49
(ナル視点)
翠さんが霊をみて叫び声をあげた後、ぼーさんには札を貼ってもらい、ジョンを呼ぶように麻衣に言いつける。
原さんがミルクティーを翠さんに差し出し、ぼーさんは翠さんの気を和らげるために軽い会話を展開した。メルは眠そうな目を擦りながら僕の後について来たがどうせ役に立たないので寝てろと部屋に戻した。
サイコメトリをすると、死んだ子供の情報が読み取れた。
コソリと言っていることからして、麻衣がインスピレーションを受けたのはこの子供の言葉なのだろうと分かる。殺されるシーンに鉢合わせ、回線を切断させるために我に返った。
「——ナル!」
厳しい声に呼ばれ、目を開けると頬の下の畳みの感覚があり、横たわっていることを自覚した。目が霞み頭が痛む。動けば吐きそうになるのでリンが僕の肩に手をかけたとき指先を軽く動かして制した。
「心配はいらない。……少し身体が驚いているだけだ」
朝、目を覚ましたらしい麻衣が神妙な顔つきでベースに顔を出した。
「ナル、夢見たよ」
その一言で、ジーンが麻衣にコンタクトをとったことを理解した。
途中で広田さんに、中井さんのハイウェイシノプスと麻衣の夢の違いを仕方なく講義した後、やっと麻衣の話を聞く事が出来た。わざわざ麻衣に知らせたのは、麻衣の勉強のためか、ただ単に似た者同士で波長が合っているから麻衣を介しているかのどちらかだ。
「何か手がかりになりそうなことは言ってなかったか?」
「五人だって」
麻衣の言葉に、全員が軽く首を傾げた。
「ここで死んだ、一家は五人だって。老人と夫婦、子供が二人」
「それが、全員殺されたのか?」
ぼーさんの言葉に、麻衣は頷いた。
「ジーンはそう言ってた。でね、まだ終わりじゃない、悪い事が起こるかもしれないから、気をつけてくれって」
「そうか——」
この家に居る霊は無害であり、警告しているのだと原さんが言っていたことをふまえると、ジーンの言う悪い事の意味がよくわからない。
情報を整理していると階段を下りて来る音がして、メルが起きてきたのだと分かった。本当に起き抜けなのか顔を出す事は無い。もしくはあいつは呑気に食事をとっているかもしれないので放っておく。
「あ」
その音を麻衣も耳にしていたのか、口をぽかんと開いた。そんな麻衣に全員の視線が集中すると、そういえばと苦笑した。まだジーンからの伝言があるらしい。
僕に直接言えばいいものを、ついでだからといってあいつは麻衣に押し付けすぎだ。
「メル……じゃなくて、に繋がったんだって」
最初、麻衣が何を言っているのか分からなかったが、ジーンからのホットラインがメルにも繋がったということを言ってるようだ。本当だったらなにもおかしい事ではない。もともとメルと僕たちは波長が合う。もちろんメルの波長は若干ずれている為精度は低いが。
しかしそんなものを全て無かった事にしてわざわざ自分から遮断しているのがメルだ。それが繋がるということに、僕は違和感を覚えた。
「、ジーンに電話してきたんだって。暇つぶしにって言ってたらしいけど……何かあったんじゃないかって、繋げたら出来たとかなんとか」
ジーンがわざわざ僕のサイコメトリを繋いだ理由も、遠くからわざわざ霊視した理由もわからなかった。そもそも僕は調査中だとは言ってないし、頼んでも居ない。メルが電話をしなければ調査中だと知る事もなければ、違和感を感じる事も無かった。
「たかが電話したくらい何かあったんじゃないかって?」
「普通思わないよねえ。ナルにあんなにべったりじゃない?だからジーンとも仲良しでしょ?あたしも何でだろうって」
ぼーさんが呆れた顔をし、麻衣と原さんも苦笑している。
「僕にべったり?」
「……言われてみれば、そうですね」
僕は首をかしげ、リンは口を開いた。思わずリンに視線をやると、ここに滞在する理由も珍しいものだったと指摘する。メルは一切無感動に言ってのけたから違和感など忘れていたが、確かに、寂しいから僕と一緒に居たいと宣ったのだ。一緒に居るというよりも、同じ部屋で大人しくしている程度だったので気にかけていなかった。
思えば、悲鳴が上がった際にベースを出る時は必ずついて来たし、いつもなら勝手にふらふらして麻衣やぼーさんたちと話しているのに大人しくしていた。今更違和感が浮き彫りになる。
「あの……」
その時、ベースに翠さんが遠慮がちに顔をだした。
「くんが、玄関で……」
「どうかしましたか?」
メルの名に、僕は首を傾げて座ったまま翠さんを見上げる。
「ぐったりしてるんです……どうしたら」
「寝ぼけてるのかあの馬鹿は」
「起きてました。……様子が、おかしいんです」
リンに行かせようと思ったのだが、続いた翠さんの言葉に反射的に立ち上がった。
「メルに触れましたか?」
「?いいえ」
翠さんに念のため確認してから部屋を出れば、すぐにメルの背中が見えた。寝間着代わりのゆるい服装のまま、板の間にべたりと座り込み、壁に身体を預けている。
すぐにリンや、他の連中もやって来た。
「メル、どうしたんだ」
手の甲で触れれば、電気は発生しておらず、弾かれなかった。ほっとしながら肩を掴むと壁から身体が少し離れ、項垂れたと思えばゆっくりとこちらに手を伸ばす。その手を取れば僕のシャツをぐっと握りしめた。
「どこ……?どこ……ナル」
灰色の眸は虚ろだが、涙が溜まり潤んでいる。今にもぼろりと滴がこぼれ落ちそうだ。
メルが泣くのを、僕は約十年ぶりに見た。色の薄い眉をくしゃりと曲げて、瞼を震わせながら静かに涙を流す泣き方は変わっていない。
「……ナル、ナル」
メルはしきりに僕の名を呼び、肩に顔を埋めてしがみついた。じわりとシャツが温かい水を吸ったのを感じ、背中を手で軽くたたくと、震えていた呼吸は静かになって行く。
「女の子の霊、でしたわ……あたくし達が来たらすぐに隠れてしまったようです」
状況を見ながら呆然としていた麻衣やぼーさんの間で原さんが口を開いた。
ジーン曰く、『どうして誰もいないのだろう』という気持ちで一杯の女の子の霊だ。麻衣と原さんと翠さんが家に入る前に思った事をメルはもっと顕著に受けていたということか。それなのに何も言わないというのが些か疑問だが、この様子からすると、喪失感や虚無感だけを受け取っていたのかもしれない。玄関にくるたびに感じ、無意識に家族を求めた。憑かれていたのなら尚更、自覚していないのだろう。
僕からなかなか離れようとしないメルをなんとか居間に連れて行くと、だんだん落ち着きを取り戻して行った。
「寝ているとき、ナルのサイコメトリが送られて来た。不思議と弟が恋しくなった。……弟なんていないけど。目が覚めて階段を降りて来た後のことは、あんまり覚えてない」
霊に憑かれているときの事は基本的に記憶が残らない為仕方が無い。ただし気分はひっぱられたままだ。
メルはコーヒーの入ったマグカップを両手で支えながらもって、水面をぼんやりと見つめていた。鼻の頭が赤らみ、下睫毛が濡れて張り付いているが、もう泣いてはいない。
「あのー、って幽霊に憑かれるの?」
以前吉見家で霊に憑かれたのを無理矢理剥がしてみせたことが要因だろう、麻衣は遠慮がちに疑問を呈した。
勿論、だって霊に憑かれることはある。子供の霊は特に相性がいいだろう。
「おそらく以前弾けたのは、霊が目に見えて自分の身体に入ったことが分かったからだ」
子供の頃には霊に足を引っ張られ池に落とされているし、夏には霊に攫われている。全くの例外という訳ではないのだ。
「閉心術ってんだっけ、あれは駄目なのか?」
「それはメルに聞いてくれ」
僕たちの視線を受けても一切動じないが、カップから口を離したメルは珍しく質問に応じた。
「これ、そもそもサイコメトリ対策なんだよ」
その言葉に、僕は肩をすくめる。まるで秘密があるみたいだ。
「霊に憑かれないようにするためのもんじゃないよ」
ことん、とカップをテーブルに置いて、苦笑した。
やはり、夏の一件は例外中の例外であり、無茶であった。それに霊に憑かれると言うのは基本的に意識できない事であり、何の訓練もしていないメルが撥ね除けられるものではないのだ。
その後、ジョンがやって来て礼子さんと翠さんと一緒にジョンの祈祷を聞いていた。嗚咽を漏らして泣いている礼子さんとは違いメルは平然としていたが、戻って来たメルはすっきりとしていた為効果はあったのだろう。
「俺、教会に顔出して来るね」
「はあ?」
ジョンと一緒にベースに戻って来たメルは、にっこり笑ってそう言った。素っ頓狂な声をあげたのはぼーさんだ。
麻衣と原さんは再び仮眠をとりに行ったのでこの場には居ない為、ぼーさんが一人でメルに驚いていた。僕は確かにメルはこんな奴だったと納得して溜め息をつく。
「夕方にはまた帰って来るよ」
「別に教会に居ても良いが」
もうメルにやってもらいたい仕事もないし、広田さんはメルを引き止める様子も無い為好きにしていても構わないと僕は思った。
「ジーンが言ってたことはちょっと気がかりだからさ……ジーンが居るなら良いんだけど居ないし」
メルは唇を少し摘んでから、含みを持たせて言った。いざというとき僕は何も出来ない。リンが居る為そんなことにはならないだろうが、メルは変な所で心配するというか勘が働く。こういうときは何を言っても無駄だ。僕の返答を待たずに、じゃあねとあっさりベースを出て行きいつの間にか家も出て行っていた。
「霊つかせたまんまの方が良かったんじゃねえの?可愛気があって」
ぼーさんががくりと肩を落としながら呟いた。
距離が遠いと本当は意識のホットライン繋がらないはずなんですけど、そこはほら……。
Oct.2014