折れる作業らしい。基本的には自分でひょっこり出て来たり、いつのまにか憑依がとけて、子供が自力で帰って来たりもする。しかし此処最近、憑依の頻度や長さが増えているらしいのだ。
もし万が一ってことがあっちゃたまらないってことで、今回ジョンに頼んだらしい。

今ケンジはタナットという子供に憑依しており、とりあえずジョンが落とすことにした。リンをお父さんだと思っているようで、べったりしている様子がとても面白くてみていたいが、タナットにもケンジにもよくないから引き止める事は出来ない。
ジョンが落としたが、その時にケンジは抵抗した。ポルターガイストに、教会中がぴしぴしと音をたて、微かに揺れる。
その後タナットから離れたと思ったが、なんと、麻衣に憑いてしまった。
リンににこにこすり寄る麻衣は大変子供らしくて可愛らしいが、不機嫌そうなリンと二人の組み合わせは変だった。いや、面白いがな。
しかし、こんなことは初めてらしい。ジョンいわく、いつも抵抗はせず、すぐに別の子供に憑く事は無い。よほど、リンが父親に似ていて離れたくなかったのだろう。

兄弟は東條神父に詳しい話を聞きに行き、リンと麻衣はそのままってことになった。まあ、隠れることよりお父さんに夢中だから大丈夫だと判断したんだろう。
ただしリンだけだと不安なので俺やジョンもなるべく傍に居る事になった。
子供ってのはまあ、よく興味が変わるもんで、ケンジは部屋の中で遊んでいたと思えば、今度はリンの手を引いてキッチンの方へ向かった。
喋れないらしいが笑い声はしっかり聞こえる。
リンの仏頂面が無ければなあ。
俺たちも中へ入った所で、一人の少年がこの部屋から出ようとしたらしく鉢あわせた。
深月さんも来とったんどすねえ」
「久しぶり」
少年と先に入ったジョンの位置が入れ替わったところで足を止め、軽く会話をした。他の子供らよりは幾分か成長しているが、おそらくこの教会の子だろうと思った。しかし、来てた、というジョンの言葉を考えると此処に住んでる訳じゃないようだ。
「俺はケンジの鬼役」
「鬼?」
深月さんはケンジくんを探すのがお上手なんですよって」
つい口を挟めばジョンが説明をしてくれた。どうやらこの少年はかくれんぼのスペシャリストのようだ。
今の所はリンが居ればケンジも隠れないだろうと言葉を添えるとそっけない答えが返って来る。マスクの所為で顔が見えないと言っても、全く愛想のない身振りと喋り方なので調子が狂う。小さいナルみたいだが、刺々しいわけじゃないのでまだ可愛い方だ。
少年は神父様の所へ行って来ると言うので、丁度今ナル達がいることを教える。
「外国人?」
ごもっともな反応。無表情のまま首を傾げた少年に、俺の言い方が悪かったなと訂正する。麻衣がそう呼び、それが酷くマッチしているから、納得してそう呼んでしまう。
「へんなの」
会ってすらいないのに渾名にケチをつけて来るとはとても素直な子だ。
「名付けたのはあすこのお嬢ちゃん」
麻衣に責任転嫁するが、さして興味がないのか一瞥して少年は去って行った。

暫くして、目を離した隙にリンがケンジに切れた。私は父親ではないからいい加減にしろと言ってしまったのだ。ショックを受けたケンジは、薄着のまま飛び出して行ってしまった。
丁度そのとき兄弟が戻って来た所だったので、事情を説明する。
「「大人げない」」
珍しく兄貴の方も呆れて口を開いた。リンはぐっと押し黙る。
「——は平気だったじゃないか」
「まあ、——はちょっと子供って感じは……」
ぶつぶつとリンに何かを言っていたが、今はケンジを探す事が先なので、皆に麻衣を探すように言った。外に行ってるとしたら、麻衣は上着も着ていないのできっと寒いだろう。
音はもう既に止んでしまったので、音を頼りに場所を見つける事は出来ない。子供を捜すなら子供ってことで、教会の子供たちに麻衣探しを手伝ってもらうことにした。ふと思い出した、ケンジの鬼役である少年が居ない。お前の仕事だろうがよ、と頭を掻いてジョンに声をかける。
「そういえば、おられまへんね」
「だよなあ、どこいっちまったんだ、この肝心な時に」
「でも音が聞こえてますから、もしかしたらどこかで探してくれてるんじゃないですやろか」
「だといいけどな」

ふと、子供たちは目線より低い位置しか探していないことに気づいた。高い所を探せと皆に言って、今度は外へ出る。さすがクリスマス、もう冬真っ盛りである。麻衣も災難だな。
外で、どこか登れるところは、と当たりを見回して、雑木林に入る。
どさ、という物音がして急いでそちらに行けば、麻衣が誰かの上にのしかかっていた。
「麻衣!」
「麻衣さん!!」
ジョンも後ろから来ていたため、倒れている影に近づく。
「おいおい、どうしたんだよ」
「受け止め損なった」
麻衣に手を貸して立ち上がらせている最中、少年はジョンが心配して様子を見ている。どちらも大きな怪我はないようだ。ジョンとさして変わらない身長で受け止めるってのは、いくら男とはいえその細身な体躯じゃ無理があると思うよおじさんは。
じゃあ、と去ろうとしている少年を引き止めようとしたところで、麻衣が逆方向へ走り出す。リンの姿が見えたらしい。麻衣の方に気をとられた一瞬の隙に少年はどっかに行ってしまった。

教会に戻り、無事にケンジが成仏したところで、麻衣がふらりと体勢を崩したので支える。

ケンジが最後に礼を言いたかった人物を、ジョンは恐らく先程の少年だろうと彼の名前を出した。
俺は一度ジョンがそう呼んでいるのを聞いていたから合点が行くが周りの誰も、顔を合わせていないらしい。
麻衣は最初にタナットを見つけていた少年が居たと言ってたので、一応顔は見ているようだが。

ジョンの説明によると、少年は近所の子って訳ではなくてこの教会に居た子供らしい。今は引き取られてるんだろうなと思いつつ深くつっこまなかった。しかし、教会に戻り少年のことを神父様に尋ねれば、センター試験を控えているので帰ったと言われてぎょっと身を引いた。
十八歳だったのか、あのなりで。いや、ジョンもこのなりで十九歳だ。世界にはいろんな人が居るんだ。見た目で判断しちゃ行けない。

そういや、ジョンもケンジや子供たちにはくん付けだったが、少年にはさん付けだったな。

「あの子にも、伝えておきます」

そう言って、東條神父は笑った。

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July.2014