30
ある日、渋谷道玄坂にある渋谷サイキックリサーチに連れて行かれた俺は、慰労会なるものに強制的に参加させられていた。ジーンだけは居るが、ナルとリンは引っ込んでいるらしい。
「今回の頑張ったで賞は麻衣かな、やっぱり」
滝川の後に続き綾子が無謀でしたで賞の間違いよと笑うが、先ほど紹介されたタカと千秋は冷たい声で麻衣を叱った。
最終的には安原まで口を開く。
「話を聞いて寿命が縮みました。あんなことするとわかってたら、鎖でつないでおいたのに」
「あたしは犬か?」
「ほんと。誰かがいつも手綱を引くべきだよ」
麻衣の突っ込みにかぶせて俺も口添えをすると、皆が笑う。
「そういや、一番頑張ったのは東條少年か」
「そーねえ、夜の学校から麻衣を救い出してくれたり、坂内くんの自殺を止めたり、ヒーローじゃない」
「おまけに松山にも釘刺しちゃいましたからね〜。いやあ、痺れます」
ぱちぱち、と安原と滝川が茶化すが、俺は苦笑いを零すしかない。
「ん、でも、坂内が呪いを始めたのは俺が原因だから」
え!?とそこに居た皆が目をむいて俺を見た。
「自分の事は、なんとか耐えてたんだよ。でも、松山が俺を馬鹿にしたことが許せないってね……」
「そうなんだ」
麻衣は悲しそうに俺を見る。
「だから俺が此処を校長に紹介したんだけど……一回目はこっぴどく振られたようで。俺があとでぐちぐち言われたんだよね」
はあ、と溜め息をつくと、一同苦笑を漏らす。
「俺が直談判に行くしかないかと思っていたんだけど……安原が署名を集めてくれていて助かった。ありがとね」
遅くはなったが無駄な接触をせずにすんだので結果的には満足だ。
御礼を言うと安原がきょとんとしたあと、気の抜けたように笑う。
「東條さんってこんなに気さくな人だったんですねえ、信者の気持ちがわからないでもないです」
「信者って……お前さん本当ナニモンじゃい」
滝川がういうい、と俺をつっつく。
飲物を零しそうになって疎ましい。
「東條さんに助けられた人や、普段から接している風紀委員は、東條さんのファンなんですよ」
「あら、じゃあ麻衣も入信したら?助けてもらったじゃない」
「あ、あははは、その説はどうもありがとうございました」
ぺこり、と麻衣が頭を下げるので別に良いよと流す。できれば俺が麻衣を助けたときの話題はあまりして欲しくはない。
「でも、あのさ」
ああ、言われる予感だ。
「あの時、一瞬で校庭に居た記憶があるんだけど……あたし気絶しちゃってた?」
「そういや廊下に血の跡も無かったし、やけに助けるのが早かったんだが、お前さんナルちゃんの言う通り何かPK持ってるのと違うか」
ジーンの方を見られず、視線を落とす。
滝川が口を挟まなければ、麻衣の気絶と言い張れたけれど、もう無理だ。言い訳は出来そうにない。せめて、あの時に普通に聞いてくれれば口止めを出来たかもしれないのに。よもやこんなところでバレるとは。
深く溜め息をついて、全員の顔を見渡す。
「せっかく助けてあげたのに、こんな所で暴くんだ?」
自嘲気味に笑うと、皆が顔を引きつらせる。
「あるよ、PK」
そっぽをむいて、小さく答えた。
「お察しの通り、瞬間移動能力だ」
「あんな、人を道連れに出来るもんなのか?」
「出来たんだから出来るんだよ」
目の前にあったクッキーの袋をぴりりと開けて、一口食べながら表情を変えずに、滝川の質問に答える。
「この力は研究してない。ほぼ独学で鍛えてきたから……ばれたくなかったしね」
「スマン。ナルちゃんに知られたら研究対象だな」
「もう知られたも同然だよ……事故に遭ったのを助けたんだから」
ナルは最初から俺を疑っていた。
瞬間移動能力があるから、と繋がるというわけではないが、此処まで酷似した顔をしていれば気づく。同じ能力を持って似ている顔をしているのだから。
ジーンは目を丸めて、ぷるぷるとしている。
「?」
おそるおそる、口を開いた。
「そうだよ、」
ジーン、と小さく口を動かして微笑んだ。その瞬間ジーンが隣の滝川を押し退けて飛びついて来る。首に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめられて、何度も名を呼ばれた。
「あーあ、俺の四年にも渡る家出が終わった……」
「え、四年!?家出!?どういうこと?」
「まさかとは思いますが、東條さんが、渋谷さんたちの探していた弟さんですか?」
「そう。この学校に来た時点で覚悟はしてたけど……もうちょっとで逃げられそうだったのになあ」
「ええええ!?」
抱きしめられるのを抵抗せず、ぼんやりと口を開けば麻衣と安原が俺に尋ねる。
麻衣の大声の所為でナルがうるさいと自分のオフィスから出て来るし、ジーンがだよと紹介してしまうのでナルにバレたし。もう全てお仕舞いだ。
「ああ、この眸も、やっぱり」
至近距離で、顔を押さえつけられてジーンが俺の灰色の眸を見つめる。睫毛と眉毛は地毛のままなので、確たる証拠になってしまった。
「本当にか?」
「なんだったら両親の名前を言うけど」
「来い」
じろりと見下ろすナルと、喜ぶジーンに所長室へと連行された。
「自分が誰だか言ってみろ」
「・デイヴィス、もうすぐ十四歳」
英語で問いかけられたので英語で返す。ジーンは嬉しそうに笑って、ナルは少し満足そうに息を吐いて足を組んだ。
今まで何をしていたか説明させられたが、概ね予想通りだったようで大して驚かれない。ただしイギリスから日本まで飛んだことと日本語がここまで流暢な事は驚きだったようだけど。
意識不明の重体で昏睡状態にまでなったので、ナルにはもうやるなと怒られたが、俺だってもうあんな長距離は飛ぼうと思わない。
「ルエラとマーティンが心配してたんだ……一刻も早く顔を見せてやれ」
「う……はい。パスポート申請してこないと」
「その必要は無い。問答無用で強制送還だ。早いぞ」
「ナルたちは帰るの?」
「ジーンはメルと一緒に先に帰れ。僕とリンはオフィスを閉めてから帰国する」
こんなにあっさり帰ることが決まってしまった。本当はジーンを傷つけてしまった事への贖罪として一人で生きて行こうと思っていたのだけど、叶いそうにない。贖罪なんていうのは綺麗な言い方だけど、ようは、また傷つけるのが嫌だから逃げたのだ。黙ったままの俺を見て、ナルはメルと呼びかけた。
そういえば、まだ俺の事をメルと呼んでくれているのだった。定着した呼び名といえど、メルは特別だ。
「どうせ、ジーンを感電させたことを根に持っているんだろうが、あれはジーンが悪いんだ」
「あ、」
「だって、メルが気絶するまでなんて待てなかったんだもん」
「それでメルを傷つけたのはだれだ?馬鹿」
ナルは溜め息をついた。
「ジーン、ごめんね、痛かったでしょ」
「ううん、僕もごめん。苦しいのに、僕を助ける為に必死で落ち着こうとしてくれたんだよね」
ゴム手袋をしたままの手をそっと握られる。懐かしい温もりだ。
「帰って来い、メル」
俺はその言葉を心のどこかで期待してた。そう言われるまで、帰っては行けないと思ったからだ。それをナルもジーンも分かってくれて、俺をメルと呼んでくれて、迎えに来てくれた。
声にならないくらい嬉しくて、泣きそうになりながら、こくんと頷いた。
「じゅ、十三歳ぃぃい!?!?」
「うるさい」
あらかた事情を説明し終えて、相変わらず談笑していた皆の所に戻ると詰め寄られる。弟だということは十八歳なのは嘘で、結局いくつなんだと問われても本当の年齢を答えると、麻衣と綾子と滝川は声を大にして驚いた。
「どうやって高校生なんかなるんだよ」
「記憶喪失のふりでもしたんだろう。こいつは天性の嘘つきだから」
「あのときは本当に記憶を失ってたんだよ。一週間で元に戻ったけど」
「嘘をつき続けたことには変わりない」
ナルがぴしゃりと言い放つので押し黙る。嘘つきなのは認めざるを得ない。
「いやあ〜、さすが渋谷さんたちの弟さんですね。高校に入って三年間トップですから」
「うげ、兄弟揃って有能なこって……」
「俺達血のつながりはないよ。養子だから」
「そうだったのか……ま、確かに顔は似ていないよなあ」
顔を覗き込む滝川を見つめ返す。
「僕は十三歳から一度も学年トップを奪えなかったんですねえ、自信喪失です」
「いやいや、お前さんも充分だろうが」
「一度同率一位になった事あるじゃん」
再びおやつを貪りながら、笑っているくせに落ち込んだ事を言う安原を、形だけ慰める。
「あのときはヨッシャって思いましたけど……いつも満点とれる訳じゃありませんからね〜」
「満点、ですか?」
安原があははっと笑っているだけで、全員がしいんとしながら俺たちを見る。真砂子がぽつりと呟いた声がとてもよく聞こえた。
「東條さん満点以外とった事ないんですよ」
ぱきん、と板チョコを噛み砕いて咀嚼していると、訝し気に見つめられる。ナルとジーンですら表情が硬い。
「そんなにやる気があったとはな」
「すごいね」
俺が必要最低限の点数しかとらないことを知っているナルとジーンは、満点とる労力に対して言っているのだろう。それから、おそらく日本語のことも。
「松山と校長に文句を言わせない為には必要だったんだよ」
口の周りをぺろりと舐めるとやはりチョコレートがついていたらしく、甘い。
「さすがナルちゃんの弟だわ」
「そっくりね」
次はどのお菓子を食べようかな、と選びながら呟きを背中に受けた。
July.2014