Ashputtel 03
土曜の夕方、生徒会の仕事をしなければならなくて残っていた俺は、校長と教頭に呼び出されて旧校舎に連れて行かれた。何でも真砂子が二階から転落して救急車で運ばれて行ったらしい。それに、除霊は一度失敗しているみたいだし、数日前には助手が怪我をしているとか。
苦々しく文句を垂れる校長を、ナルが制した。霊の仕業ではなく不幸な事故が続いただけらしい。
「調査に戻ります」
「ああ!それなんですがね、うちの東條くんも同行させてくれませんかね」
「「は?」」
思わず上げた声が、ナルと重なる。ジーンや麻衣、その奥の方に居た滝川とジョンと綾子もきょとんとしている。
「監視というわけですか?」
元々無表情なくせにちょっとキツい視線を送って来るので、校長は一瞬だけ怯んだ。
「いえね、彼女はとても優秀な生徒ですから、きっと調査もはかどるでしょう」
麻衣を助手に使っているので、生徒を旧校舎に入れるのは半ば黙認しているみたいだし、もう一人の女生徒にも校長は目もくれない。
俺はこんな話は初耳だし、明日は用事も入れていたのだから困る。
「初耳なんですけど」
俺が口を出すと、校長は肩をすくめながらも悪びれずに頼むよと笑った。
「……こういうことは早めに言ってくれないと困ります」
「すまんすまん」
この学校は孤児に優しく、いつもバイトの為に学校を休むのも黙認してくれている為、強くは言えない。
電話してくると断り、一時的に群れから外れると、校長とナル達は別れてしまった。
明日の用事を断り、スケジュールを確認してから先ほどまで居た所に戻ると、まだ他の面々が外に居た。
「バイト?大丈夫でした?」
「うん」
麻衣に問われて、こくりと頷く。
電話中を見せないのは当然の事だったけど、携帯電話を使うときはゴム手袋をはめていて、それを見られると色々まずいから、電話を終えた先に彼らが居た事には驚いた。とっくに手袋はポケットにしまってあるけど、あまり油断しない方が良いなと気を引き締める。
「きみは?」
「え」
眼鏡の女子生徒だけは知らないため、俺は尋ねる。麻衣は助手だという報告を校長から受けているが、彼女の事は知らない。黒田さんと呼ばれているから名前だけは分かるが。
ただでさえ一般人は邪魔になる可能性があるのに、大した理由なく彼女が此処に居ることは迷惑だ。
「なぜ無関係の生徒が此処に居る?」
「わ、わたしは幽霊が見えるの!」
「そんなことは理由にならないから、帰りなさい」
「な、」
「ここは生徒の立ち入りは禁止だよ」
「谷山さんだって」
「彼女は渋谷さんの助手として一時的に雇われていると報告をうけ、許可しています。あなたのことは許可していません」
「じゃあ許可してよ」
「校長先生に許可とってきたら?」
「……なんで貴方は許可されてるのよ、わたしのほうが……」
「生徒会長……つまり生徒代表なので」
素っ気なく理由を答えれば、黒田はぎょっと目を剥いた。おかしいなあ、入学式で挨拶したけど。麻衣も知らないみたいだからそんなに目立ってはいないのか。
俺が生徒会長だということも、ましてや三年生だということも知らなかったのか、黒田は閉口してしまった。
「駄々を捏ねないでくれないかな、君が嫌いだとか嘘つきだとか言っているわけじゃないんだよ」
縋るような目で、彼女は俺を見た。
何故ここに居たがるのか、俺には理解できない。
「でも、大人の事情も理解できない子が、大人に交じって仕事できるとは思えないかな」
きついなあ、と揶揄するように滝川が声を漏らした。
麻衣は黒田の走り去って行った方を心配そうに見ていた。なんだかお人好しっぽい。
「さ、仕事に戻ってください」
ぱんぱんと手を叩けば、皆でぞろぞろと旧校舎の中に入って行った。
実験室に集まると、麻衣がそういえばと口を開いた。
「東條先輩って生徒会長だったんですね」
「入学式で挨拶したんだけど……寝てたのかな?」
首を傾げると、麻衣はえへっと笑った。多分寝ていた訳じゃないだろうけど、覚えていないということに後ろめたさを感じているみたいだ。
「まあべつに、なりたくてなったわけでもないし、あまり表に出ないから」
「選挙じゃないんですか?」
「うん、二年時二学期の期末が一位だった生徒がなる」
「え!?じゃあ先輩頭良いんだ」
「普段は一位なんてとらない。あの時は事情を知らなくて……先生が一位とれたらお米30kgプレゼントするっていったから!」
くそ、だまされた!とあの時の感情が甦って来て握りこぶしを作る。
顔を上げると、麻衣がきょとんとしていた。
滝川はすぐに笑い出して、なんつー理由だそれはと腹を抱えた。
「お米もろたんですか?」
「一番高いの買ってもらった」
ジョンがほんのり笑いながら尋ねるので、俺は得意気に答えてみた。さらにぶはっと滝川は笑い、麻衣とジーンもくすくす笑っている。
綾子とナルはなんだか呆れた顔で俺を見ている。お米の為に勉強したら駄目か。お米があるのとないのとでは食費も彩りも違うんだと力説してあげたい。
「なーんだ、あたし、先輩ってもっと怖いと思ってた」
「そう?」
「さっきの黒田さんのとき」
「子供の怪我は大人の責任なんだよ。谷山さんも此処に居る理由があると言えど、気をつけて」
「じゃあお嬢ちゃんも気をつけなきゃなあ」
口を挟んだ滝川を見上げる。そうだ俺も女子高生だった。
「もちろん、怪我したら治療費は学校に請求しますし、働けない期間は先生の家でご飯たべてやりますよ」
いざとなったら教会に戻って来なさいって言われているが、教会に迷惑をかけるつもりはないので学校にはきっちり責任をとってもらう所存だ。
「私はなるべく校舎にいたくないし、居たって使えないだろうから、この土地についての調べものをしに行っても?」
「……どうぞ」
機械を見ていてくれと言われると嫌だったので、先手を打つとナルは許してくれた。
「あ、僕も行って良い?」
内心で喜んだのも束の間、ジーンの言葉に肩をすくめる。
真砂子が霊は居ないと言っていたように、ジーンも同じ見解だとしたら、原因は霊ではない何か。だからジーンは旧校舎で霊視をする必要はもうない、ということか。
目聡いナルがくるよりも、ジーンが来た方が良いかと思って納得する事にした。
学校の図書館にいくとこのあたりの古い地図や地層図が書庫に貯蔵してあった。
あぐらをかいて、地図や書類を見つめているとジーンも一緒に地図を覗き込んできた。
「真下に、かなり大きな水脈が通っているみたいだ」
「これ、ちょっとコピーしてきます」
立上がる俺を見上げたジーンは、わあっと声をあげて思い切り顔をそらした。
「ス、スカートめくれてる!」
「そりゃすいません」
ささっと裾を戻した。
タイツとスパッツもはいているし、ちょっとめくれたくらいでそこまで大きな声をあげなくて良いのに。
「あぐらかいたりとか、ちょっと気を使った方がいいんじゃ……」
「うるさいなあ」
印刷して来た地図に印を付けて、ナルに伝えに行こうと二人で図書館を出たころには、外は既に暗かった。
「地盤沈下の調べ方ってわかります?私はわかりませんし、業者を呼ぶなら校長に言わないと」
「とりあえずナルに報告しよう」
「ナルって、渋谷さん?」
「僕も渋谷さんだけどね……麻衣がナルシストのナルって渾名をつけたんだ」
ああそういうこと、と半ば納得しつつ前をむく。
「あっちが所長なんでしたっけ、……まあそんな感じだけど」
「そう?」
「学者気質できちっとしてそうだし」
「気質なんてもんじゃない、学者バカだよ」
おどけたジーンに、思わず笑う。なにせ、約四年ぶりの兄なのだ。懐かしくて仕方がない。
グラウンドの傍を歩きながら、ジーンはほんの少し躊躇うように逡巡してから、あのさと口を開いた。
「きみって、僕らの妹に似てるんだ」
「私年上のはずでしたが」
「そ、そうなんだけど」
「まあよく年下に見られていますし」
実際肉体は年下ですし、妹本人ですし、と心の中で呟く。
ていうかやっぱり妹に似てるって思うんだ。
そんなに似てますか、と問うと、ジーンは少し考えてから微笑んだ。
「大人びてるんだけど欲望に忠実で現金なところとか」
「ああ……お米」
「わりときつい事言うけど、悪気が無いところとか」
「黒田さんのこと?悪気は無いけど、あれはきついと自覚して言ってますよ」
「あ、そうなんだ?」
昔の俺ってそんなにきつかっただろうか。ふと顧みてみても、記憶には無い。つまり無自覚にきつかったのか。
「妹さんは、いくつなんですか?」
「今、生きてたら十三歳かな」
「……亡くなってるんですか?」
「行方不明なんだ。正直生死は分からない。あの子は猫みたいに、誰も知らない所で死んでしまいそうで」
「……」
「でも少し前、僕を助けてくれた女の子は、きっとあの子だった」
生きていると信じてると、ジーンは笑った。
ナルのサイコメトリを拒否し続けているのはちょっと申し訳ないけど、拒否しなければ一発で俺の居場所はバレる。俺は家族の元へ帰ってはならない存在だから、やっぱり自分から妹だと名乗り出る訳には行かない。ジーンには悪いけれど、猫を被らせてもらおう。
「 僕の事、ジーンって呼んでみてくれない?」
「そんな名前でしたっけ」
「ううん、妹がつけてくれたニックネームだよ」
たしか偽名を名乗っていた筈だけどなあと思い、唇を撫でながら訝しむふりをした。
ジーンという愛称は俺がつけたものではないけど、まあ俺が呼ぶ理由としては一番障りが無いような気がする。
「ジーン……」
ぽそりと呼びかけると、彼は笑った。相変わらず美しくて、優しい笑顔だ。
「ナルもね、妹がそう呼んでたから……今度呼んでみてあげてよ」
「……気が向いたら」
旧校舎に戻ると、全員が外に出ていた。
なんでも、天井が崩れ落ちたらしく、とりあえず今夜は撤退するらしい。
天井が落ちて来たという話を聞いた時、やっぱりなあとジーンと二人で顔を見合わして頷く。その様子に麻衣がどうしたのと聞くけれど、ナルへの報告をしてからにしようと口を噤んだ。
「東條先輩帰らないんですか?」
「調べものの報告してから帰る。暗いから、滝川さんかジョン、彼女の事送ってあげてくださいね」
「おうよ……ってか、嬢ちゃんはどうすんだよ」
「ここに適役がいるじゃないですか」
顎をくっとあげると、滝川は俺の後ろにいるナルとジーンを見て苦笑する。ナルはともかくジーンは送ってくれると思ったのだろう、滝川は納得して麻衣たちと帰って行った。
「それで、調べ物の報告をするくらいなら何か成果があったのか?」
溢れ出る実年齢にはあらがえないのか、二人とも俺を年上として見ていない気がする。まあ良いけど。
「地盤沈下説が出たので報告をと思って」
ナルがぴくりと反応した。天井が落ちて来たことも、椅子が動いた後に物体に温度の変化が見られなかったことも、気がかりだったのだろう。それに、ジーンもここには幽霊がいないという見解のようだし。
「業者呼びます?」
「いい……簡単なチェックは僕でも出来る」
「へえ」
「知らないのか?」
「普通は知りませんね……興味ないし……。じゃあがんばって」
送らせるようなことを言ってはいたが、ジーンの追求とナルの視線から逃れるように俺は旧校舎から離れた。
パンツネタおおすぎ?にょたの醍醐味かと思って。
Dec.2014