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(ナル視点)
電子機器類との相性が頗る悪く、素手で触れれば十秒で機械に何らかの影響を与えるメルだが、機械に関する知識は並以上に持っていた。どこで覚えて来たのか甚だ疑問だったが四年も離れていた時期がある為、納得せざるを得ない。日本語でさえこんなに流暢になったのだから機械の事も出来ると思わせられる。僕は、今更メルが幽霊を見る事が出来ると言って来ても動じない自信があった。
家電製品の様子がおかしいという阿川家の調査にメルを連れて行ったのは、機械類に関してメルが詳しいからという理由だけではない。それだけだったら僕だって出来る。勿論人にやらせた方が楽だが。
広田さんと中井さんという二人が、・デイヴィスの名前を出した。僕の名前なら漏れている可能性も無くはないが、メルは入出国、病院、宿泊施設以外で・デイヴィスの名を出すとは思えない。思い当たったのは、四年前の密入国の件だ。メルが消えた当初のビデオと、日本に来て病院に搬送されたときの記録を照らし合わせれば飛行機では到底無理だということがわかる。カルテやDNAデータと、元々イギリスにあったデータを照合して本人に間違いないことも証明した。あの時初めて瞬間移動をしたため能力の証明は出来ないが、サー・ドリーと僕の名を使い説明もしてある。
それで終わったと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
勿論理由がそれではない可能性もあるが、限りなく低い。メルも見当はついていたようで、呆れたように半目でそっぽを向いていた。
わざわざメルに会わせてやる必要も無かったが、僕が悪巧みをしていると疑っているようで非常に鬱陶しい。メルを存分に疑い空回りすれば良いと思い、メルに同行の旨を告げた。当初面倒くさそうに嫌だと言っていたが一日だけ付き合うという条件で、本人の約束はキャンセルさせた。
そんなメルは初日の夕方頃にリンと僕しか居ないベースで電子機器類に関する報告をし終えると、明日以降も調査に同行したいと言った。興味の無い事には面倒くさがるメルが滞在したがるなんて珍しかった。以前は心配という余計なお世話を働かれたが、今回はそんな前触れは無い。それに、今日のことでメルが何かに興味を持ったとも思えない。広田さんのことを気に入ったかと思ったが、メルが身内以外で好くのは自分に積極的でない人間で、例えるならリンのようなタイプだ。調べに来た、突っかかって来るタイプの人間に興味がわくとは思えない。
「なぜ?」
結局メルの考えてる事を推測できずに問いかける。
「不安で」
「お前に心配される程落ちぶれはいない」
「違う、別に毎回心配なんてしてないよ……ただ、なんか、さみしくて」
「は?」
「ナルと居る」
随分と淡白なホームシック発言だった。
一瞬何を言っているのか分からず、リンと僕は首を傾げた。
そしてようやく理解しても、さみしいとたった今口にした人間の表情ではないメルに、溜め息が出る。
「ならイギリスに帰ったらどうだ」
「や、坂内に会ったり、買い物もしたいし」
「何がしたいんだお前は」
「ナルと居たい」
四年も一人で生きて来たくせに今更さみしいと言われても信用しかねるが、変な嘘をつく奴ではない。嘘をつくとしてももっとマシな嘘をつく筈だ。
もともと僕は調査に同行しろと言っていた為、メルに帰れと言っても聞かないだろう。翠さんに調査に同行する事は自分で説明して来いと言うと部屋を出て行った。
翠さんにも許可を取り、予定を調整して教会にも連絡をいれたらしく、メルは一緒に食事をとっていた。
食後には広田さんが手伝いを申し出てきた為麻衣同様にこき使うことにして、暗示実験にうつる。今夜ハヌマンの像が動くと暗示をかけた。
そのすぐあとに、礼子さんは不安そうに、人が居ると言いだした。実際に人が居た気配もなく、リンにカメラを確かめさせても何も映っていない。霊の存在を否定するわけではないが、すぐに決めつけることはせず、人間が居ないことだけをしっかりと告げた。
夜十一時から夜中の三時までに、礼子さんは何度も不安を訴えた。その都度僕が説明に行くと落ち着くが、すぐにまた不安を訴える。
六回目の訴えから戻って来た僕を見上げて、麻衣が六本指を立てた。
「おかあさん、あの調子じゃ今までもほとんど寝てないんじゃないの?」
「だろうな」
溜め息をつきながら座る。偽薬を処方しようかと零すと、麻衣と一緒にメルが首を傾げる。麻衣は偽薬の意味がわかっていないが、メルはおそらく違うことに首を傾げている。
「俺が聖書でも読む?」
「馬鹿、お前みたいなのに聖書読まれて安心するか」
「え、そうかなあ、真っ白だから聖書読んだら意外と……」
「みんな麻衣みたいな単純思考ではないんだ」
「なにをぅ?」
「ーーーどうしますか?」
言い募ろうとした麻衣の言葉に被さりながらリンが会話の軌道を修正したので麻衣はようやく黙り、メルは興味をなくしたようにモニタの観察をしながらあくびをしていた。
麻衣にぼーさんを呼ぶように言うと、今から電話をかけにいくために立ち上がった。深夜三時だと咎めても、ぼーさんなら今の時間も起きているといわれて妙に納得した。
「滝川さんも胡散臭さはどっこいどっこいじゃん」
メルがぽつりと呟いた言葉に、僕は返答しなかった。
カメラのモニタには電話中の麻衣が映り、その足元には広田さんが眠っている。リンと話していると、カメラに向かって麻衣が合図をしているとメルが口を挟んだ。居間に置いてあるインカムを示しておりスピーカーをオンにすると、電話の呼び出しベルが聞こえた。
『どーしよ?』
「……お前が取れ」
翠さんに許可を得ているため電話の音声を拾えるように回線を機材に繋いでいた。
麻衣が電話にでても、酷い雑音しかない。声は遠く、雑音のせいもありほとんどが聞き取れなかった。
録音はしてあるため、無言で耳を澄ませたが通話は約二分で切れた。
「雑音をカットして相手の声だけを抽出できるか?」
「やります……——?」
「どうした」
「寝てしまったみたいです」
いつのまにか壁に寄りかかってじっとしていたメルは眠りについていたようだ。
起こしますかと問われるが別にメルにやってもらう事は無いため放っておき、僕たちは作業に戻った。
それから朝まで一時間おきに四度かかって来た。そして、翠さんは出勤の為に七時におき、礼子さんはその後に起きた。
結局ハヌマンの像は動いておらず、確認している間にメルが起きて来て礼子さんに食事を作ってもらっていた。
「おいしいです」
「よかったわ」
広田さんはそののんびりとしたやり取りを見て、つっかかる理由も浮かばず大人しくメル同様に食事をとっていた。
「くん、きみは今日はどうするんだ?」
「今日はちょっと私用で外に出ます。夕方頃にはここに戻って来る予定です」
「機械類の調整とやらは?」
「昨日一通り。今日は様子見ってところですね」
「きみが見ていなくて良いのか」
「不調があったらあとで言ってください。今日は約束があるので」
仕事を放棄していると眉を顰めているようだが、実際にメルだけでやらなければならない事でもない。テレビの磁石は取り除いてある。アンテナの腐食はすぐに対応できる訳ではなかったが、原因も対処方法も分かっている為問題は無いのだ。ブレーカーは付け替えなければならない部品があるため、出掛けるついでに買い物をしてくると言っていた。
広田さんにそんなことは知る由もなく出かけると言ったメルに良い顔をしなかったが、アイツはそんなことを気にする奴ではない。そ知らぬ顔で昼前に家を出て行った。
僕たちも仮眠をとることにし、広田さんには何かあった時に対応することと、分からない事があったら起こすように伝えた。
夕方ごろ、インターホンが鳴って目を覚ました。
ソファから身体を起こすと少し不快な気分だったが、立ち上がる。玄関では広田さんと女性がなにかやり取りをしているのが聞こえ、様子を見ていた。
女性は待たせてもらうと家に入り込もうとするが、広田さんはしどろもどろに断っていた。おそらく一喝したいとをおさえているのだろう。
「昨日、ずいぶん人が出入りしていたものねえ、あれはどういう方?ご親戚?」
「俺の友達です」
「お泊まりだったの?いつまでいらっしゃるの?」
「わかりません」
「なんだか荷物を運び込んだり、屋根に上がったりしてたわねぇ……外国人の方かしら?」
おそらく屋根に上がっていたのはメルだ。アンテナが腐食しているのを調べていたようだから、それを外から見ていたのだろう。広田さんはなんと答えたら良いか分からず、とにかく、と言いかけた所で新たな登場人物の声が聞こえた。
「ただいま」
お前の家じゃないだろう、と言いたい所だが深くは追求しない。
メルが帰って来たらしく、玄関に人口が増えた。そのタイミングが良いのか悪いのかわからないが、人を避けるくらいのことはやってのけるだろう。
「あ、ああ、おかえり」
「あなた、この家の方なの?どういうお知り合い?」
「ホームステイです。女の人二人じゃ大変だから、広田さんとお友達も呼んでくれたんです」
少し子供っぽく、辿々しく答えた。
「屋根にのぼっていたけれど……」
「景色見たくて登っちゃった。あとで怒られました」
今日はいっぱい見て来たから疲れたなあ、とぼやきながら歩みを進めると、自然と女性はドアから少し離れる。そしてドアに手をかけて、広田さんの身体を少し押して自分の入るスペースを作った。
「bye」
話の通じない外国人みたいな顔をして、勝手に家を閉めてしまった。
「あ、ねえ!あなた本当に翠さんの従兄弟?本当は何か目的があるんじゃないの?」
ドアの向こうから、そんな言葉が聞こえたが誰もそれには答えなかった。
広田さんはほっと安堵の息を吐き、廊下に立っていた僕に気づくと僕とメルを見比べて今度は溜め息を吐いた。
彼女は右隣に住む笹倉夫人だった。翠さんから聞いた情報では三人家族。
ずいぶんと家の中や僕たちのことが気になっている様だ。
笹倉家の事はそれ以上わかることもなく、僕は広田さんが従兄弟ではないのだろうと指摘する。あの女のいいがかりだと苦い顔をしたが、何かを秘匿する者は悪事を隠す為に秘匿するのだという広田さん本人の持論を投げかけた。メルは興味無さそうに僕と広田さんを交互に見てから、席を外し居間を出て行く。あいつは本当に自分勝手なやつだと内心で溜め息を吐きながらも広田さんへの言及を続けた。
広田さんは結局自分が従兄弟ではないことしか吐かなかったがそういうことにしておいた。
麻衣は起きるなり姿見が怖いと言い出し、コソリがいるというインスピレーションを受けた。
こういう発言に一番大きく顔をしかめるのは決まって広田さんで、今までまともだと思っていたと麻衣に侮蔑の眼差しを向けた。麻衣は本気で怒りはしなかったが、聞きかじりの受け売りを披露して形ばかりの論戦を繰り広げていた。
その後お茶を入れに行かせるのと入れ違いにメルがやってきた。表情は変わらず、口も開かず大人しく僕の傍まで来て、隣に座った。それから何をするでも無く、大人しくしていた。
今日のデータ統計を頼むために名前を呼ぼうとしたが、何か騒がしいことに気がついた。僕はすぐに立ち上がり声のするダイニングへ行った。麻衣とメルもついてきていて、僕たちがダイニングへ飛び込んだのと翠さんが部屋に入って来たのは同時だった。
麻衣と翠さんは真っ先に礼子さんの様子を伺っていたが、メルは珍しく近づいていかなかった。勿論二人が付き添っているならメルなど必要ないし、本人もそう思っていたのだろう。来た意味が無いくらいに何もしていない。
「ぼーさんは何時に着くと言っていた?」
「夕方。時間はいってなかった。仕事があるから、終わってからしかこれないって」
「誰だって?」
麻衣と話していると、広田さん口を挟んだ。軽く麻衣が説明しているとあまり良い顔はしない。何故ぼーさんが必要なのかと聞きかけた瞬間、チャイムが鳴った。おそらくぼーさんなのだろう。
話し中だった麻衣が、嬉しそうに迎えに行き、メルは結局ベースに戻るまで僕の後ろを着いて来るだけだった。本当にお前は何をしに来たんだ。
「こんばんはー」
のんきそうな声をあげてベースに入って来たのは安原さんとぼーさんだった。
ぼーさんはメルを見ると一瞬だけ反応したが、僕は干渉せずに安原さんに依頼した調査はどうかと尋ねた。勿論彼は怠惰ではない為紙袋をあげて、にっこりと笑った。
広田さんが相変わらず訝し気にぼーさんを見ているため、その視線に気づいた安原さんは軽く紹介し互いに会釈をし合う。広田さんに何をどう説明しようが態度が変わる事もないし時間の無駄なので、僕は人数分お茶を頼んだ。
「メル、お前もいけ」
「……はぁい」
ほんのわずかな時間、じっと僕を見てから立ち上がる。
数秒感の沈黙の意味が分からないが、表情に機微がないため感情は慮ることはできなかった。
ただなんとなく、行きたくなさそうな背中をちらりと一瞥して見送ると、麻衣も手伝うと軽く腕を叩いて出て行った。
「故郷の空気はどうだった?」
久しぶり、と軽く挨拶をしながらぼーさんは腰を下ろした。
「東京より成分的にかなりマシ、といったところですか」
「も来てたんだな」
「夏のリベンジだそうで」
「ああ……夏はすぐ帰っちゃったからなあ」
日本に居た知人達に会いに来たつもりだった夏休みの日本旅行は全て調査に費やされ、入院の事もありすぐにイギリスに帰る事になった。
その為に十月のこの時期にやってきた訳なのだが、ぼーさんは結局今も調査に参加していることで苦笑した。
「ほとんど仕事してない。昼間には好き勝手出掛けていた」
「へーそうなのか?……じゃあなんだってここにいんだ。元々宿泊場所だって決めてただろうに」
「……さあな」
Sep.2014