harujion

Mel

Honey 03

今日はナルとジーンがまどかの所に勉強をしに行っていた。勉強といってもゴーストハントの機材の操作を教わったり、過去の報告書や映像をみたりするような内容なのだが。
俺はリンに習い事をしているが、今日はリンが教授の学会の手伝いに行かなければならないらしく不在で、ルエラと一緒に家でクッキーを作っていた。
こんがりとバターが温まる匂いがするリビングで、ルエラが入れてくれた紅茶を啜る。
「迎えに行く時に、ナルとジーンとまどかに差し入れしてあげましょうね」
一人で留守番させるような家庭ではないので、ルエラと一緒にナルとジーンを迎えに行く事は決まっていて、俺は特に思う事も無く頷いた。


帰りのおやつとして小分けにして持って行ったが、せっかくだから皆で食べようということになって、まどかとナルとジーンにわけたクッキーをひとつにあつめた。
お茶をいれるわねと席を立ったまどかについてルエラも手伝いに行ったので、俺は小分け袋を重ねてたたみながらお茶が入るのを待った。
「ナルも食べようよ」
「僕は良い」
少し離れた所で本を読んでいるナルにジーンが声をかけたが素っ気なく返す。もともとナルは間食もしないし、甘いものもあまり食べないので期待していなかった。
「でも、メルが作ってくれたんだよ」
わざわざ移動してナルの腕を引くジーンの背中を、別にそこまでしなくていいのにと思いながら眺めた。ジーンの言葉を聞いてナルは俺を見て意外そうな顔をする。そんなに俺が料理することが意外か。いや、やってみせたことはなかったかもしれない。
「ナルの分もお茶入れたんだからこっちいらっしゃいよ」
トレイをもったまどかが言うのでナルも本を閉じて俺たちの方へ座った。
「美味しいよメル」
「ほんと、美味しいわ」
お茶の準備ができたのでまどかもジーンも早速クッキーを口にして、俺に笑いかける。
「ほとんどルエラがやったよ」
「あらそんなことないじゃない、メルはちゃんと分量もはかれるし、形を作るのも上手」
褒められるのは嬉しいけれど、照れくさいのでルエラに任せたかったが、娘自慢のようにルエラが一番俺を褒めた。
「良いお嫁さんになるわね」
まどかが言ったことばに、ルエラはそうねと同意してうふふと笑うけど、ジーンとナルはコメントをしない。俺が女として色々駄目なことを彼らは知っている。もちろんルエラだって俺がちょっとがさつなことを分かっているけれど、ナルとジーン程ではないのだ。
「さびしくなっちゃうわね」
勝手にしんみりとし出した大人二人に、俺はずっと先の事だよと突っ込みを入れてみる。
「女の子の成長は早いのよ、なんて特に大人びてるんだから、すぐよすぐ」
「メルは好きな男の子いないの?」
「え、別にそんなのいないし」
いつしか恋バナに発展しだして、心の中は男である俺はちょっといたたまれない。まだ子供だから何を言っても許されるとは思うけど、何と言ったら良いか分からない。とりあえず好きな男の子が居ないのは本当である。学校の友達は年が離れすぎているので、女子ですら全く範疇にない。
「しいていうならどんな子が好き?一番仲が良い子は?」
興味津々なまどかとルエラに続き、ナルとジーンまで俺を見ていた。ナルに至っては一瞥だけですぐにカップに口を付けていたけれど。

「……リン」

俺の呟きを拾って、けほっと咽せたのは隣のジーンで、クッキーを咽せたのか俺の発言の所為なのか分からない。その向こうにいるナルはぎこちなくカップを置いて口を拭った。吹き出した様子はなかったけれど、んんと喉を鳴らしているあたり、飲み込むのに失敗したらしい。
「ええ!?リンってあのリンよね?」
少し身を乗り出してまどかが俺の顔を覗き込む。半分笑っているけれど、半分驚いている、そんな顔だ。ルエラはのほほんと笑っている。
「たしかにメルはリンと仲良しだものね」
「周りの中では、リンが一番好きかなあ」
同級生はいわずもがな、それ以外で研究員や大学生達を見ていてもやっぱりリンが一番親しいと思う。それに相手がある程度大人であればからかってくる事も背中を押してくる事もないだろう。兄二人は複雑そうにしているけれど、まどかもルエラも本気にとっていない。
「でも、リンもなんだかんだのこと好きよねえ」
「そう?」
クッキーを噛み砕きながら、まどかの言葉に首を傾げる。
あの朴念仁の周りに女性の影は無い。プライベートまでは知らないけれどほぼ一人で大学か研究室にいるか、俺と一緒だと思う。彼女が居るのかと聞いたことはないし、居ても教えてくれなさそうではあったけれど、多分今はリンに彼女は居ないと思う。というか、ここはリンの敵地みたいなものだから難しいだろう。
リンに素敵な出会いがあれば良いなあと勝手に願っている間にまどかは俺とリンがお似合いだと言い出した。
「結婚式には呼んでちょうだいね」
「いくつ年が離れてると思っているんだ」
飛躍しすぎなまどかに、珍しくナルが突っ込んだ。遊びの話だからそんなに真に受けなくても良いのに、ナルもまだ子供だったということか。
ジーンもナルに同意している。
リンと俺は一回り近く年が違うけど、親子程離れているわけではないので、珍しい事では無いと俺は思う。リンとの結婚を肯定するわけではないが、ナルとジーンがやたら否定してる様子を楽しんでおくことにした。
「あら、女の子が年下の場合はそのくらい平気よぉ」
「大人の男の人の方が良いしね」
ナルは俺だけをじとっと睨んだ。まどかには勝てないからってずるい。
「なあに、ナルもジーンも、が自分の名前出してくれなかったからってそんなにムキになっちゃって」
ナルはすぐに違うと否定して、ジーンはそんなんじゃないよとそっぽむいた。
「でも、ナルとジーンとは結婚しなくていいし」
「あらら、ふられちゃったわ」
まどかは苦笑する。
ふるふらないの問題じゃないと思うよこれは。
「二人はもう家族だから、また家族になる必要ないよね?」
あは、と笑うと、二人は溜め息をついた。
結婚と言う概念が分かっていない訳じゃないんだけど、俺にとっては結婚は家族になる為のもので、恋愛ではなくて愛の先にあるものだ。あまり結婚したいとは思わないし、この体になってますます結婚しづらいけれど、家族が欲しくなったらきっと誰かを愛するだろうと思って深く考えない事にした。

その日の晩、夕食の席でこの俺とリンの結婚話が出た。
「リンならメルを任せられるなあ」
あはは、と朗らかに笑ったマーティンと、それに同意したルエラ。にこにこ笑っているので、嬉しいとだけ言っておく事にした。
許嫁にされるわけじゃないし、団欒を彩る話の種だとこの席に着いている大人は分かっている。
「ナルもジーンも、メルが可愛いからやきもち妬いちゃったのよ」
子供だけがぎしりと固まっていたが、ルエラの言葉を皮切りに冷静を装い始めて食事は再開された。
とりあえずジーンは落としたフォークを取り替えに行け。



学会から帰って来たリンに、俺は早速会いに行った。施設の中と言えど俺は兄か大人との行動を義務づけられているのでナルとジーンと三人で研究室を訪れると、まどかも丁度リンといた。
「あら、今日授業だったの」
「ううん、会いにきただけ」
室内に入ったので手を放してリンに近づき、傍の椅子に勝手に座る。
「どこいったの?お土産は?」
首を傾げると、リンは小さな手提げの紙袋を俺に差し出した。少し前に遠出して帰って来た時にお土産ないのかと強請ったら、次から買ってくるようになったのだ。こういう律儀な所はとても好きだ。
「これ好き」
ばさばさっ
中身はチョコレートだったのでリンに微笑むと、背後でファイルが落っこちる音がした。振り向くジーンが慌てて拾っている。ナルは無表情のままそっぽでじっとしているのだが、手伝ってあげればいいのに。
お土産をテーブルに置いて彼らの元へ行き、まずはナルの顔を覗き込む。
「ナル?手伝ってあげなよ、何固まってんの」
「……ああ」
「ジーンもどしたの」
「ごめん」
俺たちがファイルを拾っている間にまどかだけが声をあげて笑っていた。
少しだけ手を止めて考えると、なんとなく二人の変な行動の意味が分かった。
多分、この間のリンとの結婚話を未だに根に持ってるんだ。

まどかを見ると笑いなごら頷いていて、リンはどうしたのかと首を傾げる。
「リンありがとう、だいすき」
「??……いえ」
俺は滅多に大好きだなんて人に言わないけれど、現金に喜んでると思われてリンは深く気に留めていない。ナルとジーンだけがぴくりと動きを固めていたがそれはほんの少しの間だけだった。
俺とリンが一緒に居る事がおおいのは当然のことだったし、ナルとジーンも動揺し疲れてとうとう反応しなくなったけれど、まどかと俺は存分に彼らをもてあそんだのだった。

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「I like(it)」なのでお兄ちゃん思わずファイル落っことしました。
Nov.2014