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(ナル視点)
ぼーさんが道を間違えたらしく、一度車は山中に停車した。
そして、メルは車に酔った。
ジーンが渡したペットボトルを握りしめ、青白い顔をしたメルは車の外へ出て行った。
原さんと麻衣に囲まれている所までは見ていたが、あとのことは確認せず、目を瞑って時間が経つのを待った。
再出発をする時になってようやく、メルの姿が無い事に気づいた。
「ここに座ってたのに……」
麻衣が指をさした辺りは影が濃いためほんの僅かに涼しい。
傍には、水の入ったペットボトルが置いてある。たしかジーンがメルに渡していたものと同じで、新しさから見ても、メルが飲んでいたものだろう。
あまり期待は出来ないがサイコメトリを行うと、メルが見える。
つまり、故意にどこかへ行ったわけではなく、やむを得ずに連れて行かれたということだろう。
二人の子供と手を繋いで、歩いている姿。それは、どんどん向こうへ遠ざかって行く。
「ナル?どうかした?」
「……いや。もう少し広い範囲で探す」
まだ読み取れる情報が少ないと言う事は、さほど離れていない可能性が高い。ボトルを手に動きを止めた僕に、麻衣は首を傾げた為、適当に取り繕って捜索を続けた。
しばらく辺りを探しても、メルは見つからなかった。メルと一緒に居た子供たちはキャンプ場の宿泊客かもしれない為車でキャンプ場まで行ってみたが、そこにもメルは居ない。
もう一度ペットボトルに触れれば、廃屋になった校舎が頭に浮かんだ。手を引かれて、メルが廊下を歩いている。
教室に入るとたくさんの子供たちが居た。
名前を問われたのか、メルは少し言いよどんでから口を開いた。
「、メル……です」
本当の名前ではないが、大した意味は無いだろう。
相変わらず同調のしにくい奴だが、これはまだマシな方だ。
メルは多分、助けを求めている。
霊の前に飛び出して来たり、ある程度の事では驚かない肝の座った奴だが、自分を守ることには慣れていない。メルはゆっくりと歩み寄って来る恐怖に、怯えていた。
「ナル」
肩を揺さぶり、顔を覗き込んだのはジーンだ。
「見つけた」
我に返り、小さな声で呟くと、ジーンもほっとしたように微笑む。
「駄目だな。が来てりゃ目立つと思うが……誰も見てないってよ」
「周りも見回ってきましたが、さんのお姿はおまへんでした」
ぼーさんや安原さんが聞き込みをして戻って来た。ジョンやリンも周りを見て来たが、メルは居なかったようだ。
「捜索はもう良い」
「ん?見つかったのか?」
「ああ」
下手な事を言うと着いて来ると言いそうで、慎重に言葉を選ぶが、当の本人が居ないのでは納得しそうにない。おせっかいも此処まで来ると厄介だ。
「僕たちはメルを拾ってから帰る。ぼーさん達は帰って良い」
「はあ?ちょ、まてよナルちゃん、そりゃないぜ」
ぼーさんが大きく顔を顰めた。
「は弱っちゃいるが、自分一人の身くらい守れるだろう?それがこんな事になってるってことは、危険ってことなんじゃないか?」
「お前たちが居ても邪魔だ」
メルは人間の子供相手に怖がったりしない。あれはきっと霊だった。
「そりゃ、きっとお前さんたちだけで解決できちまうだろうけど、だからってああそうですかって引き下がれる訳じゃねーの」
ぼーさんはそう言って、キャンプ場のバンガローをとると宣言した。夏で日が長いとはいえもう夕方だ。今からメルを探しに何も調べず学校の中へ入るのは危険だから僕たちもすぐにメルを助けに行ける訳ではなかったが、そこまで読んでいるようだ。
ジョンも安原さんも残ると言い出したので、結局全員が残る事になった。
僕はコメントする気も起きず、宿を取る為にリンとジーンの方へ戻った。
「やっぱり駄目だった?」
「ああ」
「こればかりは仕方ないね……メルが姿を現さないんじゃ、安心できないか」
ジーンは、全員が残ると聞いて緩く微笑む。
バンガローをとり三人で部屋に入って僕が見たメルの様子を伝える。
古びた学校の中で、子供と教師がメルを引き止めていた。子供たちは無邪気に新しい友達が増えたと笑っているが、それは常ならざるものたちだ。
その夜、僕たちのバンガローにぼーさんがやって来た。話したいことがあると言うが、今そんなものに付き合っている暇はない。
メルは今も、僕にサイコメトリをさせる為に無防備な状態で、霊に囲まれている。憑依をされる可能性は低いが、仲間にされる為に、命を落とす可能性は高い。
麻衣が夕食を誘いに来て煩いのが増えたが、更に見知らぬ老人たちまでもやって来た。
村長と、助役だと名乗った彼らは、依頼がしたいと言う。
僕たちがメルを探している時、誰かしらが心霊調査事務所だとこぼし、その話が彼等に行ったのだろう。
メルが連れて行かれた事と何か関係があるかもしれないため、彼らの話を聞く事にした。
「実はですね、この近くに廃校になった小学校がありまして……」
メルが居るのは廃屋の学校だった。おそらく、村長が濁らせながらも何か伝えようとしている内容はメルに大いに関係がある事だ。
「失礼ですが、それだけでは何がお困りなのかわからないのですが」
「はあ、その、それがですね」
汗をしきりに拭く村長はまだ口ごもる。助役は声を大にして、内密に願いたいと前置きした。
依頼人の秘密は守ると答えると、ようやく彼らは喋り出す。
どうやら、その小学校には幽霊が出るという噂があるらしい。ただ、被害の報告は出ておらず、噂をした人物にも会えない。原因も分からないとうやむやな情報しか寄越さない。おそらく何かを隠している。
一応調べると言う体で、朝一番に資料を持って来てもらうことを約束して村長と助役を帰した。
「どう考えても村長たちが依頼に来るような内容ではないだろ」
「売店でもそんな話聞きませんでしたしね……まあ、客商売だからというのもあるかもしれませんが」
ぼーさんと安原さんのやり取りに、僕も概ね同意だ。
「ていうかよ、依頼受けちゃっていいのか?はどうすんだ」
「おそらく……巻き込まれた可能性が高い」
「!」
「四年も家出をしていた手前はっきり断言はできないが、理由も無しに消えるなんてあり得ない」
普段はふらふら好き勝手に動くがそらとこれではスケールが違う。
「……だよなぁ。その四年も家出をしていた理由が聞きたい所だがな」
ぼーさんは頷いたあと、ちらりと僕やジーンを見るが、メルが家出をした理由は語らなかった。
次の日は朝から、学校に機材を持ち込み設置をした。
夏場に水分も食事もとらず、精神的に追いつめられて酷く憔悴しているだろうが、まだメルは生きている。
校舎内に入るのは危険な為作業はもっぱら外で行う。
買い出しに行っていた麻衣たちが、一人一人柄の違うコップを買って来てはしゃいでいたが、メルの為に買って来たらしい猫のコップを見て、原さんや麻衣は寂しそうな顔をした。
「猫、って、ナルが言ってたからぴったりだなーって」
メルは色々な人に猫可愛がりされていたし、自由気ままにぐうたらしている所がとても猫に似ていた。
「寝てばっかりだものね」
「あら、あれは疲れてらっしゃるからでしょう」
「普段もそうだよ。好き勝手生きてるから夜更かしと昼寝が多くてね」
ジーンが思い出したように、メルの事を語った。
松崎さんや、擁護していた原さんはくすくすと笑った。
「本を読みながらとか、お風呂上がりにソファでとか、よく寝てた。起きてるときは、一緒に歩いてると思ったらいつの間にか寄り道してるし」
髪の毛を乾かさずにソファで眠ろうとするので、皆手を焼いていた。
孤児院に居た時はそのまま放置されかねなかったので、僕とジーンがやっていた事もある。
床で眠っていたメルを踏みつけて僕は転びそうになったことがあるし、ジーンはメルが勝手に何処か行ったのを探して逆に捜索されたこともある。その時メルは先に目的地に着いていた。後でメルは叱られたが、そのときも飄々としていて、ジーンに素直に謝るだけで行動の改善は見られない。
本当に好き勝手にやっていて、意味の分からない思考回路をしていた。
だから、メルが怖がっていると知って、僕は少し驚いていた。
「早く見つけてやらんとなあ」
ぼーさんの言葉に、皆が静かに頷いた。
その時ふっと影が差し込み、雨を振らせそうな黒い雲が僕たちを覆った。ぼーさんと原さんと安原さんは買い出しに行き、ついでに聞き込みもしてくることになった。
彼らが買い出しに離れた後、すぐに雨が降り出してきたのでマイクやカメラを回収に行かせた。そして本降りになってきた為仕方なく校舎の中で雨宿りをする事にした。
校舎の中に閉じ込められたことが分かるまで、そう時間はかからなかった。仕方なく校舎の中を周り色々と試してみるが割れた窓の透き間から指を出す事はできても、それ以上何もできなかった。
リンが椅子を窓に叩き付けても、椅子の方が崩れ落ちる。
「完全に、閉じ込められたな」
雨音に混じった僕の呟きに、皆表情を曇らせた。
Aug.2014