harujion

Mel

42

小学生の子供たちの前で、自己紹介をしながら落ち着こうと心がける。
ぽん、と肩を抱く教師の手に温もりはないのに、感触はひしひしと伝わって来た。落ち着くのは得意中の得意の筈だ。子供たちや教師は俺を死なせて仲間にしようとしているが、どうもすぐに命を奪うわけでもなさそうだった。
「先生、あと一人で四十人だね」
おかっぱ頭の女の子が、言う。ちゃんと数えられたな、なんて言うほのぼのとした会話を聞いていると隣に座った男の子が俺をじっと見てた。
「おにーちゃんが出来て嬉しい」
「大丈夫、もうすぐ、もっと沢山来てくれるよ。みんなのお兄ちゃんにやお姉ちゃんになってくれるかもな」
誰かがあげた声に、桐島はなんてことのないように笑って言った。それって、俺を探しに来るであろうナルとジーンの事を言っているのだろうか。お人好しだから、滝川やジョンたちも心配してくるに違いない。
「駄目」
口調を強めて、立ち上がった。
生徒たちは全員こちらをきょとんと見てる。
「ナルとジーンは俺のお兄ちゃんだし、リンは俺の先生だよ。滝川も麻衣も、俺の、友達だから……あげないよ」
「ははは、甘えん坊なんだね、メルくんは」
桐島は笑う。子供たちもくすくすしている。笑い事じゃないのは俺だけだ。
皆は自分が何をしているのか分かってない。幽霊の説得なんてした事が無い。ジーンに教えてもらったこともないし、どうしたらいいんだろう。
止めて、といって止められるならもうとっくに止めてる筈なんだ。

「俺は死んでも、皆と友達にはなれないよ……幽霊になったこと、ないし」

生徒も桐島も、訝しむ。
全員の顔から笑みが消えた。
ただ純粋に俺が友達になる事を拒否しているようにも見えるだろう。でも俺は死んでも幽霊にはなれないと思う。こんなこと子供たちに言っても意味がないけれど、ただそう思ったから口にした。
死んでしまったと痛感して、もう二度と生きられないと思って諦めないといけないのだろうか。それはとても傷つけるやり方だから、きっと違う。
ジーンは絶対そんな事してこなかった筈だ。
「転校して来たばかりで、前のお友達のことが忘れられないんだね」
桐島は薄く笑った。
「でも大丈夫、すぐにメルくんのお友達も来るから、それまで待っててね」
そう言うや否や、生徒も桐島も消えてしまった。
おそらく生徒と桐島はナル達を迎えに行ったに違いない。

俺は一度自由になったけれど、ドアから外に出る事はできなくて、窓ガラスも割れなかった。玄関付近に行くとナルたちのカメラ機材が置いてあって、彼らはもうここに来ていたのだと分かる。
外はさっきからずっと真っ暗で夜だと思っていたけど、此処が閉ざされた空間だからかも知れない。ナルたちは夜から動く程浅墓ではない。
桐島は俺が衰弱死するのを待ってるのだろう。そして、ナルたちも殺して全員で俺を誘おうとしている。

発火能力で本当に発火させた事は無かったけどやってみるのも良いかもしれない。
しかし、ナルたちが既にこの校舎に居るのを思い出して止めた。
呼ばない方が、良かったかもしれない。
深く溜め息をついて、教室の隅に座った。
俺一人でどうにかするには皆が邪魔になるけれど、ナルとジーンが俺のかわりにどうにかしてくれる筈だ。
それに本調子でない俺がやると失敗する可能性が高い。イギリスから日本に来たとき程力は使わないだろうけど、倒れるかもしれない。閉ざされた学校で倒れたら、おそらく桐島の狙い通り俺は死ぬ。
今はじっと体力を浪費しないように、大人しくしている他なさそうだ。

———助けて。助けて。
いつだったか、ジーンが俺に呼びかけた声。
俺の声はきっと近くに居ないと聞こえないだろうけれど、もし近くを通れば聞こえる筈だ。
どうせ動けないからと、ずっと心の中でナルとジーンを呼び続けた。

「メル」
肉声のような声が、鮮やかに頭に響いた。顔を上げてもジーンの顔は見えない。
「ジーン……?」
安心して、肩に入っていた力が和らぐ。どのくらいこうしていたのか分からないけど、身体がとても疲れていて、何もする気が起きない。でもジーンが来てくれたから、喋る元気は沸いた。
校舎の中で会わなかったのに今俺の状態が分かるということは、おそらく体外離脱をしているのだろう。一言二言かわして、ジーンに身体に戻るように言った。
それからしばらく、俺はじっと待っていた。
風もない、閉め切った空間は酷く居心地が悪くて、もう意識を失ってしまいたかった。精神的に辛いというよりも、肉体的に辛い。どろりと意志が溶け出して、身体の力が抜けて行く。何かに頭が寄りかかって、腕を投げ出した時、隣に人がいることだけは分かった。
多分ジーンだ。
抱き上げられて、運ばれるのが分かる。申し訳ないけどつかまる力はあまり無い。途中でナルやリンの声が聞こえて、大きな手が俺を抱き直した。
外にでたあとには車が開けられる音がして、特有の香りが鼻孔をくすぐった。うすぼんやりと目を開けたら綺麗な顔が俺を見下ろしてる。無表情だからナルだと思う。
「水飲めるか?」
ペットボトルのキャップが開く音がしたので応えたけど、声が出なかった。
今は夜で、俺がこんなに疲れているということは丸一日は経っているのだろう。水分も食事もとらなかったからこんなに疲れているんだ。
ナルに上半身を支えられて、口を開ければボトルと水が唇に触れる。ぬるいけれど十分助かるそれをぎこちなく飲み下す。途中で口から零れて首を伝うけれど、それも気持ちがいい。
ボトルが離れナルの指先が俺の唇の周りの水を拭ったあと、前髪を撫でて耳にかけた。
「ごめんね」
先ほどよりは上手く音になった声。
ああ、助かった。
ほっとして、俺は眠りにおちた。



目を覚ますと、俺は前みたいに病室にいた。点滴がされているところまで同じ。
時計は八時を示していて、日差しがあるので当然朝だ。
二日入浴してない為身体がなんだか気持ち悪いけれど、それ以外は大丈夫そうだ。おそらく脱水症状とか貧血のようなものだろう。
ナースコール後には看護婦と医者がやって来て俺の健康診断をした。
それから、すぐにナルとジーンとリン、他の面々もやって来た。凄い心配していたらしく、騒いでいる。一日行方不明になっていたとはいえ、こんなにほっとされるなんて、と思っている俺の顔をみて、ナルは深く溜め息を吐いてから口を開いた。
「五日」
「?」
「五日間、目を覚まさなかった」
思わず、目を見開いた。皆の顔を見回すと、誰も否定しない。
勿論ナルはこんな冗談は言わないし、ジーンも頷いている。
「なんで?力、使ってないけど」
「極度の疲労だそうだ。霊を無理矢理剥がした事で大分疲れていたのに、無理して動いたあげく、丸一日以上飲まず食わず。ストレスも合間って、身体は限界だった」
ナルは冷ややかな声で俺に説明した。
霊を剥がすというのはそれ相応の訓練が要る。憑かれないというのは出来るが、俺は一度憑かれて無理矢理剥がしたから身体が疲れたのだと思う。やけに眠いとは思っていたし、疲労だと理解していたが、そこまでとは思わなかった。
「失礼しまーす」
「まどか?なんで此処に」
静かに納得している中、明るい声が病室に響き、俺はまた驚いた。イギリスに居る筈のまどかが何食わぬ顔して病室に入って来たからだ。
俺が意識不明だからわざわざ来たのだろうか。
「ご両親への連絡は済んだわよ」
「ありがとう」
おそらくルエラとマーティンに連絡を入れてくれたのだろう。ジーンがお礼を言っている最中、まどかと入れ替わるようにナルは病室を出て行こうとする。
「医者に今後の話を聞いて来る」
「あ、僕も行く」
まどかがどうしたの、と言う前にナルは一言説明して、ジーンもそれに着いて行ってしまった。

「なあ、イギリスから日本まで瞬間移動した時は大丈夫だったのか?」
無事で良かった、なんて他愛ない話をしている中、滝川の問いかけに全員が口を閉じた。
リンをちらりと見ると、ナルとジーンの素性がバレたという事を教えてもらう。まあ、バレるとは思っていたけど。
「……あのときも意識不明になって大変だった。記憶が飛ぶ程の負荷がかかってたし」
肩を落として、やれやれと首を振った。
「ナルの気功はPKだったってことだが、お前さんの気功はどうなんだ?」
「ぼーさん、野次馬根性強すぎだって!」
「お前らも知りたいくせに」
「そ、そおだけどぉ」
なおも続く質問というか尋問に、麻衣が居心地悪そうに嗜めたが、気になるには気になるらしい。
はこの能力があまり好きではありませんでしたね」
そう言って、牽制をかけてくれたリンに、小さく笑う。
「好きかと聞かれると、好きじゃないけど」
リンの言葉と、俺の肯定に、滝川は困ったように目をそらした。
前も俺の能力の話を皆の前でするなど、以外と空気読めないなと思っていたが滝川が人の能力を暴くのはおそらく趣味であって無自覚なのだろう。
「たしかに、この力があったから、母と別れることになったし、ジーンを殺しかけた」
神妙な顔つきをした皆の顔をぐるりと見回して、言葉を続けた。
「赤ん坊の頃の俺は今よりももっとコントロールが下手くそで、少しの感情の変化で傷つけてしまって、母を大層困らせてた。そんな子供でも母は可愛がろうとしてたよ。ただ、痛かったし、怖いよね。可哀相に、ね」
視線をおとして、小さく息を吐いて、また吸う。
「だから、もう俺に触らないでいいよって、お別れしたんだ」
「おぼえていますのね……」
「そうだね、全部、覚えているよ」
さすがに胎児の記憶はうすぼんやりしているし、寝てばかりだったから曖昧だけど、一歳あたりからずっと母を見てたのだ。声も、顔も、もう忘れてしまったけど、母の想いと俺の想いはまだ俺の中に在る。

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Sep.2014