harujion

Mel

Ashputtel 06
(麻衣視点)

旧校舎の事件の後、あたしはナルの事務所でバイトをしている。
ナルは相変わらず傍若無人で、リンさんは無口。お兄さんだけがまともで優しい。だから敬意を込めて渋谷さんと呼んでる。面白い事にナルはナルと呼んだ時に返事をするし、渋谷さんと呼んだときはお兄さんだけしか反応しない。
本当は下の名前の方がいいのかなって思ったんだけど、なんだか照れくさくて呼べない。まあ、呼び分けできてるんだから良いのさっ。

あたしがバイトをし始めてから、三ヶ月経ってようやく依頼が入って来た。入って来たというよりも、うちの我儘な所長様がようやく引き受けたってだけ。
その依頼には、偶然にも居合わせたぼーさんと綾子と一緒に取りかかっていたけど、途中でジョンと真砂子も呼ぶ事になって、旧校舎のときの面々が一気にあつまった。
「そういや、あの嬢ちゃんはいねえのか」
「黒田さん?」
「ちげーっつーの」
見た事のある顔ぶれになったねと笑い合っていた時にぼーさんがきょとんとした顔をしたので、あたしは分かっていたけどあえて黒田さんの名前を出した。
さんでっか?」
「そうそうだ。この間の事件のときも、なんだかんだ一番優秀だったのはあの嬢ちゃんの方だろ?何で麻衣?」
ふんぬーっ。私を馬鹿にしてるっ。
ぼーさんを睨みつけると、楽しそうににまにま笑っていた。どーせあたしは肉体労働しかできんわいっ。
にはバイトを断られたんだ」
渋谷さんが苦笑まじりに言った。あたしはそれが初耳だったので、一番大きな声でえっと言ってしまった。
「お前さん知らんかったのか」
「誘った事も断られた事もぜーんぜん。そっかーなんでだろ……ここ結構待遇良いと思うけど」
人間関係はまだしも、と心の中で付け足しながらぼやく。
渋谷さんも残念そうに肩をすくめた。
「麻衣と同じ学校だろ?会ったりしねーの?」
「学年が違うからほとんど見かけないねえ」
ジョンの方が会うじゃないのと尋ねてみたけど、ジョンも滅多に会う事は無いらしい。
「あの子に断られたから麻衣を雇ったの?御愁傷様」
綾子の言葉にむっとしながらも、もしかしてそうなのかもって思ってショックを受ける。
「あたくしだったらあの方に断られたとしても、麻衣さんは誘いませんわ」
真砂子の更なる追い打ちがこれである。
こういうときばっかり仲良くしちゃって、二人とも性格悪いなあ。
「あたしって東條先輩の代わりなの?」
自分を指差しながら、ファイルを見ていたナルを振り返る。
「麻衣にの代わりが務まるとは思えないな……が居たとしても違う仕事を任せてる」
喜んだら良いのか、悲しんだら良いのか。どうせあたしは馬鹿ですよ。



二学期になって、東條先輩を学校内で探してみた。目に付く程目立つわけじゃないけど、探してみるといろんな所で彼女の名前を見聞きした。もちろん生徒会長としてもあるけれど、東條先輩の周りにはよく人が居たから。
初対面のぼーさんたちには結構そっけなかったし、黒田さんにも厳しいこと言っていたけど、ジョンやあたしには割と優しかった。多分そっちが彼女の普段の態度なのだと思う。そっけない割に素直な優しさをくれる人で、あの旧校舎調査の性格悪いメンバーの中ではジョンと東條先輩と渋谷さんだけが癒しだった。
例外はあれど、彼女はきっと人に好かれる人物なんだろうな。
そんな東條先輩をみかけたはいいけど、周りに三年生の友達らしき人が居るから、あたしは中々声をかけられなくてうじうじしていた。そしたら、東條先輩と目が合った。ぱちぱちと瞬きをして、ゆったりと首を傾げる。その後まわりを少し見てから、傍に居た友達らしき人に軽く何かを言って立上がった。あたしに気づいてくれたんだ。
「谷山さんだっけ」
「あ、はい!」
「誰かに用?」
「東條先輩にです!……っていっても、用というか……お話したいなあーなんて」
「いいけど」
無表情だったけど、嫌なときは嫌そうな顔をしてたから、きっと嫌じゃないんだろう。あっち行きませんかなんて指をさせば、東條先輩はあっさり付き合ってくれた。
人気の少ない場所に二人で座って、あたしがSPRのバイトをしていることをまず報告してみた。へえ、と一言だけの反応だったけど、 バイトどう?と聞いてくれた。
「三ヶ月経ってようやく依頼を受けたんです。夏休みに行ってきました……って、そこで聞いたんですけど」
「ん」
「東條先輩が、うちのバイト断ったって」
「ああ、うん」
なんてことないように言った先輩に、思わずなんでって勢い良く聞いてしまった。
「だって危ないし」
「えーでも三ヶ月経ってやっとひとつの依頼で、お給料はそこらへんのOLさんくらい貰えて、仕事内容はほとんど楽なのばっかりなのにい」
危険が伴うというのは重々承知しているけど、ナルは慎重だったしその分またしても危険手当がついたし、あたしは今の所元気だ。
東條先輩がバイトをしないのはなんだか勿体ない気がする。彼女もあたしと同じで孤児みたいだから、勝手に親近感わいてたのになあ。
ぷーっと頬を膨らませて拗ねてみると、東條先輩はちいさく笑った。あ、このほんのりとした笑顔すきかも。お月様みたい。
渋谷さんもとびっきり優しい綺麗な笑顔だけど、東條先輩のも甘めで温かい、その上希少価値もある。ラッキー、なんて思いながら、あたしも笑みがこぼれる。
「また話そ」
東條先輩は立上がりながら、そう言った。
まさか東條先輩の方からそう言ってくれるとは思わず、あたしはきゅんと胸が弾む。勢い良くはいっと返事をすると、また先輩は笑った。

それからまた数ヶ月して、ナルは都内の女子校の依頼を受けた。そこで出逢った千秋先輩とタカは事件の収束後、渋谷サイキック・リサーチの受付係と訓練生となり、オフィスはよりいっそうにぎやかとなった。
「そろそろ期末テストだよね」
「やだねえ。麻衣、勉強してる?」
冬のある日、千秋先輩が零した。
そして、タカは大げさに肩をすくめてあたしを見る。
「あんまりしてない……でも今回は味方がいるのだ!」
「だれか見てくれるの?まさか渋谷さん?」
二人とも丁度ソファに座っていたので、視線が行く。覚えが無い二人は片や不思議そうに、片や嫌そうに首を傾げる。すぐに違うよと千秋先輩とタカに教えてにんまり笑った。
と一緒に勉強するんだもん!」
名前を出してから気づいたけど、そういえば千秋先輩もタカもの事知らないや。一方で首を傾げていた渋谷兄弟は?と口を開いた。
なんて呼んでたっけ?」
「最近よく会って話すの。呼び捨てで良いし敬語も要らないって言ってくれたんだよ!」
は先輩というよりも小さな女の子みたいだったし、しっかりしてはいても気の抜けた所がほっとけない感じ。
あたしのことを呼び捨てで呼んでほしいと言った時に、はあっさりと自分の事もで良いと言ってくれた。敬語まで要らないって言うんだからびっくりした。勿論学校の中で堂々呼びかける事はできないけど。
つまり、まあ、とあたしは今や普通に女友達なのである。
ってだれ?」
タカが首を傾げる。
「あたしの学校の先輩。千秋先輩と同い年でね、生徒会長やってるんだよ」
「へー……ってことは受験生じゃない、邪魔しちゃ駄目だよ麻衣」
はもう推薦もらってるんだってさ」
「そうなんだ」
千秋先輩も同じく受験生だから心配していた。あたしだってそれはちゃんと考えたし、にも無理強いはしてない。むしろの方から勉強見ようかと言ってくれたのだ。

タカや千秋先輩にも調査の話は出来るし、ガールズトークはむしろコッチの方が賑やか。でもあたしはに話すのがすき。賑やかな雰囲気にはならないけど、はきちんとあたしの話を聞きながら、楽しそうに続きを促してくれる。SPRメンバーの話で笑ってくれると嬉しいし、の話を聞くのも楽しい。同じく一人暮らしだから、色々知恵を貰ったりもできるのだ。

「ねえねえ、はやっぱりうちでバイトはしてくれないの?」
学校の図書館での勉強中、事務所でのやりとりを思い出して問う。
ナル達はもうの話題は出さないけれど、多分が来てくれるなら歓迎するはずだし、勝手に誘ってもいいよね。
でも、は鼻で笑って断ったので、またもあたしは頬を膨らませる結果となった。

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Dec.2014