Ashputtel 04
黒田が襲われたと騒いでいたのが気になった。あの子はいつもああなんだろうか。
連絡網を入手して一年生の何人かに聞いてみると、麻衣のことはともかく黒田のことは結構出て来た。彼女は中学から持ち上がりでこの高校に来ているのだ。それに、中学時代は渦中の人だったらしい。
霊が見えると言った所で、俺にとってはジーンがいたし、俺自身霊に足を引っ張られた事があるので、それがどうしたって感じだけど彼女にとって霊が見えることは魅力的だったらしい。まあ、憧れる気持ちは分からないでも無い。
そんな女の子に、霊なんておらずに地盤沈下で旧校舎が倒壊するなんて知らせたら随分落ち込むだろうなあ。
次の日の朝、学校へ行くと計測し終えたナルが居た。尋ねてみれば、やはり地盤沈下は正しかった。
一晩で何インチ沈んでいたとか、もうすぐ倒壊するくらいに進んでいるとか、メモも見ずに細かく聞かせる。インチって言うあたり日本人離れしているなあと思いつつ、何もコメントは返さない。
ナルとジーンはあれからずっと起きていたみたいでこれから仮眠をとるらしい。
事件は終了ということなので俺もここにいる意味はないだろう。撤収作業は勿論手伝う気はない。眠いのかあまり覇気のない二人に適当に挨拶をしてその場から離れた。
家が近いと言えど折角学校に来たので図書館で本を物色しようと校舎内に入った。日曜なので教員は少ないが、図書館の鍵はあっさり借りられる。
数時間ゆったり本を読んだり、ぼうっとしたりしていたが昼前には帰宅しようと思い校舎を出た。
その時、黒田が学校に来ているのを見つけた。校舎の脇を通ってグラウンドの方へ行こうとしているから、おそらく目的は旧校舎だろう。
地盤沈下で危ないのに、と思いながら、彼女に追いつき肩を掴む。
「立ち入り禁止って言ったはずだけど」
「!……でも」
「結果が気になるなら教えてあげるから、君は校舎に近づくな……あの校舎は本当に危険なんだ」
「なんですかそれ」
そっと溜め息をつきながら腕を引く。校舎の壁に背中をついて、向こうに見える旧校舎を眺めた。
「地盤沈下って……そんな、じゃあわたしが襲われたのは?」
「それ、本当なんだ?」
つい苦笑してしまい、黒田は俺を睨みつけた。
「見えない人には分からないのよ」
ムキになった彼女が、ちょっとばかり愚かに見える。
「そうだよね、分からないよ。見える人なんてそんなに居ないのに……なぜ君は理解されたいの?理解されようとしてるの?」
「わたしは他の人とは違う……特別なの」
「特別は異常とも言うんだよ、白い目で見られた事無い?」
ぐっと口を結んだ。彼女は散々綾子や滝川に邪険にされてきたし、話を聞いた彼女の同級生たちから、疎まれたりもしている。
「でも、だって」
今にも泣きそうな顔だった。泣かせたい訳じゃないけれど、しっかり理解してほしかった。
ぴしり、と何かにヒビが入る音がした。はっとして頭上のガラスを見れば、案の定割れ目が入っていて、ガタガタと揺れている。地震かと思ったが、窓ガラスにヒビが入るくらいなのに足元は揺れていない。まさかと思い黒田を見ると、彼女も驚いていた。
ばんばん、と激しく叩かれる音がして、とうとう窓ガラスは割れた。あっと言う間に降り注ぐガラスの雨。後ずさるべきだったのだけど、黒田が怖じけずいているのが見えたから、反射的に彼女の方へ飛び込んだ。
勢いよく抱き込みながら倒れ込むと、俺の下で黒田はぎゅっと目を瞑って縮こまった。
グラウンドで部活をしていたサッカー部の顧問が俺たちの様子に気づき、駆け寄って来た。
大丈夫かと声をかけられて、はいと答えるくらいには無事だったが、地面には血がぽつぽつと落ちていた。
「黒田さん、怪我は?」
ぼんやりとしている彼女を見下ろしたが、大きな傷は無さそう。じゃあこの滴る血は俺か、と思い掌や足元を見ると確かに傷がついていた。
「東條、お前の方が重傷だろうが!」
二年のときの体育を見てくれていた先生だったので、俺は名指しで怒られた。
裂けたタイツと傷口を見ながら、脱ぐの面倒くさそう……いや、切ればいいのか……と適当な事を考えながら、俺はサッカー部顧問に抱き上げられて保健室へ向かった。
保健室へ行くと案の定タイツは俺の傷を考慮して鋏で切って脱がされ、念のためにセーラー服の上も脱ぐように言われた。
キャミソールを着ているし今は黒田と保険医の女しか居ないので恥ずかしくも何ともない。セーラー服は窓の外でぱんぱんと払われてガラスを取り除かれている。
「先輩、庇ってくれて、ありがとうございます」
「ん。黒田さんは……なにか不思議な力があるのかもしれないね」
「え?」
きょとんと、彼女は俺を見た。
「!」
その時、保健室の扉が勢い良く開いた。
いつの間にか下の名前で呼ばれていたけど、まあそれは気にしない。息を弾ませてやってきたジーンは、俺の格好を見て、慌てて謝ってドアを閉めた。
わずか一秒程度の出来事に、保険医と黒田はぽかんとしている。俺はちょっと呆れていただけなので、セーラー服を着直してから、馬鹿かお前はというやり取りが聞こえるドアの向こうに声をかけた。
ジーンは本当に申し訳無さそうに保健室に入り直し、その後ろからはナルやジョンや麻衣に加え、滝川と綾子も現れた。彼らに、ポルターガイストまがいなことがあったと報告が行ったのだろう。
「ご、ごめんなさい」
「別に。キャミソール着てたので」
「ラッキースケベってやつだなあ少年」
滝川を冷たい視線が襲ったが、ナルはすぐにそれを無視して俺の足を見た。
「具合は?」
「平気です、ガラスも勢いはそんなになくて、背中は服の上だったから手足だけ」
俺は別に良いけど、あんまりガン見すると変態臭いからやめた方が良いと思う。
「黒田さんは」
「わたしも平気……先輩が覆い被さってくれたから」
ナルに答えながら、彼女は申し訳無さそうに俺を見る。
「この程度ならバイトにも支障はない」
小さく笑って返してあげれば、黒田はほっとしたように息を吐いてから俯いた。
「何があったのか、聞かせてもらえないか」
ナルは、俺の言葉を聞いてじっとり睨み、たっぷりと間を置いてから俺に話を促した。
俺が話すのか。黒田が話したらややこしくなるかもしれないからか。面倒くさいなあ。
「えーと、黒田さんに旧校舎付近は危ないから近づかないようにと注意して、調査は終了だろうって話をしていたところで、ポルターガイスト」
以上ですと言うと、それだけ?と滝川は目を丸めた。綾子も呆れた顔をしている。
物言いたげな視線を知らんぷりしながら、指と爪の隙間に血が付いているのではむりと口に含んでから、ティッシュで拭いた。
「この子に話を聞いても無駄じゃない?」
「同感」
大人二人は俺の様子にたっぷりと溜め息を吐いた。
「黒田さん、今日はもう家に帰りなさい。心配だったら病院に行くように」
「え」
「そうだな、それがいい」
「一人で帰れないようなら、この中の誰かに送ってもらうと良いよ」
俺の言葉にナルも同意してくれたので、彼女はおずおずと立ちあがる。怪我も掌くらいだった為誰にも送ってもらう事無く一人で帰って行った。
「、お前も帰れ」
「……そのつもりですよ」
お前もかと思いながら、呼び捨てにするナルを見ずに答えて、ベッドから足を降ろした。
「送る」
「え!?」
言いながら俺の二の腕を掴んだのは、予想に反してナルの方だった。こんなに面倒見よかったっけ、と思いながらまじまじと顔を見る。
他の皆も、ナルが送ると言うとは思わなかったのか、拍子抜けした顔をしていた。
世話の焼ける妹ならまだしも、今の俺は無関係な人物の筈なんだけど。
「まあいいや、お願いします」
どうせ報告しようと思っていることはあったのだ、と思いながら素直に従った。
「じゃあ僕も」
ジーンまで言い出したが、麻衣と撤収作業しろとナルに言いつけられて不満そうに口を尖らせた。本当に似てない双子だな。
俺はジーンの高い位置にある後頭部に手を埋めて、少しだけ撫でる。彼はきょとんと俺を見下ろした。
「心配してくれてありがとう」
俺に撫でられたのが意外だったのか、ジーンはしどろもどろに頷いてから、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。
「靴履いたら校門で」
「ああ」
ジーンの頭から手をはなしながらナルに言って、俺は校庭側の簡易出入り口から外に出た。
素足でローファーはちょっとみっともない気もしたけど、家までは直ぐだから我慢しよう。
歩けない程の怪我ではないが、当然痛むのでゆっくりと歩いて校門に向かった。ナルが先に立っていて、俺に気づくなり近づいて来た。
「歩いて帰れるのか?」
「じゃなきゃタクシー呼んでます」
「痛そうだけど」
「怪我してるから当然ですね」
何が言いたいのか分からないけど、仕方の無いやりとりが無駄に思えて適当に返す。
「僕はおぶらないぞ」
「よかったですね、渋谷さんがもう少し大きい人だったら強請ってました」
「……」
あ、ちょっとイラっとしたような顔をしている。ナルがちいさいとは言わないけど、線が細いし、あんまり力も無さそう。
徒歩五分程度の距離だからナルでも負ぶって家までたどり着く事は出来ると思うが、それなら五分俺が我慢して歩く。
しかしこの人、負ぶらない癖に送るとか言ったのか。そしてわざわざ負ぶらないって言うんだ。ナルらしいといえばナルらしい。
「なにか、気づいたことはないか」
ナルは俺が報告したいことがあったのを分かっているみたいに問いかけた。
「……黒田さんに、何かある気がします」
「彼女に浮遊霊がついてきたとか?」
「霊なんか知らないよ……。原さんが居ないって言ったんだから居ないと仮定して話を進めますけど」
ジーンが居るくせにわざわざ霊の存在をあげるとは、知らんぷりが上手だ。
俺が呆れた声を出すと、ナルは頷いて続きを促した。
「あの子、霊が見えなくても、超能力でもあるんじゃないかなあと」
「へえ」
ナルは学者なのできっちり検証してからじゃないと言わない。でも、俺は学者でもなければ霊能者でもなく一般人である。俺の言葉に大した価値はない。ならば憶測でものを語っても許されると思った。
「黒田さんについて……、まあ谷山さんの事もだけど調べました」
ナルはちょっと興味深そうに俺を見た。
黒田は中学時代は霊能力が在るとかで一時期ちやほやされている女の子だった。でも、段々と信憑性が無くなり、人々の興味は薄れて行き、彼女は過去の人となった。麻衣に関しては高校入学して半月程度しか経っていないため情報は少ないが、普通の女の子だ。校長から孤児だという事を聞いたが、そのくらいしか目立った要素は無い。
色々話しているうちにアパートの前についたので、門の傍の壁に寄りかかる。
「釘の件もあるし、襲われたのは多分嘘だろうし、ポルターガイストは彼女の癇癪。全部憶測だけど……検証するのは私の仕事じゃないので」
Dec.2014