harujion

Mel

Ashputtel 07

冬休み目前、神父様が俺に相談事をしてきた。いや、相談というよりも、報告のようなものだったのだけど。
その内容というのが、うちの教会にいる子供の幽霊ケンジの事だ。
ケンジは時折子供に憑依して、かくれんぼをして遊ぶらしい。俺が教会に居た期間はわずか一年程で、その間にも何回かケンジは現れた。俺は年長者であったから、ケンジをよく探していた。
普段口を開かないらしいが、見つけたらお姉ちゃんと呼ぶ程度には彼も懐いてくれた。
心残りを取り払ってやる事が出来ないが、彼はあまり害のある霊ではなかったから教会も半ば黙認していた。時折ジョンや他のエクソシストを呼んでケンジの憑依をといてもらう程度だ。
たとえ害はないといっても、やはり子供に憑依して隠れてしまうのは困るということで、ジョンの知り合いにケンジを見てもらうことになったのだ。
クリスマスはバイトをしようと思っていたが、今夜はミサがあるからその手伝いもしてほしいそうで、ケンジに会いがてら教会に帰ることにした。

「ブラウンくんが、今日来てくれるそうだ」
「そう」
エプロンをつけながら、神父様の言葉を聞く。俺の主な役割はケンジを探すことと、子供達の面倒を見てあげる事。
ケーキも配るそうだから時間が空いたらそちらも手伝ってほしいとのことだった。
キッチンではすでにおばさんが準備を始めていた。
「あら、さん」
「おばさん久しぶり」
手伝いを申し出て三角巾をつける。
「ピアスどうしたの?」
「え?」
俺が教会に居た頃毎日つけていた、兄から貰ったピアスをおばさんは覚えていたようで、露になった耳に何もついていないことに気づき首を傾げた。ナルとジーンがこちらに来ている事を知ってから、俺はあのピアスをつけるのをやめた。勿論嫌になったのではなくて、バレるからだ。普通のピアスをしていたり、今回みたいになにもつけない時がある。
「失くしてしまったの?」
「子供に引っ張られたら嫌だからとって来ただけだよ」
信憑性のある嘘をつきながら笑う。
今日来るジョンの知り合いというのも、ナルとジーンなのだ。
「髪の毛もピアスもすっかり隠してしまって……勿体ないわ」
「あはは」
「目立つからといって、家族に貰ったものを隠してしまったら会えるものも会えないのよ」
「見つけてもらわなくていいんだ。今の暮らしも、すきだし」
おばさんは俺の地毛がプラチナブロンドだということを知っている。子供達は入れ替わりも激しいし、神父様に引き取られて来た子供達はちいさかったから覚えていないか、俺みたいに自立している為、この教会の中で俺の本当の姿を知っているのは神父様とおばさんだけだ。
二人がナルたちに俺の地毛の話をするとは思えないけれど、一応この髪の毛の事は内緒にしているのだと零しておいた。
そしておばさんはあまり分かっていないようだが、俺はナルとジーンに会ってから目にも気を配る事にしているのだ。前髪で隠すには限度があるので、カラーコンタクトまで購入した。茶色の目になっているので、今日の俺に死角は無いのである。

暫くケーキの生地を作っていると、ステッキの音がした。前から何度か聞いた事のある、ケンジのもういいよの合図だ。
「ちょっと、行ってきます」
「ええ……」
影に入って音のする方へ瞬間移動すると、タナットの後ろ姿を見つけた。俺が現れて直ぐに、誰かが影から走って来て、危うく見られる所だったとひやひやした。タナットに声をかけるよりさきに、走って来た人物、麻衣が俺に気づいて名前を呼んだ。
、どうしてここに?」
「実家」
「あ、東條神父って……そっか」
タナットは俺にきょとんとしてから、にっこり笑って抱きついた。その時、続々と他の面々がやってきた。旧校舎の時のメンバーが再来したような大所帯だった。首に腕を巻き付けて俺の膝の上に座っているタナットは、皆を見て首を傾げた。皆はタナットと俺の存在に目を丸めている。ジョンは俺が居る事を教えなかったのだろうか。
さん帰ってはったんどすね」
「うん」
「帰って……?ああ、そうか、嬢ちゃんの実家か」
ジョンはそもそも俺が帰ってると知らなかったようだ。その言葉に俺も、他の皆も納得した。
しゃがんだままの俺の膝に居たタナットは、ふいに俺から離れた。ケンジは、かくれんぼが終わったら体から出て行くか、俺と暫く遊ぶかのどちらかだったのだけど。
「お父さん!」
そういって、タナットもといケンジは少し離れた所にいたリンに飛びついた。
……お姉ちゃんもいるよ、ケンジ。
俺の地位はこの瞬間滑落した。



「お久しぶりです」
ナルとジーンにぺこりと会釈をする。
とりあえず室内に入ろうと言う事で、教会の方へと向かっている最中だ。
「麻衣がよく、の話をするから久しぶりな気がしない」
「……え」
「自慢してるよね」
ナルとジーンはああと頷いてから零した。
俺もナルとジーンとリンの話も聞いているけど、お互い様だったのか。
麻衣は普段どんな話をしているのだろう。聞く気はないけど、数秒ほど二人をじっと見つめてから視線を前に向けた。
教会の中に入ると神父様が心配そうに迎えに出て来た。
も探してくれたんだね」
「うん」
三角巾のついた頭を優しく撫でられる。
キッチンに戻ろうかとも思ったのだが、神父様がケンジについていてやるように言うので、俺はリンとケンジのぎこちない遊びを見守る事にした。きゃっきゃっと笑う声しかしないけれど、幸せそうに笑うタナットの笑顔はケンジの本心だろう。
「私の事を父親だと勘違いしているようです……誤解を解いてください」
俺を困ったように見たリンに、俺はどうすることもできない。
「ケンジはお父さんが大好きだから、それは難しいと思います」
「ですが、私は父親ではありません」
「聞き分け、あると思います?」
霊は人間以上に聞き分けが悪い。思い入れあるものに対しては特にそうなのだ。それはジーンが教えてくれたことだけど、リンだって知っている筈だ。だからリンもむっすりと黙り込んでしまった。そしてケンジに飛びつかれて慌てているので腹筋が震える。あの朴念仁が子供に絡まれている姿を俺が客観的に見る日が来るとは思わなかった。昔は俺が絡んでいたからなあ。
って幽霊苦手なんじゃなかったの?」
ふいに、俺たちを見守っていた麻衣が口を開いた。
「幽霊は苦手だけど、子供達の中に入ってしまった以上、目は離せない」
ケンジはリンを掴みながらも、俺にも手を伸ばした。手を差し出せば、小さな掌がそれを掴む。
「もちろん、ケンジの事はちゃんとすき」
「?」
「すーき」
首を傾げたケンジにもう一度言って笑えば、ケンジも言葉がわかったみたいでにっこり笑った。繋いでいた手をぶんぶん振る。
綾子が面白半分でホームビデオを撮り出してからは、ナルの指示によりジョンに一度ケンジを落としてもらうことにした。その部屋で遊んでいた子供達を全員部屋から出し、俺とリンはケンジに手を掴まれたままカーテンが閉められた暗い部屋に立つ。

ジョンのインプリンピシオという言葉に、タナットの様子が変わり、くらりと倒れ込みそうになるのをなんとか支えた。すぐにタナットは正気を取り戻したけれど、部屋にラップ音が響き、蛍光灯が点滅する事態に陥った。
ちょっとビビった俺はタナットと、彼を支えたリンの腕にさりげなく触れながら耐える。しばらくして音は止み、静けさが戻って来たが麻衣の様子がどこかおかしい。タナットを支える為にしゃがんだ俺はともかく、この場で唯一尻餅をついていた。麻衣はあれしきのことで腰を抜かす子ではなかったはずだ。
ぼんやりと顔を上げて、こちらに走って来た麻衣は、リンの服をきゅっと掴んでにこにこしていた。

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変装は完璧です。ちなみに麻衣の学校は多分融通がきき、パソコンの授業だけ手袋してるのでにょたは普段素手です。
Dec.2014