harujion

Mel

Ashputtel 05

「人間がポルターガイストを起こすと、よく知っていたな」
「随分前に、オカルト番組で観ました」
昔からポルターガイストをおこしていた張本人が目の前にいるのですがね、とはいえない。
ナルは俺の答えにふうんと頷く。そしてぽつりと呟いた。
「校長先生の言っていた事は本当だったらしいな」
「ん?」
組んでいた両腕を解きながら、俺は首を傾げた。
「『とても優秀な生徒』だ」
ナルに優秀だなんて褒められた事、人生で一度も無いと思う。ちょっと嬉しくて、笑ってしまう。
ちいさい頃は結構怠惰に過ごしていたし、放っておけば誰かがやっておいてくれたから甘えていた節がある。もちろん最終的には自分でやることもあったけど。今は一人きりで過ごしているから、きちんとすることに慣れて来たのだろう。
それはどうも、と答えながら壁に寄りかかっていた背中を離して、ナルを見た。
「送ってくれてありがとうございます」
ただ隣を歩いてただけで何の助けもなかったけどな、と心の中で付け足した。
「そうだ、
段差を一段登ったところで名前を呼ばれて、振り向いて首を傾げる。
「うちでバイトをしないか」
「やめとく」
即答で断ったので、ナルは不満そうになぜと問う。
特殊な仕事なんだから断るのに大きな理由は要らないと思うけど。
「ゴーストハントに興味無いし……なんで私?」
「情報収集力と、洞察力、推理力かな。現に、今回のような調査にが居ればすぐに終わる」
「それは、渋谷さんでもできることじゃないですか。資料を見てる時、お兄さんもすぐに地盤沈下だって気づいたし、黒田さんのことだって窓ガラスが割れた時に違和感を感じましたよね?」
が僕たちの先回りをしていたのは事実だと思うが?」
喧嘩っていう訳じゃないけど、論戦でナルに勝てるとは思っていない。でも俺は意見を曲げるつもりもない。
「気になる事があるんですよね」
少し論点をずらす必要があると思って、数秒黙ってから切り出した。ナルは無言で首を傾げ、俺を見る。
「親しみやすい麻衣やジョンはともかく、何故関わりの少ない私を下の名前で呼び、敬語も無く話すのか」
ナルやジーンには一度だって砕けて話しかけたことはなかったし、名前もほとんど呼びかけていない。にも関わらず彼らは俺にやけに砕けた言葉遣いで声を掛けて来た。特にナルなんて滝川や綾子に対する態度とは大違いだ。
「別に怒ってる訳じゃないんですけどね。妹さんの話を聞いたので、察しはついてるし」
ナルはぴくりと反応を示した。
「似てるなら尚更、私と一緒に居ない方が良いですよ」
妹にはなれないから、と言いながらナルの頭を撫でた。
ジーンと同様に柔らかい黒髪を少しだけ堪能して、すぐに手を放す。ナルは固まってしまって、口も開けない状態だ。
俺はそのまま、ナルを置いて自分の部屋に帰った。


月曜日の朝から校長室に呼び出されて暗示実験に付き合った。
俺のPKは物を動かす力がないから大丈夫だろうと適当に受け入れておく事にする。まあ閉心術のおかげかあまり暗示が効かないが。
さん、お怪我の方はどないでっせです」
さっさと教室に戻ろうと校長室からでた所で、ジョンに呼び止められた。
心配してくれているジョンと同様に、あまり関わりがなかったとはいえ善良な気持ちは持ち合わせているらしい綾子と滝川も俺を取り囲んだ。真砂子も俺の足元を見て少し顔を歪めた。包帯巻いているとタイツがはけないので今日は靴下なのである。
「大丈夫……お風呂ですごいしみたけど」
「あんた馬鹿ぁ?お風呂なんて入っちゃ駄目よ!」
「うえっ」
綾子に思い切り肩を掴まれる。だって気持ち悪いしと答えたら体を拭く程度にするべきだと更に怒られた。
どーどーと滝川が綾子を制し、ジョンはよたよたしていた俺を支えた。
「お医者さんには行かれはったんどすか?」
「ううん、別に」
「行きなさいよ、ガラスは危ないんだからね。それに傷が残ったらどうするの?ちゃんと薬処方してもらいなさい」
意外と世話焼きで心配性らしい綾子にそのうち病院には行くと嘘をついた。
「なんだか痛々しいなあ。綾子の言う通りちゃんと病院には行くんだぞ嬢ちゃん、傷が残ったら嫁の貰い手がなくなっちまうぜ」
「足じろじろみないでください。それに、傷があるくらいで躊躇するような男はこっちから願いさげです」
腕を組んで悪態をつくと滝川は確かになと笑った。
「ジョンは足に傷があっても好きになったら結婚してくれるよね?」
「え!?ぼ、僕ですか!?」
「おいおい、お前さんたちそんな関係なのか?」
「言葉のあやですよおじさん」
茶化そうとしてくる滝川からつんと顔を背ける。
少し離れたところで、ナルとジーンは麻衣と軽くやり取りをしていて、この話には加わっていない。詳しくはわからないが、麻衣が教室に戻るそぶりを見せたので、俺もこのやり取りを終了させた。
「そろそろ教室に戻ります、お仕事がんばってください」



次の日授業が始まる前に黒田が俺の教室に顔を出した。昨日の事が気になるので旧校舎に行きたいから付き合ってくれと言うお願いだった。
角が取れたような態度ではあったけど、あまり行かない方が良いと思って、念を押すように尋ねる。
「本当に行きたい?」
「はい」
「じゃ、付き合う」



旧校舎に向かうと、黒田はナルにあまり良い顔をされなかったし、俺もちょっと責めるような視線で見られた。
「何で連れて来たんだ」
「私が連れて来られたんです」
誤摩化すように言葉遊びをすると、そういうことじゃないと怒られる。ジーンがまあまあと宥めてくれたのと、黒田が頑に戻ろうとしなかったのでナルは溜め息をついて諦めた。
「東條先輩も気になってたんですね」
「いや別に」
「え、気にならないならないんですか!?」
「今回の提案はだから」
「提案はしてませんけど」
ジーンがにこにこと、麻衣と俺の会話に入って来た。麻衣はえっと驚いた顔をして俺をまじまじと見つめる。
「先輩ってもしかして霊能者!?」
「えー……」
腕を組んで項垂れるとジーンが隣で失笑した。
「説明するのが面倒くさいって顔してる……っ」
くくっと口元を抑えて、俺の本心を言い当てたジーンに肩をすくめる。
「まあ……ほら、大人しく見てなよ」
どうしてどうしてな麻衣をなんとか宥めていると、他の霊能者達が集まって来た。
滝川も綾子も未だにナルを見くびっているみたいでにやにや笑う。
ワゴンから出て来たリンや俺の隣に居た黒田にはほとんど目もくれない。
実験室へ行くとリンがビデオを回していて、ナルは麻衣とジョンに指示をしている。紙に損傷が無いかや、サインは二人の物かとたしかめさせる。
封鎖していたドアをナルとジーンは乱暴に引きはがして実験室の中に入る。チョークで床に円がかかれていたがその中には何も無い。椅子が動くと言っていた通り、そこに置いておいたに違いない。その椅子は窓の方に倒れていたので、実験は成功だろう。ナルは満足そうに笑っていた。

ポルターガイストの原因は半分は人間にあるとナルが語って聞かせた。ひとりでに椅子が動き霊が居るんだと焦り出した滝川と綾子はナルの講義にだんだんと勢いを失って行く。
「……だれ?」
「それは」
ナルは口を噤んだ。
しかし言わずとも皆分かった。だんだん俺の方に視線が集まる。いや、俺ではなく俺の隣に居る黒田だ。
「……わたし?……」
黒田は狼狽した声を漏らした。すぐ、麻衣はそんな馬鹿な、と声をあげる。
「君が最有力候補だな」
「わたしがやったっていうの?あのポルターガイスト」
「他の誰より、君がやったと考えるのが自然なんだ」
黒田は思わず俺の服の裾をきゅっと握った。

ナルは最初からひっかかりを覚えていたと、黒田に語る。
彼女はここに戦争中の霊や看護婦らしき霊も居たと言ったらしい。しかしこの学校の歴史は校長や教頭に尋ねればすぐに分かる事だし、尋ねなくとも図書館に資料はある。結果、この学校が病院だった訳でもないし戦争の被害を受けた事も無いと分かった。
「霊でなければ、人間が原因のはずだ。はこれに気づき、黒田さんと麻衣について調べてくれた」
「人聞き悪いなあ……噂を聞いて来ただけです」
「そうなると、断然あやしいのは黒田さんだった」
俺が口を挟んでも、話の腰は折れる事も無く、ナルの検証は続いた。
黒田の中学時代の噂をナルが語ると、滝川も綾子も、黒田の立場をたちまち理解した。物言いた気な目線が黒田に刺さる。
綾子を閉じ込めたり、襲われたと嘘をついてビデオテープをいじったりと悪戯もしでかしていたようなので、綾子にきつく睨みつけられて、黒田は縮こまった。ナルは一応庇ってやっているのか、綾子に口を慎めばなんて言ってる。
「お互い、口にした事には責任を持ちましょう。黒田さん、ちゃんと松崎さんに謝罪して」
「ごめんなさい……」
「このたびはうちの生徒が大変失礼しました」
黒田の背中に手を当てながら綾子に向かせると、震える声で頭を下げた。俺も一応代表者として頭を下げると、綾子は口を噤んでもごもごと言った。綾子からの謝罪はないけど、これ以上責めない所を見ると納得してくれたみたいだ。
これで、校舎の工事はできるようになったが、校長への説明は霊が居たと言うことにするとナルが言った。俺は別に告げ口するつもりも無いけど、霊能者の人々はちょっとだけ不満そうだ。
でも一番場が収まる理由がこれで、手柄を分けてやると言うので最後まで反対する人は居なかった。
「麻衣とも、このことは他言無用だぞ」
「わかってるって」
「はい」
その横で、綾子は最後に見せたナルの優しさに感動したのか、すぐにモーションをかけ始めた。
「あんたって、けっこうフェミニストなのね」
「それは、もう」
「ふうん。……彼女はいるの?」
「……質問の趣旨をわかりかねますが」
ジーンは昔から優しかったからよく女の子に囲まれていた。だからナルに声をかける人はほとんどいなかったし、彼も相手にしていなかった。なんだか物珍しくて見ていると、ナルは口元だけ微笑んだ。目が笑ってない。
「お言葉はありがたいのですが、残念です。僕は鏡を見慣れているもんで」
つまり自分くらい顔が良い女ではないとお話にならないというわけだ。多分本気でそう思っているわけではないだろうけど、麻衣がナルのことをナルと呼び始めた理由が分かって笑みがこぼれた。
「帰ろうか、黒田さん」
「はい」
滝川が馬鹿笑いしているすきに、黒田に提案する。
彼女は最初に比べて随分従順になったので、頷いて一緒に歩き出した。
「では、お世話様です」
実験室を出た所で声を出すと、皆がえっとこちらを向いた。
「今にも倒れそうな校舎内に、いつまでも居たくないんですよ。さようなら」
黒田の腕をひいて、俺はさくさく旧校舎から出ていった。

next







Dec.2014