harujion

Mel

25
(ジーン視点)

緑陵高校と言う千葉県の進学校に、僕たちは調査に来ていた。
麻衣とぼーさんとナルが先に行って、その後機材を持って僕とリンが松崎さんを拾ってから現場へ行く。皆が機材を運び入れている時、明日霊視をするようにナルにひっそりと言われ、頷く。
次の日になり原さんやジョンがやって来て、別れて調査を行う際にナルは僕と麻衣をベースに残した。つまり、麻衣にもやらせろという事なのだと思う。

僕が霊媒であることを知るのは、原さんだけ。麻衣には指導を行っているけど、多分自分の見ている夢だと思っている。
校舎の中を視ると、鬼火が沢山うごめいている。食い合って、強くなり、悪さする。
なにか悪いものだということは分かるけれど、目的は僕にも分からない。ただ、この学校は危険だということはひしひしと伝わって来た。
鬼火が移動したことや、小火が放送室で起こるかもしれない事は麻衣が皆に知らせた。ナルも麻衣の力は分かっているし、僕が何も言わないので信用して放送室にカメラを設置した。そして明け方、本当に放送室で火が出た。
お見事、とぼーさんが麻衣を褒めるけど、まだ自分の力を信じていない麻衣は困ったような顔をしている。

「っもー、なんなのナルは……」
「あのときは僕もいなくて、人手が足りなかったんだ。ごめんね」
「あーいや、リンさんに怪我をさせちゃったのは事実だしさ……あたしが言いたいのはそう言うことじゃなくて」
カメラに保険がかかっていることよりも、データを優先したことを怒っているらしい麻衣は廊下を歩きながら拗ねたように口を尖らせた。

渡り廊下にさしかかった時、僕と麻衣は残念な事に松山先生につかまってしまった。僕はなるべく口を開かず、麻衣もあまり余計な事は言わずに、けれどちくちく反論していた。
「幽霊だなんだとくだらないことにかぶれたあげく、学校をさぼって!馬鹿な迷信に振り回される奴がどういう末路を辿るか教えてやろうか?」
「どういう末路をたどるんですか……?」
麻衣は、微かに声を震わせて松山先生に聞き返した。
「ウチの学校にもいたんだよ。オカルトにかぶれて悲惨な末路をたどったやつが」
「それは、坂内くんのことでしょうか?」
知らない名前に、僕は内心首を傾げる。自分もああならないように気をつけるんだな、と得意げに下卑た笑みを浮かべて僕たちを見下ろす松山先生。
「つまり、先生は坂内くんが退学になったのが残念ではないんですね」
「ああそうだ。つまらない事にかぶれたから勉強について行けなくなって学校を辞めた」
坂内くんはどうやら退学になった生徒らしい。
麻衣は安原さんからその話を聞いていたのか、彼を擁護している。オカルト好きだったようで、麻衣はきっと僕たちと会わせたら喜んだだろうにと思っているに違いない。
「松山先生」
麻衣の肩を引こうとしたところで、後ろから誰かが松山先生を呼び止めた。
「なんだ、東條」
「いえ、揉め事に見えまして」
僕よりも頭一つ分くらい背の低い少年が、僕と麻衣を追い抜いて松山先生に向き合った。マスクをしていたので顔ははっきりと見えず、彼の手がゴム手袋を嵌めていることに気づいた。何故、ゴム手袋をしているのだろう。
「このペテン師集団に、事件が解決しないなら帰るように勧めていただけだ」
僕の純粋な疑問とは裏腹に、松山先生の言葉に麻衣がまた腹を立てそうになるのを、苦笑いで止める。
「そうですね、こんなところで無駄な時間を過ごしているようですし」
少年は冷ややかな声で、ゆったりと喋った。
彼の細い黒髪が日を浴びてキラキラ光っている。この後ろ姿に、何故か既視感を覚えるけれど、何処で見たのだか思い出せなかった。
そのとき、間近の教室から激しい物音と、大勢の人間が上げる悲鳴が聞こえた。渡り廊下を渡ってすぐの美術室に、僕と麻衣よりも先に少年が飛び込む。僕たちは彼の後ろを、松山先生は最後を追って来た。
「どうしました」
勢いよくドアを開ける彼の隙間から、教室内を見渡す。教室中にはうっすらと白いガラスの破片。生徒達は総立ちだが、何人かはうずくまっている。
少年は教室に踏み込み、まず生徒たちの方へ行き容態を確認した。
松山先生は荒々しくどうしたんだと、生徒に聞いて、教団に座り込んだ教師に聞いた。そんなの見れば分かる。蛍光灯が落ちたのだ。
「怪我の無い者は、怪我のある者に手を貸して。酷くて動けない生徒はいますか?目に入ったりした生徒はすぐに手を挙げなさい」
誰よりも冷静に、少年はぐるりと美術室を見渡して指示をする。
生徒たちに大きな怪我もなく、目に入ったような人物はいないらしい。困ったように少年を見ていた。
「後片付けはこちらでやるので、今すぐ全員教室へ行き待機。風紀委員と保健委員は怪我が無いようだったら救急箱をとりに保険室へ行き、養護教諭も連れて行ってください。」
顔見知りなのだろう、一人の少女はこくんと頷いて美術室を出て行った。それから、美術の担当をしていた先生と松山先生に事後承諾をとり、生徒たちに行動を促した。
「これは貴方たちの管轄ですよね?お任せしても?」
くるり、とこちらを見た目線はまっすぐ僕たちを見ていた。ふと、彼の目元がメルに似ている気がする事に気づいた。けれどメルはもう少し子供だし、彼はとても流暢な日本語を喋っているからすぐに似ているだけだと片付ける。
「うん」
僕が頷くと、彼は会釈して美術室を出て行った。
そのときの後ろ姿が、また何かと被った。病院に、僕をおいて行ったあの背中にそっくりだった。
「東條さんすっごいなあ……」
誰もいなくなった美術室で、麻衣がぽつりと呟いた。
「東條さん?」
「ん。一回生徒たち追い払ってくれたんだけど……良い人なのかそうじゃないのか分かんないんだよねえ」
野生の感のようにそういうのを嗅ぎ分ける麻衣でも、彼に対する印象ははっきりしないらしい。
「坂内君ってね、生徒が居たんだけど……ゴーストハンターになりたかったんだって」
「へえ」
ナルたちを呼びに行きがてら、麻衣は坂内くんについて話してくれた。
「もともと目をつけられてたらしいんだけど、勉強について行けなくて、もっと浮いてて。東條さんが退学させたって噂があるの」
「!……でも彼、生徒だよね。一生徒にそんな権限」
「だから、自主退学を勧めたとかなんとか……あたしも詳しくは分からないんだけどさ。とにかく東條さんは怖いっていう噂なんだよねえ」
麻衣はぽりぽりと頬を掻いて自信無さそうに笑った。
それから、全員で美術室へ行き様子を見る。除霊をしたジョンが謝るが、これは仕方の無い事だったし、誰も下の地学室の霊が上の美術室へ逃げるとは思わなかっただろうと麻衣は慰めた。
食い合って、霊たちは確実に強くなっている。それが酷く危険な状態であり、この先もっと色々な事が起きることを示唆していた。
その後また二年四組の教室で大きな犬が現れ、重傷者一名、軽傷者六名出ており、ナルは異常事態だと宣言した。
「あの……たいへんでしたね」
ベースでの会議中に、安原さんが顔を出し、苦笑した。
「安原少年、耳が早いな」
「もう学校中の人間が知ってます。救急車来てたし……運ばれたのはクラスメイトだったので」
「え?二年生の教室じゃないの?」
おそらく重傷者が運ばれたのだろうが、大きな犬が現れたのは二年生の教室であり、三年生の安原さんのクラスメイトが運ばれたと聞き麻衣がきょとんと首を傾げる。
「東條さんです。校内を歩いていたところに犬の出現した教室にもさしかかって……」
「ええ!?……大丈夫なんですか?」
「噂では腕を引っ掻かれたらしいです……。命に別状は無いと思いますが、僕にはなんとも」
安原さんは噂で聞いただけのようで、東條さんの様子は知らないらしい。
「とんだ災難だな、その少年は」
「東條さんって、どんな子?」
ぼーさんが憐憫の感想を零したので僕はそのまま東條さんについて尋ねることにした。今関係あるのかとナルがこちらを見ているけどあとで説明しようと弁解はせず、安原さんを見つめた。
「東條さんは、うちの元風紀委員長です。松山の犬なんて言われてる人で、風紀の取締を行っています。ただ、松山のように頭ごなしに人を管理するわけではないのですが、取締は厳しく、彼のお説教は正論なので、まあ生徒たちに恐れられています」
「でも、それだけじゃない」
「あ、谷山さんから聞きました?」
東條さんが恐れられているのはそれだけではないのだろうと僕が口を出すと、安原さんはくすりと笑った。
「東條さん、ある意味先生より強いんですよね」
「どーいうこっちゃ」
「ゴム手袋、してるでしょ?あれ入学早々あのスタイルで、潔癖性だと本人は言ったそうなんですが、そんなの許してくれる学校ではないんですよ。それを許される人だってことは確かです。なんでも、認めてくれないなら学校を辞めるとまで言ったそうで、先生たちは入試トップの優秀な生徒を引き止めるのに躍起になっていたという噂ですよ」
東條さんの武勇伝という武勇伝をいくつか聞き、最後に出て来たのは坂内のくんの話だった。
「オカルト好きの一年生だったんですが、松山には格好のいじめ相手でして。東條さんも目をつけていたようで頻繁に呼び出しをしていました。そして夏休みがあけてすぐ、東條さんが坂内を退学させたという噂が広まりました。普通、一年の夏休みに退学なんてありえませんから、多分本当に東條さんの計らいだと思います」
安原さんの発言に、始めて噂を聞く人々は目を丸めた。リンとナルは話を聞いているのか聞いていないのか分からないけど。
「麻衣、その東條さんって奴見たんだろ?どんな奴だったよ」
「え?いやー……マスクしてたくらいで変わったところは無かったけど」
「東條さんゴム手袋とマスクしてるから一見怪しいけどそれ以外は普通で、体躯も小柄なのでそんなに怖くはないんですよ」
「マスクってずっとしてんのか?」
ぼーさんと麻衣と安原さんが東條さんの話を広げてくれるので僕は口を出さずに情報を聞いた。
「授業中や集会中なんかは付けていないんですが、二年生の頃くらいからずっとマスク付けていますよ。これも潔癖性故と言われてますが」
「あやしい奴ねえ。どんな顔してんのよ」
松崎さんが顔をしかめる。
「どんなと言っても、別に普通の人ですよ。あ、でもちょっと日本人離れした顔してますかね。鼻がすっとしてて、色も白いですし」
「それで、東條さんはこの事件に関係がありそうなんですか?」
ふいにナルが口を挟む。話を振ったのは僕なので、安原さんがこちらに目配せをする。
「ちょっと気になったことがあってね」
ナルと安原さんにそう告げると、ナルはため息をついた。
「あでも、坂内のことなんですが……」
安原さんはこっくりさんのルートをたどったと、僕たちに報告をした。どうやら一年生からというのと、美術部からという二つのルートがあるようで、坂内君は一年生の美術部だったらしい。丁度怪談が増え始めたのも、変な事が起こり始めたのも、坂内くんの退学時期以降なので、関係があるかわからないが、一応報告をということだった。
「わからないな……。意味があるのか、ないのか……」
ナルは呟いて、指で机を軽く叩いた。
しかしその時期がマッチしていて、降霊術をしていようと、それだけでこんなに事態が大きくなる可能性は低い。霊が食い合うというのは余程のことなのだ。
その考えをナルが口にすると、安原さんはまたおずおずと口を開き、立地のことを教えてくれた。
事情の半分は納得が行ったが、どうしてこんなに簡単に霊を呼び集められたのかは分からなかった。
「坂内くんに話を聞く事はできないんですか?」
「今日、ちょっと訪ねてみようと思います」
ナルの問いかけに、安原さんは薄く笑った。

「東條さんにも、会いたいのだけど……今は病院かな」
「どうだろう、多分一度学校に戻って来るとは思いますが……ちょっと見てきますね」
「ありがとう」
僕はどうしても東條さんがもう一度見たくて安原さんに頼んだ。

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July.2014