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(ナル視点)
「どうしてそんなに東條さんにこだわるんだ」
ジーンが気にしている生徒は、目立つと噂の生徒といえど問題があるようには思えない。ただで気にかけるような奴ではないので安原さんがベースを出た後、ジーンに問う。
「彼の背中に既視感を覚えた、それだけだよ」
「まさか」
事故に遭った時にジーンを助けた人物を、僕たちは後ろ姿しか知らない。肉眼で見たのはジーンだけ。僕はサイコメトリで見ただけだ。
確かに小柄な高校生から大学生の男性というくくりには入っている。
目を見張ると、ジーンはこくりと頷いた。
「おいおい、何のこっちゃ」
ぼーさんがさっぱり分からないと言った顔で、僕たちのやり取りに口を挟む。
「僕は数年前、交通事故に遭った」
知られて困る事ではないため、ジーンが説明をした。
「その時に僕を病院まで連れて行ったくれた人の行方を探しているんだ」
「お礼がしたいわけ?」
松崎さんの問いに、ジーンはそれもあるけど、と口ごもる。
「弟の……ショールをその時に失くしてしまって」
「ナルのショール?」
「ううん、もう一人弟がいるんだ。僕たちの四つ下」
「へえ〜」
皆が納得したように頷き、ジーンはそれを見て続きを喋る。
「あの子が大事にしていた物だから、見つけたいんだけど……病院にも現場にもなくて。目撃者の彼なら知っているかなって」
憂いを帯びた表情で項垂れる。
そんなところに、安原さんがベースへ戻って来た。
「あのーよろしいですか?東條さん戻ってたので来てもらったんですが」
「!」
ベースの中に緊張が走る。
安原さんに続いて会議室に入って来たのは、ジョンより少し低いくらいの身長をした少年だ。右腕に包帯を巻いている。
「お呼び立て頂いたようで」
ひんやりとした声色が部屋の中を漂って全員の耳に入る。
目元がメルによく似ていて、背格好は、サイコメトリで見た彼と酷似していた。
きっちりと制服を着こなし、ゴム手袋とマスクをしている少年。誰も噂など信じなそうな、華奢な体つきだった。
「さん?」
「あ!お前さん……」
「あれ、お二人とも東條さんのことご存知だったんですか?」
安原さんは反応を示したジョンとボーさんに首を傾げる。
彼のフルネームは東條。クリスマスに行った教会に居た東條神父の養子の少年だった。
「さんお怪我の具合はどうどすか?」
「出血の割に対した事ないよ。少し縫ったけど」
東條さんは包帯を巻いた手を軽く挙げて、目元を少しだけ和らげた。
一応犬が現れたときの話を聞いたが、他の生徒と同様の事しかわからない。それよりも、一番気になっていたことを問うことにした。この顔に見覚えは無いかと。
「さあ?」
表情を変えずに、こてんと首を傾げる。
嘘をついているのかついていないのか、どういう意味でさあと言っているのか、分かりづらい。顔の半分が隠れているから尚更だ。
しかし時期と場所、事故の事を伝えると、あっさりと彼は自分だと認めた。
「それがどうか?」
「あのときは助けてくれてありがとう」
「いいえ」
そっと目を瞑って首を振り、それだけかと僕たちに尋ねる。
ショールを見ていないかと問えば、見たような見てないようなとうろ覚えの答えをした。当然、怪我人と加害者にてんやわんやになっていたのだから、ショールの事など目に入らないだろうから期待してなかったが。
「どうやって僕を病院へ?」
「加害者の車に同乗して運びました」
「二度轢いて殺そうとした加害者でしたが」
東條さんの質問の答えには嘘は見られないし、変わった事は無い。
ジーンの息の根を止めようとしていた加害者が病院へ運ぶというのもおかしいので、そこをつくが、彼はものともせずにけろっと言って退けた。
「殺すよりも罰を受けた方が後々生きやすいと気づいたんでしょう」
知らぬ存ぜぬで通す彼に、これ以上の問いかけは無駄だろうか。
「東條さん、あなたはPKを持っているのでは?」
「知りませんね」
PKのことを言っているのか、持っている事に関して言っているのかも分かりづらい。
この会話のし辛さはメルに似ている。
日本語が驚く程流暢で、安原さん曰く学年トップを維持し続けている彼はメルとは考えづらいが、性格が似すぎだ。
メルの手がかりのショールも知らない。また、メルに似ているがメルと断定するものが何一つない。
僕たちは十歳までのメルしか知らない。今ではもう十三歳になっており、成長している筈だ。顔を半分隠している為少し似ている程度にしか判断ができない。これも、彼の狙いなのだとしたら厄介だ。僕たちに正体を明かす気はないと言う事か。
「坂内くんのことはご存知ですか?」
「ああ、何度か生活指導を行った事がありますよ」
一度話を変える為に、ため息を吐いてから坂内くんのことを尋ねる。
「では、彼が退学した理由はご存知ですか?」
「校風に馴染めず、と聞いています」
「それは誰から聞いた話ですか?」
「本人から」
「なぜあなたが本人から?」
「退学を勧めたのは、自分だからです」
ひんやりとした空気がベースを包む。安原さんも顔を強ばらせ、麻衣やぼーさんも青い顔をしている。
噂通り、という訳だろうか。
「失礼ですが、東條さんは日本人ですか?」
「戸籍上は日本人ですが……みなしごなので親の血筋は存じ上げておりません」
酷く丁寧な言葉遣いで、ジーンの問いに答えた。
「その髪の毛は、地毛?」
「そう見えませんか?少なくとも鬘ではありません」
揚げ足を取り、冗談に聞こえない抑揚で喋る。ゴム手袋のはめられた真っ白な指先で、ついっと前髪をもてあそんだ。
「そう言う事を聞いてるんじゃない」
僕が思わず口を挟むと、ジーンがくすりと笑う。
「すみませんが、これから人と会う約束をしているので、失礼しますね」
唐突に、彼はゴム手袋の上から嵌めている腕時計をちらりと見て、引き止める声も聞かずにベースを後にした。
「相変わらず手強いなあ、東條さん」
「お、越後屋でも駄目かい?」
「彼はお代官様ですから」
ぼーさんと安原さんの軽いコントを聞き流し、ジーンを見る。
「日本語なのに、メルみたい」
「ああ」
僕とジーンは声を潜めて会話して、東條さんが去った方を見つめた。
メルが日本語を喋るなら、こんな感じだったのだろうか。
July.2014