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荷物を車に運び終えて、また長時間車に乗って東京へ戻ることになった。
ナルとジーンとリンと俺は比較的荷物の多い車、麻衣や綾子たちは滝川の車に乗る事になっている。しかし行きよりも人数が増えたことによって、滝川たちの車の定員はオーバーだった。
「こっちに乗れるのは五人までだからな。誰か一人リンの方に……」
「原さん、乗りますか」
滝川はキーホルダーを指にかけながらメンバーに声をかけたが、ナルが真っ先に真砂子を誘ったので可愛らしい上品な顔は幾分か華やいで快く頷いた。
「……?」
「どうしたの」
車を運転している最中、運転席のリンが訝し気に首を傾げたのに気づいて声をかけると、道が違うのだと口を開いた。機材に触れないようにと助手席に座っていた俺は地図と標識を見ながら確かに道が違うと頷いた。
そのやりとりに、後ろに居たナルとジーンと真砂子も気づく。
試しにリンがクラクションを鳴らしてみるが滝川の車は応えない。
「近道でも知ってらっしゃるのかしら」
真砂子が疑問符を浮かべながらそう言うので、とりあえず着いて行ってみる事にした。
「ね、誰かの携帯番号知らないの?」
「谷山さん以外は携帯を持っているようですが、仕事用の番号しか私たちは知りません」
「私も、存じておりませんわ」
電話をかければ一発じゃないかと尋ねてみたけど、皆プライベートな番号を知らないらしい。
まあ、ナルやリンたちが聞くとは思えないけど。真砂子も知らないとなるともう全員駄目だ。
近道を知っているにしても、こちらに何もリアクションが無いと言うのは変だ。リンの鳴らしたクラクションにハザードくらいつけても良い筈なのに。
騒いでいて聞こえなかったとしたら、道も間違えている可能性がある。
俺のその予感は見事に的中して、しばらく走行した後、国道を大きく逸れた山道で滝川たちの車は停車した。
ガタガタと舗装のない道を走られて、俺は大変気分が悪い。
綾子や滝川が軽く口喧嘩しているのを車の中からぐったりと眺めていると、ジーンがペットボトルの水を出してくれた。
「メル、酔った?」
「うん……ちょっと、外行っていい?」
「車から離れるなよ」
シートベルトを外してはいたが、座りっぱなしなのも悪いのかと思ってドアを開ける。ジーンとナルとリンに断りを入れて、車から降りた。
「あら、どうしたんですの」
「ちょっと酔って」
ぱきっとボトルの蓋を開けていると、外で麻衣たちと一緒に居た真砂子が俺に気づいた。
「大丈夫?」
「影の濃い所に居た方がよろしいですわよ」
麻衣も心配そうに首を傾げ、俺は真砂子の言った通り木陰の多い場所へゆっくり歩いた。
木々の間をぬって流れて来る風は比較的涼しくて、葉に遮られる夏の日差しは柔らかいものになった。車の中の方が涼しいけれど、外の空気の方が軽い。
ペットボトルから口を離して、はあと息をついていると、視界の端に人影が映った。
少し離れた所に、子供が二人手を繋いで歩いていた。近くにキャンプ場があるというが、子供が歩いてくる程の近さではない筈だ。山道で迷子になったのかと思いながら、いつもより重たい頭を持ち上げて、立ち上がった。
「こんにちは」
俺が近づいて行くと、二人は足を止めて、俺を見上げた。そして、俺が口を開く前に挨拶をした。
小学校低学年くらいの男女二人組は鞄もなにも持っていない。
「こんにちは、此処で何してるの?」
視線を合わせる為にしゃがみ、二人を見上げる。
二人は互いに目を合わせてから、俺を見て笑った。
「遊んでるの」
「二人で?お父さんとお母さんは?」
「いないの。お兄ちゃん、一緒に来て」
俺のゴム手袋をした手を、二人はそっと握った。やっぱり迷子なのかと思いながら、後ろを振り向く。
ナルたちにキャンプ場まで行くことを告げなければ。
「あれ、」
後ろには森が広がるばかりで、車も人影もない。両腕は優しく引っ張られて、くすくすと無邪気な笑い声が頭に響いた。
(これ、人間じゃない)
意識を保つことはできるけど、腕は放してもらえない。
ゴム手袋をしているのが仇になっただろうか。絶縁破壊を起こす程の放電をしても良いが、そうするとコントロールがぐんと難しくなる。素手で軽く感電させるコントロールはできるが、大きな力を手だけに集めるような練習はあまりしていない。計測実験の時は周りに害が無いものばかりだったが、今回は山の中だ。万が一発火したら山火事である。そしてそもそも幽霊に電気が効くかもわからない。
瞬間移動も考えたが、こうもがっしり腕を掴まれている時に行うのは危険だ。身体がばらけたら困る。幽霊の腕がちぎれるなら問題はないんだけど。
仕方なく、子供たちと一緒に行く事にした。
閉心術は解けば、ナルが俺の事をサイコメトリ出来る。すると俺の精神に隙ができることになる。暫く考えて、閉心術を解いた。見つけてもらう方優先だ。
解除すれば、どこかぼんやりと意識が遠くなった。霊が介入しているのだと分かる。
けれど、乗っ取るような意志は感じられず、連れて行くために勝手に身体を動かしていただけだった。
俺が連れて来られたのは、廃屋になった学校だ。おそらく、小学校だろう。
広い、遊具も何も無い校庭と、木造の校舎。ガラスは割れて、外壁もぼろぼろだ。
意識が所々ぼんやりしてしまうので、何も思う事無く校舎に入った。小さな机の並ぶ教室に連れて来られると、子供たちが沢山居る。
ようやく意識はハッキリしたきたが、若い男性に肩をがっしりと掴まれて皆の前に立たされる。あまりの展開について行けない。
「皆、新しいお友達が来てくれたよ。ほら、自己紹介をしてごらん」
はつらつとした声が、酷く恐ろしい。
「、メル……です」
背筋が凍りそうだ。
実際に対面することはなかった凶悪な魔法使いよりも、いつ退屈だと見切りをつけて俺を殺すか分からない死神よりも、俺の身体を乗っ取ろうとした霊よりも、無邪気に仲間に入れようとしている彼らの方が余程怖かった。
死ぬのに慣れてなんかいないし、いつも納得して死んでいる訳じゃない。長い長い時間をかけてゆっくりと踏ん切りをつけて来たのだ。
家族を失う恐怖と、今自分の命を彼らに奪われるのかもしれないという恐怖が、酷く似ていた。
自分の為にこんなに怖がるなんて、どのくらいぶりだろう。
ナルとジーンは来ない方が良いかもしれない。でも、二人なら彼らをどうにか出来るのだろうか。
閉心術をもう一度しようか迷う。
嫌だな、怖いな、助けて欲しいな。こんな風に、素直に思ってはいるのだけど、周りを巻き込む事は避けたかった。でも、多分ここで閉心術をしたらジーンの平手打ちは目じゃない、お叱りが待っているのだろう。
ナルを庇った時、ナルはジーンが怒ったから怒らなかったけど不機嫌だったし、多分今回はもっと怒られるだろう。遠くへ行くなと言われていた言い付けも破ってしまった。
ああ、でも、生きて戻って怒られるなら、何でも良いか。
Aug.2014