harujion

Mel

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(麻衣視点)

二人の正体が、オリヴァーとユージンだと知って、色々なことに合点が行った。ナルとジーンがらしき人物を探して日本へ来たこと、あたしの見る夢にジーンが出て来ること、二人ともやけに勘が冴えてること。
ナルはサイコメトリをして、ジーンは霊視をしていたからだった。
最初からあたしの夢にはジーンが出て来ていて、それはあたしの願望とか深層心理の現れなんだと思ってた。夢で見たからなのか、普段から優しくて素敵だったからか、あたしはいつのまにかジーンにドキドキしていた。
が行方不明になってしまって、廃校になった学校に調査へ行った時、あたしの見ている夢の中のジーンはあたしの妄想ではなくて本当のジーンなのだと分かった。それはとても嬉しいけど、なんだかガックリ来た気もする。でも、あたしがジーンのことが好きという結果は変わらない。好きになっちゃったんだもん。

「昏睡と睡眠ってどーちがうの?」
「昏睡は痛みなんかにも反応しねーの」
「でもの場合は完全な昏睡とは違うかな。ある程度身体が休まったら目を覚ますと思うよ」
ナルがPKを一人で使うときの方が危険らしくて、その比例を出されるとあたし達は少しほっとしてしまう。普段はジーンがアンプリファイアの役割をしているから平気なのだそうだ。
だから霊がナルに向き合った時リンさんが止めたんだろう。その時ジーンは傍に居なかった。
おこぶ様を破壊するときはジーンが居たからリンさんも言わなかったみたい。

あたしのぽろぽろ溢れて来る疑問に、ぼーさんとジーンは意外と付き合ってくれた。まあ、ぼーさんも色々知りたいことがあったからだけど。
色々とハチャメチャで未知なの能力をいくつか聞いたあと、あたしはぶらぶらと雑木林の中を歩いていた。暫く歩くと公道が見えて、その傍にはナルが佇んでいた。
「なにやってんの?」
「麻衣か」
「ジーンに聞いたんだけど、前にジーンが轢かれそうになったのって、ここらへんなんだって?」
「うん。ちょうどあの辺り」
すっと指を指す方は大きなカーブがあった。
「ナルもサイコメトリで見たの?」
「そう。服を借りた時に同調して」
ナルは、どんな風に見えたのか教えてくれた。
その時はシャツとスラックス姿で黒髪の後ろ姿だったから誰だかは分からなかったらしい。それに、ナルとジーンの中のは十歳の少年のまま成長をしていなかった。
「東條さんとして初めて会った時、気づかなかった?」
「マスクをしていたから分かりづらかった。でも、目元が似ているとは思った」
色素の薄い瞳はそのままなのに、何故だか気づけなかったのだという。
「日本語を喋れる筈はないし、黒髪で、年上だ……とは似ても似つかなすぎた」
「日本語、昔から喋れたわけじゃないの?」
「僕たちと別れるその日まで、一度も日本語を喋るそぶりは見せなかった。昔から秘密の多い奴だったがここまでとは思わなかった」
本人は日本に来てから気合いで日本語を覚えたと言ってたけど、ナルやジーンですら漢字が苦手だと言っているのに、は学年一位をとり続ける程の日本語力を身につけられるっていうのは俄に信じがたい。
あまりにも流暢すぎる日本語に、あたしたちは西洋人顔にも関わらず、すっかり日本人だと思ってた。
深く溜め息をついたナルをちらりと見てから、道路を見下ろす。
ナルってちゃんとお兄ちゃんやってるんだなあ。に甘い訳じゃないけど、なんだかんだで世話をしてる様子をみかける。



は五日間眠り続けた末に、少し寝すぎたなあくらいのテンションで目を覚ましたらしい。ちょうど森さんがイギリスから駆けつけて来た日の朝で、一緒になって病院に行った。
けろっとした顔でおはようって言うのでがっくり肩を落としたのは言うまでもない。
が目覚めた後にお医者さんの話を聞きに、ナルもジーンも出て行ってしまい、いくつかに尋ねごとをする。主に野次馬根性丸出しのぼーさんが、なんだけど、あっさり答えてくれた。本当に、淡白と簡単という二つの意味を兼ね備えた、『あっさり』とした答え。
病室にナルとジーンが戻って来ると、の話が流れて二人の彼女の話になった。ナルに彼女なんているようには見えないけどこの顔だから女の人に放っておかれなそう。いやでも女の子全員ジーンにとられてたんじゃないかな。
あたしの本命はジーンだからその答えを聞くのが凄く怖かったけど、結局ナルにあっさり躱されちゃった。

「あら、ナルもジーンもハニーなら居るじゃなーい」
「……メルのことを言っているのか?まどか」
「メル?メルさんは何歳なの?三百歳っていうんじゃないでしょーね?」
まだその茶番劇を続けるのかと思いながらぞんざいに問いつめる。
「ナル達の四つ下よね」
森さんもからかわないでほしいよコッチは正直気が気じゃないんだから!と思ってたら意外とリアルな数字が出て来てびっくり。可愛い名前の、ナルとジーンの四つ下の女の子がぼんやり想像できる。
ぼーさんの言葉で、結局メルはのことだと分かったけど、複雑な思いを払拭できない自分が居た。結局ナルとジーン にハニーはがいるんだもん。
男の子だし、兄弟だし、なんてのは関係なくて、たちの中にあたしが入れるかと聞かれると絶対無理。
もちろん付き合ってる年数ってのもあるけどさ。

次の日、暇だったからの病室に遊びに行くとゼリーを食べていた。
今朝から普通の食事を出されているから看護婦さんにおやつの差し入れを貰ったらしい。
「ナルたちは今日来てないの?」
ロッジで姿が見えなかったからてっきり病院に居るもんだと思ってたけど姿は見えない。
「帰国準備」
「え!?」
「ナルとリンも一旦イギリスに帰る。また日本来るみたいだけど」
「そうなんだ」
「両親がちょっと心配しててね……まあ大分俺の所為だけど、ナルもそろそろ顔見せてやんないと」
軽く笑って、ゼリーの最後の一口をぱくりと食べた。
悪びれてねーなこいつめ、と思いかけた時ふとスプーンを持つ手に目がいき気がついた。
「今日は手袋してないんだ」
「意識不明のときからしてませんけど?」
あ、そうだった。
ちょっと口調を変えて、眉を上げる様がナルに似てて腹立つと同時に面白かった。
「ね、ナルって大きな力を持ってるんでしょ?」
「そうらしいね」
あたしの問いに、は曖昧に答えた。ここ四年のナルを知らないということを思い出した。
も前に意識不明になったんだよね、そんな力を持ってるとやっぱり大変?」
長距離の瞬間移動をすると倒れたり、疲労が蓄積されていくことは聞いている。
「失敗する事を考えると怖いな」
は少し考えてから、無表情で言った。
「俺の瞬間移動はね、失敗すると多分身体がバラバラになると思うよ」
「え!?」
あたしそんなのやられたんだ、とぞっとする。
いや、助かったんだけどさ。
プラスチックの容器をスプーンでかしかしと引っ掻きながら、は軽く笑い飛ばしたから、からかわれたような気がした。


次の日にはは退院し、あたしたちは東京に戻った。
それからすぐにナル達はイギリスへ帰国し、森さんがSPRに残る事になった。

ナルが帰って来ると報せを受けたのは十月になってからだった。
ちょうど帰って来る日飛行機が遅れているとの情報が入った。そんな日に限って、依頼者の方はやって来た。
安原さんが最初に受け、あたしはあとからやって来た。制服姿なこともあり、依頼人は吃驚している。所長を見たらさぞ驚くんだろうなあ。
依頼人は阿川翠さんと、その従兄弟の広田正義さん。それから阿川さんの友人の中井咲紀さん。
阿川さんは少し落ち込んだ様子の女性で、広田さんは精悍な顔つきと意志の強そうな人だった。

依頼内容を聞いている最中でナルとリンさんが事務所に戻って来て、渋るナルに依頼を押し付けた。
「ここの責任者は外国人だと聞いたんだが」
オリヴァー・デイヴィスに会わせろと言う広田さんに、あたしは内心驚いていた。そもそもこのSPR分室の存在を知っていることも珍しいのだけど、それ以上にナルの本名を知っている人なんて早々居ない。だって日本では滅多に名乗らないのだから。
「では・デイヴィスは?」
・デイヴィスはうちの調査員ではありませんので」
ナルは珍しくきっぱりと断った。
その答えは少なからず納得がいくもので、広田さんはぐっと押し黙った。

依頼をうけるということになり、広田さんと中井さん、阿川さんは帰った。
ナルのことはおろか、の本名まで知ってるなんてどうしてだろうとあたしと安原さんは首を傾げたけれど皆目見当がつかない。ナルに何でだろうって聞いてみてもさあなとしか答えてくれない。
「こんにちは」
本日二件目のお客様は、夕方にやってきた。依頼人ではなく所長の身内だったけれど。
さんも日本来てたんですか」
「夏休みきた時、結局用事果たせなかったから」
「ジーンは?」
「来てないよ」
も来ているのならジーンもと思ったけれど、その見当はハズレ。ちょっとしょんぼりした。
それから、慣れた様子で所長室のドアをノックして入って行ってしまい、数分後は出て来た。お茶もらうよと言いながら簡易キッチンの方へ行くので安原さんが僕の仕事ですからと笑いながら制止した。
「学校ってまだ冬休みじゃないですよね、たしか」
「卒業さえ出来れば良いんだよ別に」
安原さんから出されたお茶をしきりに冷ましながらはきっぱり答えた。
は実際十四歳で、日本で言う中学生ってやつだけど、学力に関してはもう大学生レベルらしいから正直学校に通う必要なんてないのかもしれない。あっちの教育制度はよくわからないけど、は涼しい顔をしているから良いんだろうと思っておく。
「そう言えば、広田さんか中井さんってご存知ですか?」
「緑陵の生徒?」
おそらく身近にその名前の知り合いはいないようでは安原さんの顔を見上げた。
今日の依頼人が、・デイヴィスの名前を出したことを教えると、興味無さそうに知らない人だと思うと答える。
「俺の名前を知っている人は限られてるから、おおかた見当はつく」
「入院したときとか?広田さんはたしか公務員って言ってたけど」
んーと適当な相槌ばかりで大して話を続けようとしてくれない。
安原さんも苦笑いをして、あまり深く問いかけようとしなかったからあたしもこれ以上聞くのはやめた。

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Sep.2014