harujion

Mel

36
(リン視点)

吉見奈央さんの遺体をモニタで見つけたのは、だった。静かにぽつりと零した呟きは私に向けられたものだったが、全員に聞こえる程良く通る声だった。視線が私との背中に集中する気配を感じながらモニタを確認すれば、指差すあたりに異物を見つけた。立ち上がりながらナルとジーンの方へ視線をやれば目で促すので、私はベースを出た。
滝川さんの手を借りて身体を警察に引き渡し、着替えをしてから戻ると全員がベースに集まっていた。途中でブラウンさんに事情を説明しておいた為、彼から話は行っているだろう。
口を開く気にはなれず、滝川さんと私は定位置に座る。それと同時に谷山さんが労いの言葉をかけながらコーヒーを淹れる為に立ち上がった。
静寂を打ち破ったのはナルで、冷静に分析と判断をし、今後の対策を立てて行く。
まずは奈央さんを降ろし事情を聞くということで、原さんに白羽の矢が立った。その頃にははうとうと船を漕いでおり、相変わらずマイペースな人だと呆れる反面、ほっとした。

「俺寝る……」
「ああ」
奈央さんからあらかた聞き終えてすぐ、立ち上がりは座っていたナルの肩をとんと叩いて部屋を出ていった。
「昼まで寝てたじゃないあの子……お子ちゃまねえ」
「憑依霊を自力で剥がしたのでしょう?きっとお疲れなんですわ」
既に閉まった襖を見ながら、松崎さんが言うが原さんがすかさず口添える。おそらく原さんの言う通り、は疲れているのだろう。子供だからという事もあるのだろうが。
「あんな滅茶苦茶に剥がしたんだ……随分体力が消耗しているだろうな。そうは見えないが」
いつも平気な顔をしているので、の具合が悪くても私たちは気づけない事が多い。ナルの言葉にジーンも私も心の中で頷いた。
「そんなに大変なものなの?」
「大の大人だって無理だ。ましてや、あいつは修行とかもしてないんだろ?」
谷山さんの問いに、滝川さんが首を振って私たちを見た。
PKを抑える為の訓練はナルと一緒にやっていたが、それ以外の事はやっていない。口を開くべきではないと思い、頷くだけに留めた。
ナルのサイコメトリすらも弾いてみせるの精神力は強い。十歳の頃から既にそうだったと聞くが、到底信じられない。しかし実際にナルのサイコメトリでを見つける事が出来なかったのは確か。本当に強靭な精神を持ち合わせているに違いない。
自分が嫌な事はやらない性格なので面倒くさがりな子供に見えたが、今思うとただ恐ろしいまでに素直なだけだったのだろう。子供の頃から落ち着いていたし、おかしな事や支離滅裂な事は言っても、我儘や学の無いことは言わなかった。
の事はもう良い。今日安原さんが調べて来た事だが———」
ナルが話を調査の事に戻そうとしたその時、けたたましい火災報知器のベルの音が鳴り響いた。全員がはっとして、身構える。音は母屋の方で、窓から確認したブラウンさんが、煙と炎が上がっていると報告した。
皆がベースを出て母屋へ向かうが、ナルと私とジーンは一度が眠る隣の部屋に行く。寝たばかりの上にあの騒音であれば、いくら眠りの深いと言えど目を開けていた。
「メルは此処に居ろ」
「ああ、うん」
「手伝いに来ようとしなくて平気だからね」
一度起こした身体を、ナルとジーンの言葉を受けてのっそりと布団に落ち着ける。
彼の瞬間移動の能力は高く、便利ではあるが、今は身体に負担をかけさせない方が良い。そもそもPKはそんなに乱発するものではないので、宛てにしてはいないのだが。
式を二体残し、三人で現場に駆けつけると滝川さんら男性陣が率先して消火活動を行い、谷山さんら女性陣は避難誘導を行っていた。暫くして全員が外に避難し終え、火が小さくなって来た頃、残して来た式に反応があった。
何かがの部屋を開けようとしている。
「……
近くに居た谷山さんにこの場を頼み、身を翻す。
店の方へ戻れば、の眠る部屋の襖を何者かが開けようとしている。恰幅の良い中年の男性は、長男の吉見和泰。獣の様な唸り声を上げている。術のかかった襖をこじ開けようと包丁を振りかぶり、何度も傷つける。
「和泰さん……」
「谷山さん、九字を撃ってみますか」
私の後を追って来たらしい谷山さんが、和泰さんの変貌に驚いている。私では大けがをさせてしまう為谷山さんに問うが、子供の背中に九字の火傷を負わせた彼女は酷く気にしていたから、撃てるに撃てない。
は次憑依されたらおそらく剥がす事は出来ません」
「!」
「貴方たちが思っている以上に、は危険です。霊にその身体を奪われれば、一瞬で皆殺しですよ」
が今どれほどの力を持っているかは知らないが、ゴム手袋をしていると言う事は放電は出来ると言う事だ。あれは本気になれば人を感電死させることができる。
松崎さんの護符を持っている為大事にはならないだろうが、九字を撃たせる為にあえて示唆した。
私の言葉に谷山さんは弾かれたようにこちらを見て手を挙げたが、和泰さんを見ると強ばって身体を硬直させる。やむを得ず指笛を吹き、式に和泰さんを攻撃させ、の居る部屋から遠ざけた。腕を傷つけられ包丁を取り落とした和泰さんに近寄ると、風を切るような音と共に、腕に鋭い痛みが走る。
かまいたちを使うのか、と驚愕するが彼を捕まえることが先決であり、もう一度手を伸ばす。しかし、人間とは思えない動きで、飛び下がった。
決心した谷山さんが九字を撃ってみたが、大して効かず、今度は谷山さんに体当たりをする。小柄な彼女は悲鳴を上げ、柱に背中をぶつけてしまい噎せていた。
そのまま、和泰さんはその隙に廊下の突き当たりの窓を突き破って出て行った。
「谷山さん、滝川さんを呼んでください!ここに誰か人を!」
私はと谷山さんをおいて、和泰さんを追いかけた。

和泰さんを追いつめた庭に、程なくして滝川さんとブラウンさんとナル、それから谷山さんが追いついて来た。
谷山さんは無意識に何かを読んだらしくへたりこみながら、鳥や犬を殺し、車に細工をし、奈央さんを突き落としたのは全て彼だったのだと呟いた。その小さな、震える声を背中に受けながらも、和泰さんを睨み付ける。滝川さんの問いには酷く無感動に答え、潜んでいた植え込みから躍り出て庭を駆け抜けた。
そして、入り江に飛び込んだ。
この高さから落ちれば、命は無いだろう。黒い海に懐中電灯を照らしても光はろくに届かず、和泰さんの身体は見えなかった。
「こんなの、ないっ!あたしたち、なんのために来たの!?」
谷山さんは高い声で、夏の夜を切り裂くように嘆いた。


が狙いだったってことかい?ナル」
「おそらく。一度身体に入り込んだ際、 に追い出されて強いと思ったんだろう」
「リンさんも言ってたよね、……強いってそう言う意味?」
ベースに戻る最中の会話で、谷山さんが口を挟んで首を傾げる。先ほど九字を撃たせる為に説明した事を言っているのだろう。濁しながら頷いておいた。
「それだけかねえ」
「どういう意味?ぼーさん」
が憑依霊に抵抗してるとき、火花が散ったろ?栄次郎さんのときは無かった奴だ」
ナルは表情を変えずに黙っているので、私もそれに合わせて口を閉ざす。
「ナルたちは離れろ、と言った。危険だと分かっていたんじゃないかい?」
「火花が散って危険だと思わない訳がないだろう」
「兄貴の方は危険であっても火花が散れば近づくと思ったがな。なにせ弟が燃えちまう。……どうだいナルちゃん」
滝川さんの言っていることは概ね正解なのだが、ナルはやはり口を開かない。
「解答はナシか……まあには何かあんだろ。ゴム手袋も怪しいしな」
「ケッペキショーじゃないの?」
「潔癖性にしちゃあ、無防備すぎるぞありゃ。それに夏に再会したときはしてなかった」
「さあな、本人に聞いてみたらどうだ」
「へいへい」
はナル以上に返答が上手い。いや、とてつもなく下手なので見当違いの事を言われて混乱するだろう。説明をするという概念が彼には無いのだから。

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Aug.2014