harujion

Mel

43
(リン視点)

アランは次の日の朝になっても、昼になっても、目を覚まさなかった。
精密検査を行った結果特に身体の異状はなく、疲労と脱水の症状しか見られないことから身体が休息を必要としているのかもしれないという仮定の話をされた。医学的根拠等は薄く、アランの反応からして睡眠よりも昏睡に近い状態だと診断された。
小学校の件は解決し、発見された遺体等は助役に話をつけるよう説明し、全て解決したというのにアランが目を覚まさず我々の足は未だ長野に止められていた。
ナルは滝川さんたちに東京へ帰るように言ったが、彼らはやはりそれを聞き入れる事は無かった。

アランが救出されてから二日目、安原さんが話があるというので、私とナルとジーンは彼らのバンガローに上がった。
話があるというよりも、聞きたい事があるというのが目的で、ナルは時間の無駄だと突っぱねた。けれどジーンは穏やかに、どうせ時間なら有り余ってると言うので、彼らの話を聞く事にした。

滝川さんの話……というよりも推理……は、何が聞きたいのかすぐに分かった。ナルの素性だ。
上手に整理して、概ね当たっている推測を並べ、ナルに答えを求めるが返答はされない。ジーンはナルが言わないのなら自分も言わないつもりのようで、肩をすくめて滝川さんの推測を聞いていた。
ナル、という呼び名は谷山さんが呼び始めたことで定着しているが、私もジーンもアランも呼んでいたことで疑いは深くなっていた。どうやらブラウンさんと安原さんの助言も得て、ナルがオリヴァーの愛称だということを知ったらしい。
「デイヴィス博士……?……そう、なの?」
「返答の必要があるとは思えない」
谷山さんが愕然としながら、柱の側に立っているナルを見上げた。けれど彼は表情を変える事無く答えて、部屋を出て行ってしまった。
「ここまできてとぼけるかフツー……?」
「ナルは返答の必要がないと言ったでしょう。それはここまできたら返答の必要はないということです」
意地悪な返しを残して行ったナルの言葉を正しく彼らに伝えると、安堵して力を抜いた。ジーンはにこにこ笑ったまま、口を開く様子はない。
「兄弟がいるのも確かだ。優秀な霊能者で、ユージン・デイヴィス……」
ジーンの方をちらりと、滝川さんは見る。
アランの名前は……聞いた事がないがな」
アランはコントロールだけで実験はほとんどしなかったし、十歳までだからね」
ジーンは自分の名前に頷いてから、アランの事も少し説明した。
「末の弟が家出して、日本に居る事が分かって来日って感じか?何で四年もかかっちまったんだ」
「それはアランがサイコメトリをさせなかったから。彼は精神コントロールに長けていたんだ」
「十歳の時からか?」
「うん。実際にはもっと前から」
ものに触れても思念を残さないと言うのは、簡単に、ましてや子供が出来るものではない。滝川さんはがくりと肩を落とした。
「完全に読ませないってことか?」
「ううん、アラン本人には行き着かないって感じかな。居場所とかは特に。例えば、アランが持っていた物は、そのときの景色や動作なんかが見える。……でも、やっぱり微弱で。多分常日頃から思念を残さないようにしていたんだと思う」
アランはそれを閉心術と名付けて居るが、実際の効力ややり方なんかは未知数だ。ジーンですら曖昧なことしか分からなかった。
「僕たちが日本に来たのも、あの事故でショールを失くしたからと、同じ能力を持っていると思ったから」
「手強い子ねえ……あの子」
「探すにも手がかりはほとんどないと言っても良い状況でした。ですから日本に分室を置く事にしたんです」
松崎さんの言う通り、アランは中々手強い人物だった。偶然と、本人の自白が無ければ、あのまましらばっくれて姿を消していただろう。
「ついでにいくつか質問しても?」
ナル達が大学生だという事を告げると、滝川さんが落ち込んだ谷山さんを尻目に問う。ジーンと私で答えられることならばと目を合わせた。
「ナルとジーン、でいいんだよな?国籍はイギリス?」
「うん」
「ナルってのはアメリカ風だと聞いたんだが?」
「僕たちは八歳までアメリカに居たから」
「へえ、じゃあご両親は日系人?」
「実の母がね。でも今の両親は生粋のイギリス人で……僕たちは孤児だったから養子なんだ」
「そもそも、アランとナルとジーンは同じ孤児院で育ったんです」
孤児というと誰でも重い気分にはなるが、それを感じさせない程にジーンは穏やかだった。



アランは五日間の昏睡から、目を覚ました。
その日の朝には様子を見に来ると言ったまどかが丁度こちらに到着していて、一緒に病院へ向かった。
まどかはデイヴィス夫妻に連絡してから病室に登場し、それ以外の全員はアランの居る病室に居た。
起き上がっているアランを見て少し会話をするとすぐに、ナルとジーンは医者に話を聞いて来ると病室を出て行った。
そして、滝川さんの疑問がアランに沢山降り注ぐ。
途中、野次馬根性が強すぎると谷山さんに嗜められたが、全員アランの不思議が多すぎることから気になっているようだ。実際、私たちですらアランの事は分からない事が多い。

しかし、母に捨てられたことと、ジーンを傷つけ家出することになった原因である力を、明かしたくはないだろうと思い助け舟を出すと、滝川さんは少し悪びれて目をそらした。
ところが、母親とジーンを殺しかけたことはあっさり説明した。
彼が自主的に母親と別れたと事は私も、おそらくまどかも初耳だった。もしかしたらナルとジーンですら知らないかもしれない。
「だから、もう俺に触らないで良いよって、お別れしたんだ」
「おぼえていますのね……」
「そうだね、全部覚えてる」
ふと、窓の外を慈しむような優しい眸で見つめながら、アランは透き通るような声で言った。
「愛してたよ」
今もなお、優しい顔で愛を紡げるくらいにアランは愛情深かった。だからこそ、誰も求めず一人になったのだ。


「ねえ、ナルって昔からあんな性格だったの?」
「うん」
「弟が行方不明になって世を拗ねちゃったとかではなく?」
「そんなヤワじゃないよ。ナルは俺の家出も半ば同意してたんじゃないかな」
谷山さんは話題をナルのことに変えた。
アランの言う通り、ナルはアランの家出に対して特に何も言わなかった。ただし、家族の縁を切ったわけでもなく、両親を心配させていると言う点では家に連れ戻そうとは思っていた。
「だってジーンと正反対だから……」
「そうねぇ……。あれだけ外見が似てるのも珍しいけど、あれだけ性格の違う兄弟も珍しいわよね」
まどかは天井を見上げながら、ゆっくりと喋った。
「でも、アランが中間くらいの性格をしてたし、二人してアランの世話をやいてたから、違和感はなかったのよね」
「じゃあやっぱり仲良いんだね」
「んー。それはどうかなあ。確かにナルと一番親しいのはジーンとアランだったけどね」
「喧嘩とかは?」
「しょっちゅうよ。たいがいナルがジーンとアランに一方的に怒るんだけど」
私はその様子を何度か見た事がある。
ジーンもアランもナルに動じない。
アランなんて、ナルの遅い、違う、何故そうなった、という問いに一切応えない。返事だけは素直で、のろのろと動いてナルの神経を逆撫でしていた。
「ナルは俺たちのことちょっと苦手だと思ってるよ」
「え、兄弟なのに?」
「基本的に構われるの嫌いだし、研究してたいんだよ。家族にも兄弟にも放っておいて欲しかったタイプかな」
「研究さえしてればご機嫌で、それ以外のことは邪魔だとしか思ってないみたいだものね」
まどかはくすりと笑みをこぼす。
「でもジーンも俺も、ナルを完全には放っておかなかったからね」
「余計なお世話だ、で終わりじゃなくて?」
「そうもいかないよ。家族だから。嫌でも毎日顔を合わせる」
縁は中々切れないからね、と言いながら表情を変えないアラン。
アランなんて養い親でも、血のつながっている兄弟というわけでもないが、なんだかんだ言いながらナルはアランを家族だと認めていた。
「でもジーンもアランも基本人のこと嫌いにならないタイプだものね……完全に仲の悪い兄弟では終わらなかった」
ふうん、と谷山さんは一呼吸置いてから、まどかに質問を繰り返した。
「日本に来たのはいつ?」
「谷山さんがバイトに来るようになった、三ヶ月くらい前かな、そのくらい」
「森さんってどういう関係なんですか?」
「身上調査?」
「はい。今回は大手を振って」
まどかは軽く声をあげて笑い、ナルと私の上司だと教えた。
アランもSPR?」
「俺は今までイギリスに居なかったから入ってないよ。居ても入らないと思うけど」
「あら、なんで?もういっそのこと入って研究しちゃった方がナルたちと調査できるのに」
「おばけこわい」
もぞり、と掛け布団を頭まで被り、アランは隠れてしまった。ぶはっとそれに笑ったのは滝川さん。他の皆もアランを微笑まし気に見ている。大人びているくせに、ふとした仕草が非常に子供らしく純粋な為、人の意表をつくのだ。

「もういい?」

ドアを開けてジーンが入って来た。その後ろにはナルが居る。
「あら立ち聞き?」
「病室の外まで声が聞こえて来るもので。他の患者さんの迷惑も考えていただかないと」
松崎さんの揶揄が飛ぶが、ナルは冷たい視線で丁寧に往なした。
「明後日には退院だって」
「ごはんは?」
「明日の朝から。今日はこのまま」
「口さみしい……」
ジーンはアランの顔を覗き込み、慣れた手つきで頭を撫でる。
「和むツーショットですよね」
安原さんがにっこり笑いながら言うと、一同頷いた。
「でもブラウンさんとのツーショットも中々良いですよね……外国人って感じで」
「それを言ったらナルとジーンが一番じゃないの?」
よくわからない話題に転換されて行く中、松崎さんが双子を見上げた。

「そういえば、イギリスに彼女いないの?ナルなんてずっと日本にいるじゃない。愛想つかされちゃうわよぉ」

原さんと谷山さんが同時に固まった。おそらく彼女たちは二人に好意を抱いているのだろう。
アランはうっすら笑って楽しそうにしている。
私もまどかも、二人に恋人が居ると言う話を聞いた事も無ければ見た事も無い。ジーンはよく女性に囲まれてはいたが、特定の人物と仲が良いというのも無かったように思う。
「……もう五年くらい追いかけている女性ならいるが」
「うそ!まじ?」
「ああ、ウィンブルドンのね」
ナルとジーンは表情を変えずに顔を合わせて会話を始めた。
がた、と立ち上がるのは谷山さんと松崎さん。滝川さんはびっくりした顔をしている。
「いくつぐらい?綺麗な人?」
「さあ。歳は八十過ぎに見えるが」
途端に、霊の話だとわかり、谷山さんは体勢をくずした。
松崎さんはつまらなそうに悪態をついて足を組んだが、まどかがのんびりと口を開いたことにより、動きを止めた。
「あら、ナルもジーンもハニーなら居るじゃな〜い」
「……メルのことを言っているのか?まどか」
「メル?メルさんは何歳なの?三百歳っていうんじゃないでしょーね?」
「ナル達の四つ下よね」
まどかは面白そうに笑っている。谷山さんは先ほどのこともあり疑心暗鬼になるが、四つ下というリアルな数字を聞いて挙動不審になった。
ジーンはまどかに乗っかっているようで、アランの事とは言わないし、ナルは呆れて口を閉じた。
そしてアランは腹を抱えて布団の中で藻掻いている。笑い声が漏れているのでおもしろがっていることは確実だ。
「お嬢さんや……やめてやんなさいや、可哀相に」
「あら、滝川さんは知ってるのね」
滝川さんに谷山さんや原さんの視線が集中した。
「前アランがナルを庇った後、二人して アランのことをメルって呼んでたの、お前ら忘れたかあ?」
あまり意識はしていなかったが、確かそう呼んでいたような気もする。あのときは非常事態だった為誰もが気にしないでいたし、忘れてしまっていても無理は無い。
「えええええぇぇ!?」
谷山さんの大きな声が病室に響いた。その後松崎さんに口を押さえ込まれたが、おそらく他の病室にも響き渡っただろう。
アランをメルって略すもんなのか?」
「略さないね」
「じゃ、ミドルネームか?」
「それもちがう」
笑いから立ち直ったアランは、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら身体を起こした。
「ラテン語で蜂蜜。そのまんまの意味だよ……母が俺をそう呼んでいた」
「これは本当に家族しか呼んでない呼び名よね」
「身内特権ってやつですか?」
「身内しか呼ぶ気にならないだけだよ、ハニーなんて」
滝川さんと安原さんに答えながら、アランはまた背もたれに身体を預け、表情を変えずに言うので大切な呼び名なのかそうでもないのか判断しかねる。
「意味なんて気にならないくらいメルって呼んでるから、家族なのかもね」
アランは目を瞑って、口元をゆったりと緩めた。

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Sep.2014