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(安原視点)
学校で、変な事件ばかりが起こっていた。
異臭や小火、幽霊の目撃情報、犬の出現など、上げ出したらきりがない程の数。教師たちはまともな対応をとれていない。ただし騒ぎ自体は認めているため、学校界隈では有名な心霊調査団へ依頼をするまではしてくれた。しかしその依頼は断られたらしく、僕たちは肩を落とした。
生徒会長として、一被害者として、僕は署名を準備した。朝から学校を出るまでだけで多数の名前を集めることができ、それを持ち渋谷の道玄坂にある事務所を訪ねた。そこに居たのはどう見ても僕と同い年くらいの少年少女。少年の方は酷く美しい顔立ちをしていて、彼が所長だと聞き更に驚いた。
なんとか依頼を受けてくれないかと嘆願すると、受けてもらえることになった。
翌日から来てくれると言うので、短縮授業にも関わらず僕はすぐに帰宅はせずに居た。
「あの、東條さん」
僕はひとつ不安に思った事があり、クラスメイトの東條さんに声を掛けた。普通の同級生の男子生徒であれば呼び捨てや、君付けで呼ぶのだが、東條さんに至ってはそうやすやすと呼べない。
偉そうな態度で咎めて来る訳ではないのだが、実際にある意味偉い人なので僕らは敬遠しがちだった。
「ん」
授業が終わるなりマスクを付けて顔の半分を隠した東條さんは、くぐもった声で返事をしてほんの少しだけ首を傾げた。
「今日来る方々のこと、知ってるかな?」
「知ってるよ。松山先生が対応をされているようだから、自分が代わって来るつもりだけど」
視線をゆっくりと外して、言葉を止めた。
「それ、僕が代わってもいいかな?」
「———ああ、署名を集めていたんだっけ……好きにすると良い」
東條さんはそう言うと、あっさりと背を向けて教室を出て行ってしまった。おそらく放課後の見回りをするのだろう。彼は風紀委員長を引退したことにはなっているが、今も委員会のまとめや風紀の取締活動は行っているから。
それにしても、教員と東條さんには内緒の署名集めはどうやらバレていたらしい。風紀委員が報告してしまったのだろうか。
しかし東條さんは僕たちの企みを見逃してくれた。松山よりは話の分かる人のようだ。
三年になって一年間同じクラスでありながらも彼とまともにやり取りをした事は無い。目立つ人なので噂話は多く入って来る為、話した事がないのに彼を知っているような気になってしまう。
僕はそう安易に噂だけで人を評価はしないのだけど、彼には近づかない方が良いと判断している。何せ、松山に一番近い人なのだ。それだけで、彼を避けるのには充分値する。
松山に言い訳をして、渋谷さんたちと合流した。
僕たち学校側が頼んだと言うのに、調査員の方に対する松山の態度は最悪で、心の底から彼らに謝罪したいくらいだ。
今は耐えてもらうしかないな、と思ったが、松山は渋谷さんに負けて憤慨しながら出て行ってしまった。上手だなあ、と関心する。
「豚に説教しても意味が無い」
表情こそかわらなかったが、この一言でおそらく腹を立てていたのだろうということは察した。
それから渋谷さんには関係者を集めるように頼まれたので、僕は会議室を出て、該当者を集めた。学校側からは余計な事を言うなと言われており、放課後遅くまで残らせることもできないので人数は限られて来るが、各々なんとか上手くやってくれているようだった。
東條さんは見回りをしていると聞くが姿を見なかったし、生徒達も見ては居ないそうなのでほっと胸を撫で下ろす。彼は完璧な教師側という訳ではないが、生徒と共に不安を感じて協力するという意志が全く見えないため扱いに困る。おそらく中立の立場で黙認しているのだと思う。
夜になると長身の男性と、気の強そうな女性、それから渋谷さんにそっくり瓜二つの少年が合流した。一瞬トッペルゲンガーかと思ったが、どうやら彼は双子のお兄さんらしい。
泊まりの作業に付き合おうと進言すると一度は渋谷さんに止められたけれど、少しでも手伝いたいと思いねじ込めば許してくれた。そして、さっそくの力仕事である。
夜の校舎を谷山さんと歩きながら、最近の霊能者はこんな機材を用意するのかと驚いたことを話す。
「うちは特別なんです」
谷山さんは苦笑いをした。僕の勝手な想像をつげると、渋谷さんは霊能者ではないのだと教えてくれた。
「本人はそう言ってます。ゴーストハンターなんですって」
「あ、知ってる、それ」
「めずらしい……、普通知らないですよ、そんなの」
谷山さんがきょとんとしたので、坂内という一年生が居た事を教える。
彼は入学早々の進路調査でそう書いた。冗談のつもりだったのだろうけど、教師陣に目をつけられるのは早かった。松山なんか相当彼をいびっていたというし、東條さんの呼び出しも一度や二度ではなかった。
「仲良良いんですか?」
「いや、噂だよ。夏に退学になったから有名かもね」
「ナルホド……って、退学ぅ!?」
谷山さんが大きな声を出した。
松山に目を付けられている生徒なんてごまんといたし、東條さんの呼び出しだって毎日放送されていたのだから僕たちの中では日常だった。けれど退学になった生徒は始めてだったし、噂ではただの退学ではなく、東條さんが退学させたという内容だったから、東條さんの伝説のようなものに拍車がかかった。
「ええ〜、そんな怖い生徒が居るんですか?」
「うん、っていっても、松山みたいに頭ごなしに言うんじゃなくて、正論なので、……怖い先生みたいな」
「じゃあ松山はなんになるんですか?」
「渋谷さんの言葉を借りて言うなら、『豚』ですかね」
にっこりと笑って言えば、谷山さんの顔が引きつった。冗談ですよと笑っても、あまり意味が無かったようだ。
「でも、そっか……こういうのに興味のある子だったのか……」
谷山さんはとても良い人なのだろう。見た事も無い坂内に対しても、こんな風に残念に思ってくれている。
「渋谷さんたちには会いたかっただろうけれど、結構酷い扱いを受けていたと聞くし……退学は正解だったかもね」
何も全てが悪い方に向かったと言う訳ではないのだと、彼女に言い聞かせれば、素直に頷いて気を取り直した。
次の日からは色々と大変だった。心霊調査の面々が来たと聞き好奇心旺盛な生徒たちが機材やら調査員やらに詰め寄るのだ。僕が通りかかったときも人だかりが出来ており、谷山さんがつかまっている。困ったように笑っているのを見て声をかけようとしたけど、ぴしゃりと冷や水のような声がかかる。
「騒がしい」
少しマスクを浮かせて、はっきりと声をだした東條さんだ。
ざわめきが一瞬で止んで、生徒たちはおそるおそる東條さんの次の言葉を待つ。
谷山さんはぽかんとしてしまっていた。
「大事なご来賓の方に詰め寄るとは何事ですか。君たちが口を開いて良いのは挨拶をする時と、来賓の方々に尋ねられた時だけです」
「す、すみません」
「調査をしてもらいたいのでしょう、その仕事を邪魔するなんて何を考えているのかな」
ひんやりとした声に、谷山さんが怯えたように僕を見た。僕は苦笑いしか返せない。東條さんのお説教は静かで、正しい事を言っている割には優しくはないのだ。
何も言えなくなってしまった生徒にため息を零して教室に戻れと促せば、廊下を走り逃げる。その後姿にまた「廊下を走らない」と言い放ち、生徒たちはつんのめりながら走るのを止めてなるべく静かに早歩きでその場を去った。
「お見事」
「安原が居るなら言わないで良かったかな」
冗談で言っているのかわからないが、東條さんは僕に気づくと肩をすくめて目を伏せた。そして谷山さんに一瞥もくれずに去って行った。
「え、今のが東條さん?あの?」
「はい、あの、東條さんです。谷山さんラッキーですね、早速会えました」
「全然ラッキーって感じしないよ!」
昼過ぎになると霊能者の原さんと、エクソシストのブラウンさんが合流した。霊の存在がうすぼんやりとしか分からないという原さんに全員がどんよりと肩を落とした。渋谷兄弟とリンさんは表情を変えていないけれど、ため息をこっそりと吐いて、目で会話している。その内容は僕には推測できない。
授業はすっかり終えているので、僕は渋谷さんとリンさんと一緒に不透明な場所の調査へ向かった。留守番には二名残るらしい。
「麻衣」
「はいっ」
会議室を出る前に、渋谷さんが冷たく谷山さんを見た。元気よく返事をしたけれど、「さぼって寝るなよ」という言葉に肩をがっくりと落とした。
July.2014