harujion

Mel

Ashputtel 01

十年間、ダイアモンドのピアスを毎日つけていた。兄も家族も、それが母が最後にくれたプレゼントだと分かっている。
けれど十歳の誕生日、ナルとジーンからピアスをプレゼントされてから、ダイアモンドを身につけるのをやめた。そこまでする必要は無いと言われたけれど、俺は新しい家族の傍に居るのだから、身につけるのは彼らから貰ったピアスが良いと思った。母から貰ったダイアモンドは、ブランケットと一緒に大事にしまっておく事にする。母への愛も、思い出も、宝物として残すだけだ。


「東條先輩のピアスって、本物の宝石ですか?」
「ああ、うん」
俺は日本に来て、年を誤摩化して、高校に入学して、三年生になった。部活には入っていないけど生徒会に入っているので付き合いのある後輩は居て、そのうちの一人が俺のピアスを見て尋ねた。
この学校は自由な校風だし、俺は外人寄りの顔をしているためピアスを咎められない。言ってないのに、宗教上の理由だと思われている。ピアスを厄除けにしている国ももちろんあるが、俺の場合は単なる女の子の証である。母がラテンアメリカンであり、深くは知らないがポルトガルやスペイン等では女の子にピアスを開けるのは当然の事らしい。生まれはアメリカだった上に育ちはイギリスの方が長いが、まあつまり、俺のピアスに深い意味はないのである。ちなみに母がラテン系だとしか知らないし英語を喋っていたので本当にラテンアメリカンなのかも定かではない。
「へー、サファイアですよねそれ」
「九月の誕生石」
「九月生まれでしたっけ」
「くれた人が九月生まれだったんだよ」
耳たぶを撫でて笑うと、後輩の奈央はまじまじと耳を見つめた。
サファイアの石言葉は誠実や慈愛で、なんだか二人に似ていたなと思って耳にかけていた髪の毛を下ろした。
「えー、自分の誕生石くれたんですか?恋人?」
「違う。でもほら、戦地に行く人にピアスを片方ずつ持ってお守りにするみたいなこともあったから、そういう感じでくれたのかも」
「片方じゃないし!戦地じゃないし!だとしても恋人や夫婦同士ですることじゃないですか?」
片方じゃないのは兄が二人だからしょうがない。それにダイアモンドと交換したわけでもないし。
今のはただの豆知識なのだが、奈央はがんばって相違点をあげていた。
「ほらあとは奈央のコメントだから」
「あ、はーい」
俺がある程度の活動日誌を書き終えて奈央にノートを手渡すと、シャープペンをさらさら動かし始めた。

「あたしもピアス開けたいなあ」
活動日誌を提出し終え、職員室前の廊下を歩きながら奈央はぽつりと呟いた。
「開ければ?バレないだろうし、そこまで怒られないでしょ」
「親が怒るんですよー!」
なるほど、と奈央の言葉に頷いた。
ケチなんだから、とぼやいた奈央をなぐさめて他愛ない話をしていると、前から金髪の男性が歩いて来たのが目に入った。えっと声をあげたのは奈央の方で、俺は別に驚きはしなかった。勿論なんでこんな所に外人がとは思うけれど、それが表に出ないのだ。
前から歩いて来た金髪碧眼の青年は、俺たちに気づいてきょとんと目を見張ったが、俺の方が先に彼の名を呼んだ。
「ジョン」
「え、先輩知り合いですか?」
「あー、父の同僚?」
ジョンはぺこりと頭を下げる。可愛らしいベビーフェイスに柔和な笑みを浮かべたので、奈央もにっこり笑った。その上、何を勘違いしたのか気をきかせて足早に去って行ってしまった。
「すんまへん、お邪魔してしもて」
「気にしないで良い。 依頼?職員室はすぐそこだけど、案内するよ、生徒が居た方が楽だし」
「お手間かけさせる訳にはいきませんですよって」
「いいって、後は帰るだけなんだから」
とん、と背中を叩いて職員室に戻る為に方向転換すると、ジョンはふわりと笑ってお礼を言った。

挨拶をしながら職員室に入ると側にいた教員が、俺を見てどうしたと近づいて来た。
「御来賓をお連れしたんです」
「ああ」
「もうかりまっか」
納得したようにジョンを見たが、彼の挨拶を聞いてぴしりと固まった。一瞬何を言われたのか分かっていないようだ。
「こんにちはと仰ってます」
「あ、ああ」
聞かなかった事にしてもらおうと思って、通訳をしてみればああ聞き間違いかと流した。
「応接室に案内してくれるか」
俺に任せるなと言いたかったが、これから部活の顧問もあるそうなので了承した。肩をすくめかけたが、手間をかけると悟らせてはジョンが可哀相なので、俺はその動作を押し留めた。どうせ今日はバイトも入っていないし、タイムセールも無いから良い。
振り向いた先にいるジョンのふわっとした笑顔に癒されて、俺はいつもよりにこにこしながら案内をした。

ジョンは今までも日本で仕事をしてきたので、俺が面倒を見てやる必要は無いと思っていた。変な日本語だったとしても意思の疎通はしっかりとれたし、神父様曰くとても腕のあるエクソシストだそうだ。だから校長と教頭に引き合わせた後はお役御免のはずだった。だというのに、旧校舎まで案内してやれと言われてとうとう俺は目を丸めた。
「え、何故ですか?」
「すまない、この後もうおひと方来るんだ」
他にも業者を呼んでいるそうだから、その人たちにジョンの紹介だけ頼むと託した。
どれだけ霊能者舐めてるの。胡散臭いって思ってるのかな。
「すんまへん、さん」
今日何度ジョンに謝られただろう……と思いながら遠い目をする。
旧校舎はグラウンドを挟んだ向こう側にあり、側まで行くとワゴン車が停まっていた。その付近には人影があるので追いかけるように足を向ける。ふと車の中を見ると機材に溢れていた。散々、触るなと言われて来た代物だと思いつつ、まさかと視線を前にやる。一人は制服の女生徒、一人は茶髪の男性、一人は少し派手な服装をした女性、そっくりな美少年が二人。おい、何故居るんだ兄よ。
びく、と思わず足を止めてしまって、ジョンが俺の顔を覗き込む。
「大丈夫でっか?」
「平気」

一年程前、ジーンのテレパシーを受けて咄嗟に彼を助けたことがある。そのときはアルバイト中の格好で、顔は見せなかったが髪色もそのままで過ごしていた。彼を助けた後からはもしかしたら探しに来るかもと踏んで、髪を染めた。勿論一ヶ月すれば逆プリン、髪色は日に日に落ちていくし、あまりにも面倒だったので鬘をつける事にした。今も、面倒ではあったが黒髪の鬘をしている。教員や友人たちには驚かれたが、目立つので染めたと言えばあっさりと信じた。目立っていたのは本当の事だからだろう。

備えあれば憂い無しという言葉を今凄く実感している。
顔や態度に異常が出難いとはいえ、心臓は素直なので思い切り鼓動していた。
長めの前髪を整える振りをして目元をそっとかくして彼らに近づけば、ローファーが砂と地面を擦る音を立てたので、皆がこちらを向いた。女生徒とは顔見知りではないので、彼女も俺をみてきょとんと首を傾げた。

「ご歓談中すみません。旧校舎の調査をされている業者さんで間違いございませんか?」
「はい」
一番奥に居たけれど、ジーンが優しく返事をした。
黒髪、流暢な日本語、高校生、というあまり俺とは結びつかない要素の影でドキドキしている。
堂々としてればバレないし、俺はしらばっくれるのは得意のはずだ。
胸を張って、彼らの顔を見渡した。俺の後ろに居たジョンが一歩前に出て隣に並んだ事を確認してから、もう一度口を開いた。
「校長がもう一人お呼びした方です、ジョン・ブラウンさん」
そっと掌をむけると、ジョンは深々と頭を下げた。
「もうかりまっか」
ジョンの挨拶に、全員がきょとんとしてる。ああ、さっき教えてあげればよかった。
「ブラウンいいます。かわいがっとくれやす」
状況が理解できないのか、全員で俺を見た。何で俺に助け舟を求めるんだ。
「彼は関西の方で日本語を学んだようです」
冷静に答えると、大人二人は惜しげなく笑った。女子生徒も笑いを堪えているようだけど、堪えきれずに笑っている。気持ちはわからなくもないくらいインパクトのある言葉遣いだけど、そんな態度に肯定はできない。
「大人げない」
ぽそ、と呟くと、困惑気味のジョンは俺を見た。笑っていた生徒と男女も、ぎくりと口を抑える。
「彼らは人を笑う余裕があるようだから、きっと英語も堪能なんでしょう。ジョン、よかったね、英語で仕事ができるよ」
ぽんと背中を叩いてジョンを労うふりして、嫌味をひとつ零した。
「わー!ごめんなさい!」
少女は真っ先に謝って、英語が出来ないのだろう大人の男女二人はばつが悪そうに目をそらした。

「ブラウンさん?どちらからいらしたんですか?」
「わてはオーストラリアから、おこしやしたのどす」
ナルはちょっとだけ堅い顔をしていた。イギリス人だったらちょっと危ういとかあるのだろうか、よくわからないけど、英語が分かる人が居るってだけで厄介なことも無くはない。そして俺は立ち去るタイミングを失ったので手持ち無沙汰に旧校舎を眺めた。
なんか自己紹介も始まってしまったので俺はいよいよ居づらい。ナルが偽名を名乗りジョンが再度頭を下げると、真っ黒な視線は俺に向けられた。
「きみは」
自己紹介は不要だと思い、名乗らずに首を傾げた。
「彼とはどういう知り合いで?」
ジーンがナルに続きながら俺を見た。
耳に髪の毛をかけようとして、ピアスしていることを思い出し、前髪を直す動作に切り替える。
「うちは教会なんです。父とジョンが知人でして……私と彼は教会の手伝いとかでよく会いますから」
「では、きみが旧校舎のことを彼に依頼したと?」
「全くの偶然です。ね」
「はいです、僕はさんがこの学校に通ってはるのも聞いとりませんでした」
ジョンに微笑みかけると彼もまた笑って、ナルとジーンに解説をした。
やっぱり同一人物だから、気にかかるのだろうか。ナルとジーンはじっと俺を見ている。
「……失礼ですが、日本人ですか?」
「本当の両親のことは、知りません。気がついたら教会に居ましたので」
これは嘘ではない。記憶が一瞬なくなってしまって、その間に教会に引き取られる事は決まっていたのだ。
眸を伏せたままそう答えると、彼らはそれ以上問う事は無かった。

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本編の時も麻衣の学校と迷ったのでこっちにしてみた。
Dec.2014