harujion

Mel

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(ジーン視点)

メルがまた行方不明になった。
けれど今回は、ナルがメルのサイコメトリに成功した。それはつまり、いつもの閉心術を解いているということ。
意識不明になっていた時でも閉心術を行っていたのだから、今力が出ないとはいえ、閉心術が出来ない状況には早々ならない。おそらくメルは、不可抗力で姿を消して、故意に閉心術を解き、助けをもとめている。
ナルのサイコメトリによると、メルが居るのは学校の校舎だという。

メルを探している時に、僕たちが心霊調査の専門家だと誰かが言ったようで、その噂を聞きつけて来たらしい集落の村長と助役が、廃校になった小学校を調べて欲しいと依頼してきた。小学校の幽霊と、学校に居るメル。これはきっと関係が深いだろうと、ナルも僕も依頼を受ける事にした。

小学校は、キャンプ場から少し山奥へ行った所にあった。
リンとぼーさんの車で機材を運び、校舎には入らないようにマイクやカメラの設置をする。
麻衣たちが買って来てくれた、プラスチックのカップはメルの分もあって、早くメルを見つけてあげなければという気持ちが大きくなった。

泉から水が湧き出るようにメルの思い出が募って、つい麻衣たちに語って聞かせる。メルは昔から猫みたいで、自由気ままだった。素直な物言いは人を動揺させ、ときには傷つけるのに、メルは人に好かれた。愛想はナルくらい無いけれど、ナルより社交的で、優しささえも素直に表現する子だったから。
血の繋がりが無いけれど僕たち二人にどこか似ていて、嬉しかった。堂々とメルと呼んでも良いのは僕たちだけだと、自信も持っていた。
僕たちのニックネームも、昔は三人だけの呼び名だったけれどイギリスに来て両親やSPRの人々は同じようにニックネームで呼ぶようになった。ただ、メルだけは、 と呼ばれていた。
ハニーという意味だからか、メルと別れた肉親がそう呼んでいたからか、呼びづらいのだろう。
本人は大して気にしていないようだったけど、今 をメルと呼ぶのは、僕とナルと、ルエラとマーティンの、家族だけ。メルは家族の呼び名なのだ。

校舎に閉じ込められてしまったけれど、きっとここにメルが居るのだから、距離が近くなってちょうど良い。メルが閉心術を解いているなら、一方的に僕の声を届けることが出来る筈だ。
僕が事故に遭ったときは、それでメルが僕を助けに来てくれたのだから。

———メル、メル。返事して、メル。

教室を見回っている最中、二階から人の声のようなものが聞こえた。リンが見に行くと言うから、二階と一階の間のドアを開けたまま待機する。しかし、ものすごい勢いのポルターガイストにより、ドアが一度閉じられてしまった。全員で二階に行き全ての教室を見て回ったが、リンの姿はなかった。
真新しい血痕が発見され、リンのものか、メルのものかと焦燥感が走る。
「リンさんも も、一人で大丈夫だよね?」
「わからない」
「わからないってそんな!」
ナルの言葉に、麻衣は声を荒らげる。
子供に囲まれていると、ナルは言っていた。サイコメトリが出来る今、メルの生存はこまめに確認しているけれど、これから先どうなるかも分からないのだ。

絶対に一人にはならないこと、とナルが注意喚起をしているところに、泥を跳ねる音が聞こえる。ぼーさんたちが買い出しから帰って来たのだ。
開けてもらえるかもしれない、と思った所で、ひとつの危険性に気づいたナルが走り出す。
もし開いてしまい、校舎の中に入ってしまったら、全員が閉じ込められる可能性があるのだ。慌てて一階に行こうとするが、またも大きなポルターガイストに阻まれる。僕たちはあまりの事に上手く走れなくなり、麻衣と松崎さんが大きく転んだ。
麻衣を立たせていると、ナルが怪談下のドアが開かないと言うのでジョンが聖水をかける。その時、メルの声が頭の中をかすめた。

———……、て、……たす……

「メル!」
思わず声を上げて、近くを見回す。僕はまだ階段を下りきっていなかったから、二階の方が近い。メルは近くではないと声を届けられないから、おそらくこの辺りに居る。
ひとしきり呼びかけたけれど、メルの返事は聞こえない。
そして、視線をそらした隙に、全員が周りから消えていた。
おそらく、姿が見えないようにされているのだろう。声も聞こえなければ物音も無い。けれど先ほどまで皆は傍に居たのだから。
とにかく僕はメルを探そうと、近くの教室でトランス状態になる。校舎全体が透けて、淡い光や人魂がふわふわと浮いている空間に降り立った。隣の教室に膝を抱えて踞る淡い色した髪の毛の少年がいる。
「メル」
「ジーン……?」
ほっとして呼びかけると、メルは生気のない顔を上げた。
薄い唇が気怠そうに開かれ、透き通るような声が僕の名前を呼ぶ。でも、僕の姿は見えないようで、きょろきょろしていた。声が聞こえるのは、テレパシーのお陰かもしれない。

昨日の昼過ぎからほぼ丸一日、何も口にしてないであろうメルの顔色は青ざめていた。
「子供たちと居たと聞いたけど」
「今はナルたちを狙っているかも。ごめんね」
膝を強く抱きしめて、メルは身体を小さくした。なるべくエネルギーを消費しないようにしているのだと思う。
今の僕ではメルを助け出す事も出来ない。
「大丈夫。ナルならきっと僕たちを見つけられるよ」
「ジーン、もしかして体外離脱してる?長時間は危ないから、戻って」
傍に居てあげたいけれど、それよりも解決してあげなければならないと思い、後ろ髪引かれながらもナルや麻衣たちの元へ行く。リンと松崎さんと僕の次は、安原さんと原さんが居なくなっていた。その人数分、子供たちが成り代わっているが、麻衣たちは気づいていない。
居なくなった皆は僕同様ただ姿が見えないだけのようで、各々歩き回っていた。リンも、松崎さんも、皆無事だ。
とうとう全員が離ればなれになってしまった後、僕は麻衣の傍に来た。なんとか眠る事が出来て、僕たちは顔を合わせられた。トランスに意識的に入る方法と、霊への説得の仕方を教えて、麻衣に一度目覚めてもらった。
目覚めると僕の姿は確認できないようだけど、不安を抑えて意気込み、僕の教えた方法でトランス状態になった。一度説得に失敗したから身体に引き戻したけれど、二度目はなんとか出来そうだったから僕は一度身体に戻った。そして、メルが居た教室に行く。やっぱりメルの姿は見えなくなっているけれど、動いてはいないだろうから記憶の中のメルが居た所の傍に座って待った。
しばらくすると、浄化の光がふわりふわりと校舎から立ちのぼって行った。麻衣は成功したらしい。
同時に、肩に何かが触れて、重みが増す。
見下ろせば、メルが寄りかかってぐったりとしている。ほっとしたのもつかの間、僕はメルを抱き上げて教室を出た。
「ジーン、……メル」
出入り口の傍でリンとナルが一緒に居て、僕たちを見つけた。
十歳のころ負んぶした事はあったけど、やっぱりあの頃より大きくなっているから重い。けれど細いから普通よりも軽かった。
リンにメルを抱くのを変わってもらって車へ向かうと、麻衣やぼーさんは先に外に出ていて、ジョンや原さんは違う出入り口から僕たちと同じくらいに出て来た。
「あ、見つかったの!?」
「うん」
麻衣がすぐに僕たちに駆け寄って来てリンに抱かれたメルを心配そうな眼差しで見た。車に乗せて寝かせると、うっすらと目を開ける。
「水飲めるか?」
音にならない声で応え、ナルが差し出した水を受け取った。
上半身を少しだけ持ち上げるとぎこちない手つきでボトルを支えて水を嚥下した。 意識が遠いのか、衰弱のせいか、少し顎に水がこぼれる。
ナルはそれを拭ってからメルの前髪を指で払いのけ耳にかけた。
「ごめんね」
掠れた声が、空気を震わせた。
今回はメルが謝ることじゃないのに。

「眠ったのか……」
「大丈夫かな」
弱い力でナルの手を握って、目を瞑ったメルを見下ろした。
「わからない。衰弱しているだけだとは思うが。……病院へ連れて行こう」
「うん」
リンと僕で病院を探し、緊急ということで診てもらうことができた。
診断は脱水症と疲労との事だった。その日は点滴をしながら入院ということになり、メルを置いて僕たちは戻った。

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Sep.2014