29
「これは?」
「全校生徒、および職員の名簿」
三人を第三教室へつれこみ、名簿のファイルとどさりとテーブルの上に出した。
「なぜ?」
ナルとジーンが俺をじっと見つめる。
「ヒトガタを作ると思ったんだけどな……違った?」
「……それも、坂内くんが言った事ですか?」
ナルが少し考えてから、名簿のファイルを受け取りながら口を開く。
「半分はそう」
「もう半分は?」
ゆったりとジーンが笑みを携えて聞き返すので、俺の発想、と答えた。
「本当は作ってあげた方が良いかと思ったんだけど、素人が作って効くのか分からなくて」
俺が作るよりもリンが作った方が確実だろうと思い手は出さなかった。
「呪詛返しの際、坂内を同席させてもいい?」
「見せ物ではないんだがな」
「でも、戒めになる」
俺の言葉に、ナルは片眉をぴくりと上げる。
自分の所為であるということはしっかりと覚えさせる必要があるのだ。知らなかったとはいえ殺人に手を貸した生徒もそうだが、坂内は知っていて始めたのだから。
「わかった。邪魔はしないように」
「しないよ。俺たちよりも、谷山さんだっけ?あの子の方が邪魔をしてきそうだけど」
見ていた様子では、麻衣はおそらくナルにも啖呵切れるタイプの女の子だ。ジーンよりも口うるさいだろう。
麻衣の存在を思い出したのか、ナルが顔をしかめる。
「出来る限りの事はするくらい言ってあげれば良いのに」
ジーンが困ったように笑って口を挟む。
「成功するかは分からないんだ」
「成功しなくても、責められるのは貴方たちではない」
「ぬか喜びさせるだけだ」
「それでも。一度でも貴方たちを責めてしまっていたら、彼女は後悔するでしょ」
目を伏せて、素直な女の子の事を思う。
車に乗り込みながら、俺を見下ろして、ナルは溜め息を、ジーンは苦笑を漏らした。
「明日、言っておけ」
「え、僕が?」
「麻衣のお守りはお前の役目だ」
そしてナルはジーンにそう言って、奥に座ってしまった。
ジーンは何故か御礼を言ってドアをしめ、車が発進した後麻衣がやってきた。
「ナルは?」
「渋谷さんたちなら行ったけど」
「どこに行くって!?」
必死の形相で聞かれて、答える気もなければ答えを知らない。俺の様子にがっくりと肩を落とした麻衣は、電話をしに行こうと走り出すので止める。
「邪魔しないで」
「それはこっちの台詞だい!」
余裕がないのか素のまま麻衣は喋る。ちょっと怒ってるみたいだ。まあ、当然か。
「どうして生徒に呪いを返してなんて言ったの!?東條さんは」
「その方が死亡率が低いから」
麻衣はキッと俺を睨んだ。恨んでますって顔をしている。
「このまま噛み付きに行ったら、多分後で後悔すると思う」
「何もしなくっても絶対後悔するもん!」
ばっと腕を離され、麻衣は走って行ってしまった。
どうせナルたちに連絡はつかないだろうと思って、俺はまず校長に学校を休校にしてもらえるように頼みに行った。
松山がこちらについてくれたので、承認もあっさりできた。ナルから休校にする役目を引き受けたのでこれで、俺のミッションはクリアだ。
坂内にも連絡を入れたし、今日のところは帰ろう。
「東條さん」
その時、可愛らしい声に名を呼ばれて足を止める。和服姿の少女が居た。名前は確か、真砂子だ。
「麻衣さんを見かけませんでした?」
「さっき走ってどこかへ行ったのは見たけど」
「まあ」
「でももう帰って来てるんじゃないかな、校長室へ行く前に会ったし」
「校長室?」
「明日休校にしてきたから」
しずしずと歩く彼女に俺の方から近づいた方が早いので足を進める。
ナルに言われて学校を休みにしてきたのだと言うと、なんだか複雑そうな顔をしている。まさか俺の権力だと思っているんじゃなかろうな。言いくるめた節はあったけど、松山が力を貸してくれたのだと一言そえれば、納得したような顔をした。
一度寝泊まりしている宿直室へ真砂子とともに行くが、やっぱり麻衣は戻っていない。
皆で一度外に出て、麻衣の姿を探すがやはり見つからなかった。
「あの子、身を守る術は?」
「退魔法は教えたが、あんなのは気休め程度で……」
その気休め程度でなんとか頑張ろうとするタイプに違いない。滝川の言葉を全て聞かずに校舎に向かった。表玄関が開いていたので中に入り、危険だと言われている場所で一番近い印刷室へ行けば、廊下にどろりと血が流れ出ていた。
ドアを勢い良く開けると案の定麻衣が狼狽えており、血みどろだ。駆け寄って、彼女を掴み、とにかく校舎の外へ出る為に瞬間移動をした。人と一緒に移動するのはいつも以上に力が居るし、縫った腕が痛む。傷口が開いただろうか。
抱きかかえたまま、膝をついて肩で息をしながら痛みに耐える。ここまでくればあれがすぐに襲ってくる事は無いだろう。麻衣ははっとして、俺の顔を覗き込む。
「東條さん!?え、外?あれ?」
麻衣を抱きかかえてべったりと制服が血に塗れただけではなく、万全の体調では無かった所為で腕が酷く痛む。
「麻衣!少年!」
ずるりと俺の膝から降りて、校庭に尻餅をついたまま俺の様子を見る麻衣。
その時かけ寄ってきたのは滝川で、後ろから他の皆も来るのが見える。おそらく窓から俺達が外に居るのが見えたのだろう。
「印刷室、見て来て」
腕を押さえて痛みに耐えながら絞り出すと、滝川が校舎内に入って行く。ジョンもそれに続いて、残ったのは真砂子と、女性一人。相変わらず彼女の名前は知らなかったけど麻衣が小さく綾子と呟いたのでようやく理解した。
「どうしたのよあんた達血まみれじゃない……」
困惑した声が降り注ぐ。真砂子は麻衣に手を貸して立たせ、俺は自力で立ち上がり息を整えた。
それから、滝川とジョンはすぐに戻って来た。おそらく沈静化は出来たのだろう。
「この……馬鹿っ!!」
大の大人の怒鳴り声に、麻衣はびくりと肩を震わせる。
「お前程度の退魔法で太刀打ちできる相手か!そんなに死にたいのか、大馬鹿者が!!」
まるでお父さんだ。
心配して本気で怒ってくれている。
「もういいわよ。よかった、逃げられて」
綾子が優しくお母さんのように麻衣を撫でるので、麻衣はぽろぽろと泣き出した。
「少年も、あんがとな、麻衣つれて逃げてくれて」
滝川にはぽんぽんと頭を撫でられ、労われた。
そのまま滝川の車で綾子の家に連れて行かれ、麻衣の次にシャワーを借りる。腕の包帯だけは濡らさないように身体を洗い流した。まるでホラー映画のようだと思ったけれど映画ではなくこれは本物のホラーだったことを思い出す。俺は幽霊に、池に引きずり込まれた経験があるが、あのときも随分怖かった。
俺の制服はもう使い物にならないので綾子の服を借りる事になり、シンプルなシャツを着ていた。麻衣とジョンの中間の身長なので実際綾子より背が低いのだ。
「お、良かったなあ小さくて」
「馬鹿にしてる?言っておくけど俺はまだ成長途中だからもっと大きくなるからね」
滝川がにっこり茶化すので言い返す。十八歳だろうがと全員思っているだろうけど、肉体は十三歳で、日本人の十三歳に比べれば俺は大きい方だ。
「だってよ、ジョン、お前はまだ大きくなれる」
「ホンマですか?」
「ジョンはもう伸びないんじゃない」
「ええ!?」
十九歳でその身長ではもう駄目だろう。
「お前ら一歳差だろーが!」
意識せずコントを繰り広げてしまい、女性陣がクスクスと笑っていた。
いつの間にか眠っていたらしく、目を覚ました俺はジョンの肩に頭を預けていたらしく、起きるなり至近距離で目が合う。
「おはようさんどす」
「はよ」
短時間の質が悪い睡眠なので、いい気分ではないけれど、それを彼らに見せても仕方の無い事なので比較的静かに不快感を噛み砕いた。
滝川の車に乗り込み途中のコンビニで朝食を買い学校付近で俺は一度おろしてもらう。
家に帰ると言ったが、本当は坂内と待ち合わせをするからだ。
見てかんのか、と問われたけど、見せてくれないと思うなと返せば彼らはぐっと押し黙り俺を見送ってくれた。
リンとジーンは会議室、俺と坂内はナルと一緒に体育館だ。ジーンも麻衣たちに会ってから体育館に来ると言っている。
坂内はナルに会うなり深々と頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けします」
「いえ」
充分坂内が苦しんだことを分かってくれているのか、責める事はなかった。
すぐ後にジーンが体育館へやって来て、時計を見て始まるよと教えてくれる。そして呪詛返しは始まり体育館には目に見えるくらい禍々しい何かがやってきて、人形に襲いかかった。
人形が傷つく音が頭に響く。これは坂内の頭にはもっともっと響いているだろう。どのくらいそうしていたか分からないけれど、ふいに音が止んだ。そして、ナルとジーンは立ち上がり人型の様子を見て終わったのかと呟いた。
「坂内」
呪詛返し中ずっと握られていた手が、名前を呼んだ事によりぴくりと動いた。それから、はっとして、俺の顔を見る。
終わったんですねと声を絞り出して、くしゃりと顔を歪めた。
「ん。大丈夫」
俺の肩に縋り付いて、静かに静かに安堵の涙を流し続けた。途中で調査員たちがやって来て俺たちの様子に気づく。坂内と共に彼らに一度頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
坂内は、俺まで謝らせたともう一度俺に謝ったけど、大丈夫だと応えて、肩を抱いて体育館から出た。
July.2014